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2012年11月08日

誰も知らないうちにする楽しみ?! 「落葉」 金子みすゞ詩の世界43


2010.11.18 和泉川 落葉 桜


落ち葉の季節ですね。
街角にも住宅街にも
舞っては積もっています。
しかし
落ち葉をはくという習慣は
なくなってきたような気がします。
ここには、少し懐かしい
晩秋の情景が描かれています。



「 落  葉 」

お背戸にゃ落ち葉がいっぱいだ、
たあれも知らないそのうちに、
こっそり掃いておきましょか。
 
ひとりでしようと思ったら、
ひとりで嬉しくなって来た。
 
さらりと一掃(ひとは)き掃いたとき、
表に楽隊やって来た。
 
あとで、あとでと駆け出して、
通りの角までついてった。
 
そして、帰ってみた時にゃ、
誰か、きれいに掃いていた、
落葉、のこらずすてていた。



金子みすゞ
「さみしい王女」より



昔は、表を竹箒などで掃いている人を見かけましたが、そういうことは情緒のあることだったのかもしれない、と思うほど見かけなくなりました。
きっと日本のどこかでは、まだこの時期、落ち葉を掃除する風流な人がいてくれることでしょう。

子どもにとって、落ち葉を掃くということは、楽しくて、しかもいいことをしたとほめられる、一石二鳥のことなのではないでしょうか。
たくさん集まった落ち葉は宝の山に見えるのかもしれません。

誰も知られないうちに、そっと掃いておこうと思ったのに、先を越されてしまい、落ち葉は影もなく、処分されてしまった後でした。
楽しみを取られてしまった、というかのような、少し残念げな少女の顔が浮かぶような、余韻の残る詩です。

昔はテレビもゲームもありません。
楽隊がやってきて、飛び出していく。なんかのどかですね。

お背戸というのは、裏口や裏門のことをいうのだそうです。

最近は裏口のある家は少なくなりましたね。
私の子どもの頃の家や、実家には勝手口というものがありましたが、最近の関東の家を見ると、それすらないですね。(大きな家にはあるのでしょうが。)

玄関がいいものも悪いものも出入りする場所になっています。
昔は、裏の家には、裏を通って裏門からいけましたが、家は裏側に見えていても、表通りに出て、この道は袋小路だから、ぐるっと回ってそこからしか入れない、一方通行の吹きどまりの家が多いようです。
よい福だけを招く玄関と、悪いものを排出する裏門とあった方が、風水的にもきっといいのではないでしょうか。

また、外で遊ぶ子どもたちの声もあまり聞こえません。子どもの声は、私はうるさくてストレスになるほど聞かせてもらっていますが、子どもが楽しそうに遊んでいる声というのは、私たちの心を癒したりもすると思います。

家の中は温かく快適ですが、土地も狭く、住宅地も袋小路だらけ。悪い気がたまっていそうな昨今の住宅事情ですね。また少子化で、浄化してくれそうな子どもの笑い声も少ないような気がします。

話がわき道にそれました。
いずれにしても、秋深い頃の、情景の浮かんでくるような一編ですね。

狭い家に住んでいても、このような詩を通して気分転換をして、心は広々と、ゆったりして、まだ終わらない秋を楽しみたいですね。
私も、誰も知らないうちに、何かいいことを探してやってみようかな…。


今日もいい一日を

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posted by kuri-ma at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 金子みすゞの詩の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月30日

落ち葉のカルタを山風が拾う?!「落ち葉のカルタ」 金子みすゞ詩の世界5 +【世界の秋のニュース2012】


11月も目前になって、深まりを見せてくる秋。
趣きある季節がやってきました。
晩秋の山を金子みすゞが描くと、
このようになります。
黄金色になった山々を思い浮かべながら
味わってみましょう◇

2010.10.28 蔦温泉 菅沼



「 落タ 」


山路に散ったカルタは
なんの札。
金と赤との落葉の札に、
虫くい流の筆のあと。

山路に散ったカルタは
誰が読む。
黒い小鳥が黒い尾はねて、
ちちッ、ちちッ、と啼いている。

山路に散ったカルタは
誰がとる。
むべ山ならぬこの山かぜが、
さっと一度にさらってく。


金子 みすゞ



これはそのまま童謡になっていてもおかしくない詩ですね。

落ち葉のカルタに、虫くい流の筆で書かれた文字、
チチッと鳴く小鳥がカルタの読み手で、乱暴な山風が、取り手。

秋の山の風景が、みすゞの手に掛かると、こんな風に色を変えたようになるのです。
赤や黄色の落ち葉の一枚、一枚が、意味のあるカードに変わります。

「むべ 山風」というと、百人一首のこの歌を思い浮かべます。

吹くからに 秋の草木の しをるれば 
むべ山風を あらしといふらむ


 
文屋康秀
 

吹いた途端に、秋の草木を萎えさせるのを見れば
山風を「あらし」=「荒らし」「嵐」というのはもっともなこと。

こんな意味ですが、みすゞもこの山風を、乱暴者の風、あるいは、茶目っ気のあるいたずら者というような感覚で書いたものでしょう。
ちょっと有名な、「山風」。
時折吹く強い風も、秋ならではの風流というところでしょうか。

山で、落ち葉を拾ったり、踏みしめたり、また山風も体感してみたくなりました。
紅葉もこれからですね。


今日もいい一日を!

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posted by kuri-ma at 08:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 金子みすゞの詩の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月20日

見えないけれどある、金子みすゞの宇宙観〜「星とたんぽぽ」金子みすゞ詩の世界42


きょう日の子どもは怖がらない!!


みえぬけれどもあるんだよ、
みえぬものでもあるんだよ。


金子みすゞ







まだ地球が青いということも知るよしもなかった頃、人々は、空の星に思いを馳せていました。
昼の間も星があるのに、見えないだけ。金子みすゞがとらえた宇宙というのは、いろんな情報にまみれた現代の私たちよりも、もしかして広がりがあり、真実に近いものがあるかもしれませんね。

新しい星が次々に発見されていきます。SFの世界で描かれていたものと、そっくりのものも発見されたり…。(スターウォーズの2つの太陽など。→こちらの記事に掲載)

科学で証明される以前に、私たちは直感や、インスピレーションで知らされてきたものがあるようです。それを自分の発想、自分の考えだ、と捉えてしまうかもしれませんが、神秘なものから発信された情報なのではないでしょうか。

宇宙のゆりかごに揺られている人類…。
自覚はしないまでも、私たちは見えない存在、見えない神秘なものから、守られているから、今日も生命があるのではないか、と思うのです。

見えるものだけを見るならば、星は夜になると、降ったように表れるのです。
星が見えるようになる、ということは、誰かが星に明かりを灯したのです。一番星、二番星、と順番に灯を灯していく、そんな存在があるのでしょうか。

これは地球の自転と公転が、太陽が云々と今ではそのカラクリを知っている私たちですが、知れば知るほどに、そのシステムが素晴らしいのです。

大人になれば、知ることは増えてはいきますが、所詮わからないこと、知らないことが多い私たちではないでしょうか。

夜が来て、星が見えるのも、春が来てタンポポが花開くのも、見えないところにすでにあって、準備されている。時が巡ると、それが現われる。

自然や宇宙には、私たちが驚くような仕掛けが本当に綿密にされています。
超高性能の酸素発生装置だとか、食糧倉庫、飲料水の無料自販機が完備された、美しい星。これが、私たちに準備された地球という揺りかごです。
ボタンもキーもありませんが、人間が暮らすのに最適な環境が与えられているのです。

これは、奇跡だ、魔法だ、と大げさに言っても言い過ぎることがない、すごいことではないでしょうか。生まれたときにあったし、お祖父ちゃんお祖母ちゃんも、先祖たちも、ずっと過ごしてきたから、当たり前だと思っていましたよね。
いずれ、科学が、化学、生物学、宇宙工学…いろんな分野でもっと、この宇宙、地球の素晴らしさ、人間の素晴らしさを証明してくれるでしょう。

どうして、今日も私が生きていられるのか。空気を吸って、水や食べ物を摂って、会話をし、愛を交し合って、だから生きていけるのですが。
一日でも、太陽が逆に昇ったり途中で止まったりする日があれば、大変なことになるのに、そうなりません。
ああよかったなぁ、今日も子供たちが元気すぎて、週休2日を恨みたくなりながら、思うのです。

私は神様に感謝します。
神様に半信半疑な方も、私たちを毎日生かしてくれている恩人になら、少し感謝の思いを持ってもいいのではないでしょうか。
星よりも、タンポポよりも、もっと上手に隠れている、見えない存在の神様に。

みえないけれども、あるんだよ。



「 星とたんぽぽ 」


青いお空のそこふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまでしずんでる、
昼のお星はめにみえぬ。
    

     
みえぬけれどもあるんだよ、
     みえぬものでもあるんだよ。


ちってすがれたたんぽぽの、
かわらのすきに、だァまって、
春のくるまでかくれてる、
つよいその根はめにみえぬ。

    
みえぬけれどもあるんだよ、
     みえぬものでもあるんだよ。

             金子みすヾ


今日もいい一日を

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kuri-maの参考記事
 「みえぬけれどもあるんだよ」感じる目を持った詩人?! 金子みすヾ
  ↑ 「星とたんぽぽ」をこの記事でも紹介しています
 地球が青いのはなぜ? 夕焼けが赤い理由は? 私が生まれてきた意味とは?!《宇宙特集》(再)
  ↑ 二つの太陽のニュース記事も掲載
 (再UP)猿は人間の先祖ではない?!「心」を説明できない進化論
 宇宙はなぜ神秘的なのか〜皆既月食、アポロ13号の奇跡、生存可能な惑星発見?!《宇宙関連ニュース》
 神に出会った宇宙飛行士たち?!
 

posted by kuri-ma at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 金子みすゞの詩の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする