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2014年11月25日

尾崎豊、1985年頃のインタビュー、「言葉で共感してほしい!」 《尾崎豊が求めていたもの》   ★地中海の夜空を貫く稲妻(写真4枚)

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☆毎月25日は 尾崎豊の
メモリアル・デー(月命日)☆


ほんとに心から
こいつは何が言いたいんだろうとか、
どういうことを歌っているんだろうとか、
言葉で、
共感してもらえたらいいと思う。


尾崎豊



今日は、尾崎豊さんがまだ十代の頃、あるコンサートツアー後のインタビューの内容を御紹介します。

コンサートで彼が一番共感してほしかったのは、そのメッセージ、言葉だったようです。

また、来てくださる方たちに対する責任、というものがプレッシャーになっていたのかな、という印象がありますね。

そのままでお伝えしようとも思いましたが、分かりやすく編集しました。
この動画が元となります。↓


尾崎豊 1985年頃のインタビュー



行った場所、行った場所でいろんなことがありました。

自分の内面的なことで、どうして歌わなければならないのかと悩んでしまったり。

僕が曲を作り始めた頃は、歌えばいいという考えしかなかったんだけど、(今よく考えているのは、
みんなが)お金を払ってコンサートに来てくれるわけです。

目の前にチケットを買ったお客さんたちが来て、つまらないことを言えば冷たい視線を投げかけられるだろうし、傷つけ合ってしまうだろうとか、同じ空間を共にしていかなくちゃいけないというような、ジレンマを感じて、途中1回は最後の方で、歌うのをやめて帰っちゃったこともあった。


──自分の方から投げかけるじゃない。たとえば、僕が東京で見たんだけど、「そうやって見つめるお前たちの視線が俺を孤独にする」なんて言い方で、平気で言っちゃうじゃない、それでは救われたりしないの?

そうですね。
ああいう気障な台詞みたいなものって、一つの挑戦状っていうかな。

僕の考えているのは、それぞれ生活も違うだろうし、同じ考えを一緒に共有し合うのは、なかなか難しい。だけど、そういうものを乗り越えていく上で、へんなてらいとかを取っ払ってほしいってそんな気がして。

コンサートでも、そういう雰囲気だからのっちゃう、とか、一応ロックンロール・ナンバーだから手拍子をしなくちゃならない、とかじゃなくて、ほんとに心からこいつは何が言いたいんだろうとか、こいつはどういうことを歌っているんだろうとか、言葉で、共感してもらえたらいいと思う。
そのプロセスの中に、ひとつの僕の最初の挑戦状があるって感じですね。

──じゃあ、途中で帰ったコンサートがあった替わりに、その逆でさ、自分が思っていた以上のものがもらえたっていうコンサートもツアーの中にはあった?

はい、ありました。
お客さんが目の前で泣きながら「I LOVE YOU」を歌ってくれてるとか。
もしも目の前にいるのが、いつも一緒にいる友だちだったとしても、その人たちの暮らし、その人たちの生き方を支えてあげられることは、できないのに、っていうような、責任の重さみたいなものを感じたこともありました。


以前、観客が泣きながら「I LOVE YOU」を歌うライブの動画は見たことがあったのですが、今は探せません。
他のライブ動画ですが、どうぞ。





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地中海の夜空を貫く稲妻


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2014年10月25日

なくなっても残る「存在」?! 〈尾崎豊が求めていたもの〉  ★ノルウェー北部都市上空にオーロラ出現

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☆毎月25日は 尾崎豊の
メモリアル・デー(月命日)☆

2010.09.12 家 あさやけ


受け止めよう 
目まいすらする 街の影の中
さあもう一度 
愛や誠心(まごころ)で立ち向かって行かなければ
受け止めよう 
自分らしさに うちのめされても
あるがままを受け止めながら 
目に映るもの全てを愛したい


彼が目指すものと、立ち向かっている魔物、両方の存在があるのです。
さあもう一度 愛や誠心で立ち向かって行かなければ
そう、言い聞かせてる。
歌の出だしから、これは…と期待させるようなものがありますね。

彼のデビューは18歳ですが、この「存在」は、セカンド・アルバムに入っています。
19歳の時、「卒業」と同時発売のそのアルバムで、彼は一躍有名になります。社会現象になるほどでした。



彼の持っている、危うさというのか、壊れそうなもの、というのが、
ところどころ破壊的攻撃的な表現になるのですが、
そういうところだけを取り上げられるのは、私はすごく違和感がありました。

彼が目指していた高みは、愛とまごころで立ち向かっていくもの。
しかし、自分の限界に打ちのめされそうになるのです。
それでも、心を奮い立たせていく。

愛は真実なのだろうか 愛は君を救ってくれるだろうか

この葛藤。ずっと生涯越えられなかったものかもしれません。

誰の心にも尾崎豊の越えられなかった葛藤があり、
この世には、神もいれば魔物もいる。
彼がもしかしたらその魔物に結局取り殺されてしまったのか、と思いながら
私たちは、生きていかなければなりません。

愛を真実にしていくのです。
私たちの「存在」自体が、矛盾と葛藤を抱えていたとしても
それも事実だから、そこから出発する。
そして、本物にしていくのです。




存在


♪にぎやかな街 隠しきれないさみしさが 
ほら見つめてる
小さくかがめて守らなければ 
自分の存在すら見失うよ
誰もかれもの存在ならば 
いつも認めざるをえないもの
それでも僕の愛の言葉は 
何の意味さえもたなくなる
満ちたりて行くことない 
人の心なぐさめられる様な
夢求めていても まのあたりにするだろう
生存競争の中 夢はすりかえられてしまう

受け止めよう 
目まいすらする 街の影の中
さあもう一度 愛や誠心(まごころ)
立ち向かって行かなければ
受け止めよう 
自分らしさに うちのめされても
あるがままを受け止めながら 
目に映るもの全てを愛したい

僕に見えるものは 
いつも当はずれが 多かったけれど
現実と夢の区別くらいは 
ついていたはずだった
何もかもをあるがままに 
受けとめ様とするけれど
君は運命 誰かの人生 
背負うこととはちがうのさ
どんな色でなぞればいい 
自分の愛を否定してしまう前に
笑ってもかまわないの でも君が愛や夢に
悩む時は どうか思い出して欲しい

受け止めよう 目まいすらする 街の影の中
さあもう一度 
愛や誠心で立ち向かって行かなければ
受け止めよう 
本当のこと口にする君の目を
誰も傷つけぬ 気まぐれの様な 
やさしいうそすらも愛したい

愛は真実なのだろうか 
愛は君を救ってくれるだろうか
背中あわせの裏切りに打ちのめされても
それでもいい 愛してる 他に何ができるの

受け止めよう 目まいすらする 街の影の中
さあもう一度 愛や誠心で立ち向かって行かなければ
受け止めよう 自分らしさに うちのめされても
あるがままを受け止めながら 
目に映るもの全てを愛したいるんるん


 尾崎豊



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【参照】尾崎豊 - Wikipedia

ノルウェー北部都市上空にオーロラ出現


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2014年09月25日

青少年に「真実の愛」を伝える?! 死してからの尾崎豊の存在意義 《尾崎豊の求めていたもの》  ★動画:日本の高速鉄道「新幹線」、誕生から半世紀

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2014.03.16 駅前 夕焼けに戦闘機

☆毎月25日は 尾崎豊の
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先月はブログをお休みにしていたのですが、尾崎豊で検索すると、上位に、この夏公開された「ホットロード」という映画が掛かってきます。
ちょうど1980年代を舞台にした少女マンガが原作ですが、「OH MY LITTLE GIRL」が、ぴたっとはまっていましたね。
この曲は、以前ドラマの主題歌にもなりましたが、ラブソングですし、古さを感じさせません。

さて、この「ホットロード」、この主人公の女の子は、自分が愛の中で望まれて生まれてきたのではないと知って、アイデンティティを持てず、不良グループと関わるようになります。
家庭の愛、親子の愛がうまくいっていないと、問題行動を起こす、という典型のようなお話です。
その中で、若い男女の愛が、美しくせつなく描かれているわけです。





ある意味、尾崎豊が求めていたものと、ホットロードの主人公たちが求めていたものは、重なるのかもしれません。
「愛」を求めていたのでしょう。

壊れやすい愛ではなく、絶対に自分を許し、受け止めてくれる愛。
真実の愛です。
変わらない愛。
お互いのために、生命をも掛けられる愛。

愛は誰でもほしいものですが、簡単には得られませんね。
人を愛し、受け止め、犠牲になれるほどのものがなければ、本当の愛とはいえませんが、それは、求めても得られません。

求めすぎると、悪魔の声を聞くことにもなります。

真実の愛は、自分が愛さなければ得られないのに、悪魔との交渉で、うまく手に入れたつもりになっていると、足元をすくわれます。

麻薬を使って幻を見ようとしたり、お金で買おうとしたり、不倫の愛に逃げてはいけないのです。

また、「ホットロード」もそうですが、良心にそむかない正しい生き方をしないと、その愛が犠牲になることになります。
愛する人を愛せなくなるそんな状況を生むのは、彼らのしていることがよくないことだから。行けば行くほど、道が塞がっていくのです。

尾崎豊さんを責められませんが、彼は、真実の愛を求め続けながら、どこかで悪魔との交渉に応じてきてしまったのではないか、とも思うのです。(憶測ですが。)

家庭の幸せを得て、絶頂の時にもかかわらず、まだ満たされることなく、焦燥感にかられ、薬をやめられなく、結局は、寿命を縮めることとなったのではないか、と思うのです。


彼の音楽と、尾崎豊という存在のエンターティナー性を含めて、彼の魂を最高に価値あるものとするためには、このような映画に使うのもいいのですが、利益を社会に還元する、例えば青少年たちに、芸術や、世界の美を知ってもらうような、そんなプロジェクトでも作って、社会貢献していくのがいいのではないかと思うのです。

そうしなければ、奥さんや息子さんもおられますし、会社法人となっていますが、尾崎豊という稀有な存在を、それ以上活かすことができないのではないか、と思うのです。

歌を通して、愛を伝えようとしていた彼ですから、若い人たちに向け、もっともっと夢と希望を与えたかったはずです。

きっとあと数十年は、大丈夫でしょうが、会社としてではなく、財団にでもしていくのがいいのでは、と思うのです。

彼について祈っていたら、そんな思いになりました。

彼を本当のカリスマにさせてあげてほしい。今のままでは、不成仏のままです。



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歌詞などはこちらから↓
 いつまでも離れられないでいる恋人たち?! 「OH MY LITTLE GIRL」 ♪尾崎豊の求めていたもの18


動画:日本の高速鉄道「新幹線」、誕生から半世紀


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