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2014年05月03日

樋口一葉、生誕142年?! 散ったひと葉が今繁る?! 「十三夜」  ★生徒が撮影した沈没前の韓国船内、14分で楽観的なムードが一転


シラン♪


昨日、5月2日は、樋口一葉の生誕142周年でした。

Googleロゴで、気づきました。とても素敵なイラストですね。
「別れ霜(わかれじも)」と紹介しているものもありましたが、私は「十三夜」*の場面に間違いない、と思います。


ichiyo-higuchis-142nd-birthday-5763386180632576-hp.jpg




樋口一葉といえば、今や5千円札の人として、誇るべき日本女性になりました。

24歳で、肺結核で亡くなった薄幸の天才作家。特に亡くなる1年前の14ヵ月は、奇跡の14ヵ月と言われるほど、傑作を発表し続けました。

何を隠そう、私も一葉ファンの一人です。
中学の頃から、モンゴメリーと樋口一葉に憧れていました。アンネの日記にも影響を受けました。

彼女の紡ぐ文語調の日本語があまりに美しく、「たけくらべ」の最初の部分は暗誦したほどです。

基本的にはハッピーエンドしか好きでない私にはめずらしく、一葉だけは、例外なのです。
彼女の描く、悲しい身の上の女性たちの物語。どれもリアルに描かれながらも、美しい淡い悲劇となって、詩情ともいうべき情景描写が実に見事です。

こうして、彼女の亡くなった年をはるかに越えて思うのは、彼女の類まれな才能と、孤高な人間性というのでしょうか。
できることなら、もっと長く生きて、愛する夫と子どもを得てほしかったですね。

昔の作家たちには、なぜか短命の人が多いのですね。
自殺で亡くなる人も多かったですが、肺結核が不治の病だった頃のことですから。
胸を患うということは、心配なこと、胸が詰まるような思いが多かった人なのかもしれません。物書きというのは、やはり繊細な神経の持ち主でもありますから、心労が病気につながることもあったのでしょう。

*「十三夜」は、一葉の代表作の一つです。以前にあらすじを要約して、掲載したことがありましたので、ちょっと季節は違いますが、一葉にちなんで紹介します。

ちなみに「別れ霜」は読んだことはないのですが、もっと初期の作品で、悲恋の末心中を選んだ男女の物語。確かに男主人公は、車夫になるのですが、あの、大きなきれいな月は、きっと「十三夜」かと思うのです。


十三夜の夜、人に“奥様”と呼ばれる身分の、
いい家柄に嫁いで7年になるお関が実家を訪ねる。
夫に見初められ、何がなんでもという矢の催促で結婚したにも関わらず、
半年ばかりで熱も冷め、子供を身篭った頃から
夫は最初執着したのとは反対に、彼女を毛嫌いするようになる。
息子の太郎のため、実家のためにと忍耐してきたが、もう限界と
家にはほとんど帰らない夫の留守に、
離縁状をもらう覚悟で実家に来たのだ。

その当時のこと、離縁も夫が受け入れれば、子供とも離され、
二度と会うことはできない。
しかし、夫の仕打ちを受ける苦痛に比べれば…。

離縁すればもっとみんなを不幸にするだけで、
子供との縁も切れ、弟も職を追われるかもしれない。
涙は各自(てんで)に分けて泣こうぞ」と父に、なだめすかされて
私一人が死んだ気になればいいと、決心を変えて家に帰ることにする。

その途上、拾った人力車の車夫(くるまや)が、
身を持ち崩したかつての思い人、録之助だった。

お関の縁談が決まってから、やけになって遊び始め、
家庭を持てばマシになるかとかわいい妻を娶らされるが、
それでも放蕩に明け暮れ、
一昨年には商売も人手に渡し、汚い安宿暮らしをしている。

お関にしても、お互いに約束をしたわけでも、伝え合ったわけでもないからと、涙ながらに思いを断ち切ったのだが…。

録之助は、よい家の奥様であるお関の悩みを知るわけはなく、
自分の落ちぶれた身の上を恥じるばかりだった。

またお関もその思いの内を伝えることなく、十三夜の月の下を別れて行く。

其人(それ)は東へ、此人(これ)は南へ、大路の柳月のかげに靡いて
力なさそうの塗り下駄のおと、村田の二階も原田の奧も憂きはお互いの世におもう事多し。



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生徒が撮影した沈没前の韓国船内、14分で楽観的なムードが一転



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2013年04月26日

「春はあけぼの」がいい?! 私の「いいね!」を探す生活!! (全文・現代語訳)添付


4977651朝霧の丘 by かしわ園キャンパーシャカ.jpg


春は、あけぼの。
やうやう白くなりゆく
山ぎは 少し明りて
紫だちたる雲の
細くたなびきたる。


清少納言



春が終わってしまう前に、「春は曙(あけぼの)」を掲載したいと思っていました。

清少納言の春はあけぼの(夜明け)がいい、という言葉は確かでしょうが、四季を通じてきっと夜明けは美しいと思うのです。それでも、冬の明け方は寒すぎますから、春になって空気が暖かくなった頃は、より夜明けをしっかり堪能しやすいでしょうね。

紫立ちたる(がかった)雲がたなびいている、そんな明け方は、本当に美しいですし、それを見るだけでなんだか幸先がいいというか、嬉しい気持ちになったりもします。

私は朝早く起きる習慣があるのですが、最近は一階にいることが多く、夜明けや夕焼けの様子をあまり見ることがないのは、もったいないと感じています。
空を大きく見られるとしたら、何にもない生活だったとしても、極上の芸術作品を置いているようなものですから。50インチ以上の大画面テレビの迫力に負けはしないし、心を豊かにしてくれることでしょう。

「枕草子」は「をかし」の文学みたいに言われます。
さりげないものに情緒に感じたり、趣きがある、味がある、そういうものを発見するのは、ささやかな生活の中にも、喜びや華が生まれるような気がします。

春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて(早朝)。四季それぞれの中に美しさ、趣きを発見していきたいですね。

夜明け


「 春はあけぼの 」

春は、あけぼの。
やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて
紫だちたる雲の細くたなびきたる。

夏は、夜。
月の頃はさらなり。
闇もなほ。
螢の多く飛び違ひたる。
また、ただ一つ二つなど、
ほのかにうち光りて行くもをかし。
雨など降るもをかし。

秋は、夕暮。
夕日のさして、
山の端(は)いと近うなりたるに、
烏の寝どころへ行くとて、
三つ四つ、二つ三つなど、
飛び急ぐさへあはれなり。
まいて雁などの連ねたるが
いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入り果てて、
風の音、虫の音など、
はたいふべきにあらず。

冬は、つとめて。
雪の降りたるはいふべきにもあらず。
霜のいと白きも、
またさらでも、いと寒きに、
火など急ぎ熾して、炭もて渡るも、
いとつきづきし。
昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、
火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。


清少納言


(現代語訳)
春は、あけぼのの頃がよい。だんだんに白くなっていく山際が、少し明るくなり、紫がかった雲が細くたなびいているのがよい。

夏は、夜がよい。満月の時期はなおさらだ。闇夜もなおよい。蛍が多く飛びかっているのがよい。一方、ただひとつふたつなどと、かすかに光ながら蛍が飛んでいくのも面白い。雨など降るのも趣がある。

秋は、夕暮れの時刻がよい。夕日が差して、山の端がとても近く見えているところに、からすが寝どころへ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽などと、飛び急ぐ様子さえしみじみとものを感じさせる。ましてや雁などが連なって飛んでいるのが小さく見えている様は、とても趣深い。日が沈みきって、風の音、虫の音など、聞こえてくるさまは、完全にいいようがない。

冬は、朝早い頃がよい。雪が降った時はいうまでもない。霜がとても白いのも、またそうでなくても、とても寒い時に、火を急いで熾して、炭をもって通っていくのも、とても似つかわしい。昼になって、寒さがゆるくなってくる頃には、火桶の火も、白い灰が多くなってしまい、よい感じがしない。



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2012年10月19日

神の霊感のシャワーに打たれた詩?! 「秋の祈」高村光太郎 +【世界の秋の写真とニュース】


秋に祈る…
すると、
大切なものが、光のように
降り注いでくる…。
秋のシャワーを浴びよう◇

信州の空♪


魂いななき
清浄の水こころに流れ
こころ眼をあけ
童子となる




高校の時、教科書に載ったこの詩に触れて、好きになりました。
とても難しい詩なのですが、なんだか、秋晴れの空の下、大きな声で朗読したくなるような(実際は絶対しないのですが)爽やかな詩、そういう印象で、空は喨々と空に鳴り…というリズムや音感も好きでした。

秋のすがすがしい空と空気に触れて、若い魂が踊るような感動を表現したものか、と感じていました。

今、改めて読んでみると、彼は秋の空や自然を通して、神様に会ったのだろうと思います。神か、何か見えないけれど偉大な存在に。

祈る言葉もなく、ただ空を仰いでいた。
本当は、言葉は必要ないのでしょう。強烈なインスピレーションですね。

「よろこびとさびしさとおそろしさとに跪(ひざまず)く」という表現の中にあるように、彼は根底に罪悪感のようなものを持っていて、だから喜びと共に、畏れも感じています。また寂しさも感じています。

人はみな、どこか心の底に、本当の自分でいないことの後ろめたさや、やりきれなさを持っています。このままではいけないのに、という思いもあります。
また、誰もわかってはくれない、そんな孤独感もあります。

この詩には、そんな畏れや孤独からも、解き放たれるような、開放的なものを感じます。
言葉もなく祈る中で、無言の答えがあったのでしょうか。

秋の澄み切った空を見上げながら、光や空気、自然の様子を感じながら、滝にでも打たれたかのように、霊感に満たされる。これは神様の精神に触れた、貴重な体験をつづった詩だと思います。
(読みやすいように現代かなになおし、振り仮名を振ってみました。)




「 秋の祈(いのり)


秋は喨々(りょうりょう)と空に鳴り
空は水色、鳥が飛び
魂いななき
清浄の水こころに流れ
こころ眼をあけ
童子となる

多端粉雑の過去は眼の前に横たわり
血脈をわれに送る
秋の日を浴びてわれは静かにありとある此(これ)を見る
地中の営みをみずから祝福し
わが一生の道程を胸せまって思いながめ
奮然としていのる
いのる言葉を知らず
涙いでて
光にうたれ
木の葉の散りしくを見
獣のキキとして奔(はし)るを見
飛ぶ雲と風に吹かれるを庭前の草とを見
かくの如き因果歴々の律を見て
こころは強い恩愛を感じ
又止みがたい責めを思い
堪えがたく
よろこびとさびしさとおそろしさとに跪(ひざまず)
いのる言葉を知らず
ただわれは空を仰いでいのる
空は水色
秋は喨々と空に鳴る


高村光太郎
「道程」より



尚、冒頭に抜き出した部分、「魂いななき」というのは、私的に、秀逸だと思う部分です。
すでに「秋」と「空」という言葉を出した後なので、「天高く 馬肥ゆる秋」という言葉を連想させ、秋晴れが目にどうしても浮かんできてしまうのです。

秋という季節が、深く味わいがあるものの、一言でいって、気持ちがいいのと同じで、やはり、気持ちのいい詩です。


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【kuri-maの高村光太郎関連記事】
 東京に空がない?!「あどけない話」高村光太郎 智恵子抄より
 東京には空がなく、僕の前に道はない、…秋の祈りとは?!
  ↑ ここでも「秋の祈」を紹介しています
 私の前に道はない、後ろには道ができる?!








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