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2013年04月27日

アマガエルはなぜ雨が降ると鳴くのか?! カエルの大合唱ってあるの?! ★新種「空飛ぶカエル」etc.〈カエルのニュース〉


水面の星くず♪


夜鳴くカエルは妻を慕って鳴き、
昼鳴くカエルは親を偲んで鳴く?!









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part1
カエルの大合唱


実家の前は、一角だけ田んぼでした。この時期になると、水が張られ、夕暮れの時間になると、その水面に、向こう側にあるスナックの灯りが映り込んで、なんだか湖畔にでも来たような雰囲気もありました。

ただし、その素敵な時間が過ぎ去ると、カエルが鳴き始めます。まさしくカエルの大合唱です。カエルは夜行性なのか、夜中(よるじゅう)けっこううるさいのです。

カエルたちにとってはロマンチックな夜なのかもしれませんが、高校生の乙女の頃、初めてその大合唱を聞いた晩は、なんだか気持ち悪くて仕方がありませんでした。
アマガエルならうるさいと言ってもかわいいですが、ウシガエルは本当に牛のように鳴くのです…。

その実家を離れて久しく、カエルの合唱を聞く機会はなかったのですが、昨年引っ越した家の裏側が、田んぼなのです。住宅地の間に、一角だけ残されています。
先日、雨の激しい日、いつの間にか田んぼに水が張られていたんだなと、水面に打ち付ける激しい雨を見ながら思っていました。

と、夕暮れを過ぎると、聞こえてくるのです。懐かしいあの声が。カエルの大合唱。けっこう激しいです。これは、かわいいアマガエルたちの声!(ウシガエルでなくてよかった・・・。)

私以外はそんな経験を持たない、夫や子供たちは新しい経験で、驚いています。
「懐かしいか」と夫に聞かれ、複雑な気分です。

本当に、すごい数のカエルたちが鳴いているに違いないのに、そういえば、今まで、そのカエルたちはどこにいたのでしょうか。とても不思議です。おたまじゃくしからカエルになるなら、この水田で孵化してカエルになる間はなかったはずなので。
きっと近くのどこかでひっそりと暮らしていたのでしょう。冬眠するはずなので、田んぼの中にでもいたのでしょうか。田んぼに水が張られるこの季節を待ち望んでいたんでしょうね。

おそらく田んぼも少なくなったので、カエルがいやでも集まってくるスポットとなってしまうのでしょう。
今しばらく春の繁殖期の間、カエルの大合唱に毎夜お付き合いすることになりそうです。
とても近所迷惑なのですが…。




part2
アマガエルが雨が降ると鳴く理由(わけ)


アマガエルについて調べてみますと、繁殖のために、夜鳴くのとは別に、雨が降る前に鳴く「雨鳴き(あまなき)」「レインコール」と呼ばれるものがあって、昼間でも鳴くとのこと。

雨鳴きについては、各地に伝わっている昔話があります。あまのじゃくなアマガエルのお話です。


むかしむかしある所にアマガエルの親子がすんでいた。しかし子ガエルは大変なヘソ曲がりで、親ガエルの言いつけと反対のことばかりやっていた。
いよいよ死ぬという時に、親ガエルは(墓が流されないように、山の上に墓を作ってもらいたい。しかしこいつは言いつけと反対のことをするから…)と考え、「墓は川のそばに建ててくれ。」と言い残し死んだ。
ところが子ガエルはこの時になって反省し、「遺言は守らなければならん」と、本当に川のそばに墓を建ててしまった。そのため雨が降りそうになると「親の墓が流される」と泣くのだという。


『アマガエルのヒミツ』 秋山 幸也 
山と溪谷社 2004年3月より


これは、親孝行の教訓になりそうなお話ですね。
確かに、あまのじゃくなアマガエルの話は滑稽ですが、ありがちな私たちの姿ではないでしょうか。

夜鳴くカエルは妻を慕って鳴き、昼鳴くカエルは親を偲んで鳴くんですね。

泣くことにならないように、あまのじゃくもやめて、奥さんにも親にも尽くしておかなければ(?!)ということになるでしょうか。


今日もいい一日を

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posted by kuri-ma at 09:16| Comment(2) | TrackBack(0) | お伽話・怪談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月14日

秋雷の襲来、菅原道真の怨霊説?!くわばら、くわばら…

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もともと、秋雷という言葉はありません。
異常気象のせいでしょうか、昨夜の雷は風雨と共に、
とても激しくて子供たちが、怖がって眠れないほどでした。
「おへそを取られないようにちゃんとしまったから」という末の子は、
怖がりもせず、怖がったのは上の子たちでした(笑)。

「桑原桑原」四字熟語で出てきたので、驚きました。

「くわばら、くわばら…」邪気を追い払うおまじないでもありますが、
特に雷から身を守るというのは、
これも菅原道真の所領の桑原には、一度も落ちなかったことから、
「桑原桑原」と言うようになったとか。
京都で伝わっていることのようです。

もともとは、こんな話もあるのです。
菅原道真は、学問の神様として有名ですが、
実は怨霊として名高いことを知っていますか?

彼は、幼い頃からの秀才で、宇多天皇を支え大出世した人です。
周りの藤原氏は面白くなかったのか、
彼は晩年、大宰府に左遷されてしまい、数年後に無念のままに
亡くなってしまいます。59歳でした。
(参考 → 「菅原道真が大宰府へ左遷される」

さて、そこまでなら悲劇の人で終わるのですが、
彼の死後、彼を左遷に追いやった人たちは、
次々に亡くなっていきます(それも変死。早世が多い)。
雷に打たれた人もいました。

そして、「清涼殿」の落雷事件があってからは
これは、道真の祟りだということで、ますます恐れられ
その怨霊を封じ込めるために祀ったものが始まりです。

菅原道真は、平安京最大の「御霊」であり、「雷神」として恐れられた人なのです。
御霊とは、怨霊のこと。怨霊も大きいと、こう呼ばれるんですね。

実際、道真の左遷に関わった人たちは、その子供たちなども含めて、
皆祟られて亡くなったということです。

学問の神様、「北野天満宮」も、そういう意味ではご利益があるかどうか…。

実際、私は昨夜この記事を書いていて、重くなってきて
この方も解放されていないなぁと、感じました。

59歳で亡くなるというのは、還暦を越えられなかったということですね。
彗星のごとく一代で出世しましたが、
空しい最期だったのでしょう。

歌人として、文人としての道真は素晴らしい才能があり、
しかし特に有名なのは大宰府左遷が決まった時のこの和歌でしょうか。

「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」

百人一首の中にあるのは、以下の歌です。

「このたびは 幣(ぬさ)もとりあへず手向山(たむけやま) もみぢの錦神のまにまに」

見事というしかないですが、これも上皇となった宇多天皇に捧げた歌なので、晩年のものですね。
「代りにこの紅葉を御幣として捧げますので、どうぞ神の御心のままにお受け下さい」
この歌からは、御霊となるとは、伺うことはできませんが…。


くわばら、くわばら…、ではなくて…、やはり冥福をお祈りした方がいいのでしょうか。
また、追い話。

今日もいい一日を
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参考にしました:「菅原道真の祟り」



タグ:菅原道真
posted by kuri-ma at 06:23| Comment(0) | TrackBack(0) | お伽話・怪談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

怪談とは人生の最奥?!

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夏といえば「怪談」がぴったりですね。
上田秋成や、小泉八雲などの怪談も、日本人に親しまれています。
日本人もとても怪談好きだと思います。

今回「妖しき文豪怪談」というNHKBSで四夜連続で放送されているドラマ&ドキュメンタリー番組で、
川端康成 太宰治 芥川龍之介 室生犀星という面々の怪談を紹介しています。

「怪談とは人生の最奥」
深奥のもっと一番奥まったところでしょうか。これも文豪の言葉。

以前あるブログを見ていたら、川端康成に実際おこったらしい怪談話が載っていました。
今探そうとしたら、見つからないのですが…。あれ、どうして?!
覚えている限りではこんな話でした…:
ノーベル文学賞をとった文豪、川端が、タクシーに乗っている際、
このあたりに出るという幽霊の話を聞きます。
すると、次の瞬間、文豪は女の人の霊に取り付かれたようだと言っていたということです。
そして、亡くなったのはそれから間もなくだったとか…。

この記事を書こうとすると、頭が痛くなったし、なんか体が重くて、
辛くて仕方がありません。
何か怪談話をひとつ載せたいところなのですが…。
こうも体が辛いと、また次男も起きてきたし、なんなんでしょうね。

浅茅が宿(あさぢがやど)「雨月物語」より: 
その昔、故郷を何年も留守にした男が帰郷した。
その晩、残されていた妻に迎えられ、積もる話もし、
久方振りに枕を共にして休んだ。
目覚めると、家には妻の姿はなく、
そればかりか、その家は荒れ果てていて、
崩れ掛けた屋根からは月が見えた。
そして人に聞くと、その妻はもう亡き人だった。

三月、さくら待つ月 四月、しあわせの始まり「夢の残り香」より 

この、お話は、「雨月物語」の中でも、私も好きなものですが、
映画化されたりして、有名ですね。

「雨月物語」の内容は 中国の白話小説の翻案によるところが大きく、
当時の古典を踏まえつつ和文調を交えた流麗な文を編み、
日本の要素や独自の部分を混ぜ、著者の思想が加えられている

雨月物語 – Wikipediaに書かれているように、日本の怪談は、中国経由のものが多いようです。

小泉八雲の「怪談」からも、一つ紹介します。

「青柳(あおやぎ)物語」:
ある若い侍が、お勤めのための旅の途中、吹雪にあい、
一軒の家で一夜を過ごすが、
そこには老夫婦と美しい娘がいて、
酌をしてもらい歌を交わしたりしながら、
別れ難く思った彼はその娘を嫁にもらい、旅を続ける。
ひと波乱あるが、無事、彼女を妻として楽しく五年を過ごした時、
急に妻は倒れ、息を引き取る。
後に仏門に入り諸国を周りながらも、
彼は必ず妻の霊のために祈った。
そしてある時、妻の実家を訪ねたが、
いくら探しても辺りには家はなく、
三本の青柳の切り株が残されているばかりだった。
二株は老木で、一株は若木だった。
今際の際に告げた妻の言葉通りに、彼女は青柳の精だったのだろう。

さて、「妖しき文豪怪談」は、今夜が最終話になります。
興味のある方は、ご覧になってもいいかもしれません。
では、追々こんな怪しいお話も…。

今日もいい一日を。
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posted by kuri-ma at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | お伽話・怪談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする