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2021年04月04日

《復活祭って何?!》 イースターエッグとバニーの由来?! Easter2021

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今年の4月4日はイースター(復活祭)。

イースターとは、春分から数えて次の満月から、最初の日曜日を定めているということですが、
このイースター、復活祭とは何なのかお話します。



イースターエッグとバニーの由来?!


まず、復活祭に、なぜエッグやバニーなのか???というお話です。

(イースター・エッグは、)もともとヒナが卵から生まれることをイエスが墓から出て復活したことに結びつけたもの、および冬が終わり草木に再び生命が甦る喜びを表したものといわれている。
英語圏やドイツではイースター・バニーが運んでくる(または産む)ものとされているが、フランスやイタリアでは教会の鐘が運んでくるものとされている。



キリスト教行事? お祭り?


また、復活祭にも、純粋なキリスト教の祭祀を越え、大衆に浸透していった、クリスマスやハロウィンとよく似た経緯がありました。
 
クリスマスはミトラ教の冬至の行事、ハロウィンはケルト人の収穫感謝祭が、諸聖人の日(万聖節)の前夜祭と結びついてしまったものでした。
ですから、クリスマスは正確なイエスの誕生日ではないということですし、ハロウィンは日にちは合っていますが、キリスト教の行事ではありません。

そして、この復活祭はというと、キリストが復活したという、キリスト教の行事としてもとても大切なものですが、イースターというのは、「春祭り」のような意味であり、ゲルマン人が行っていた春の到来を祝うお祭りから由来しているということです。

復活祭を表す英語「イースター(Easter)」およびドイツ語「オースタン(Ostern)」はゲルマン神話の春の女神「エオストレ(Eostre)」の名前、あるいはゲルマン人の用いた春の月名「エオストレモナト(Eostremonat)」に由来しているといわれる。



また、イースターは、ユダヤ教の「過ぎ越しの祭り」とも関連付けられます。元々は同じ日に祝っていたようです。
ヨーロッパの多くの国でパスハ、パスカ等呼ばれるのですが、それは、ずばり「過ぎ越しの祭り」(ヘブライ語で「ペサハ」)から来ているのは間違いありません。

そして、それから50日後が五旬節と言われるもの。
キリスト教は、ユダヤ教の五旬節の日、つまり、死後3日で復活し、49日を過ぎた次の日に、ペンテコステが起きました。(一昨日の記事を参照→こちら



宗教行事のようでそうでないような。
宗教というのは、生活や文化に密接にあるもので、堅苦しい儀式よりも、各種のお祭りや、家庭の行事として浸透したんでしょうね。

日本のお祭りも、今はただ盛り上がっているだけですが、その昔は収穫祭や、神道などにまつわる大切な宗教儀式であったはずですから。



2つのイースター?!

さて、ヨーロッパでは、西方教会と東方教会では復活祭を祝う日付が違います。
東ヨーロッパなどの正教会では、今年は、5月2日が復活節となります。

これはそれぞれグレゴリオ暦とユリウス暦との違いによるものだとのこと。
古くから地方によって、また教派によって異なるものとなり論争を生んできたようです。

現代でもこの名残が残っていますが、西欧に倣った米国などの影響で、大勢はグレゴリオ暦で祝うことが多いようです。
しかし、いずれにしても3月末頃から5月初旬と、年によって祝う日が異なるため、それも論争の種になっています。

ハッピー・イースター!



今日もいい一日を

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世界平和の夢をあきらめられない、ヨーロッパ滞在歴≒ボランティア歴ありの、三男一女の母。見えない世界、霊界、神様についてや、ズバリあなたの使命をお答えします。夢を叶えたい人、カウンセリング募集中!(四柱推命鑑定も可。)
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2021年03月11日

♪「仰げば尊し」ってどういう意味 卒業式で歌ってほしい伝統的スタンダード 《❀卒業式シリーズ》2021

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桜雪。


仰げば尊し
今こそ別れめ
いざ さらば





卒業式のシーズンです。
今では歌われないことが多くなった
「仰げば尊し」
どこかの学校で歌われるでしょうか──


昔の卒業式といえば、校歌に君が代、「蛍の光」に「仰げば尊し」と決まっていました。

その卒業の歌も、昔とは様変わりしてきたようですが、子供の小学校では、「旅立ちの日に」とともに、「仰げば尊し」も歌われました。
ちなみに、国歌「君が代」と、校歌なども歌っていました。

しばらく、日の丸掲揚とともに、敬遠される曲となっていたというゆゆしい時代もあったようですが、私としては、いつまでも残してほしい、日本の伝統的な曲であり、名曲だといってよいと思っています。


もともとはアメリカの曲ですが、日本の歌詞が素晴らしいですね。
と思っていたら、意味が分からない人も多いようで、確かに、今の小中学生には難しい表現になっているようですので、下に私なりの意訳の詞を載せてみました。

調べて私もあらためて知りましたが、「今こそ別れめ」というのは、「わかれ目」ではなく、「今こそ別れよう」という意味だということ。(そういえば昔習ったな、と思い出しました。)

3番の「蛍の灯火 積む白雪」というのは、「蛍の光」にも同じような歌詞がありますが、「蛍雪の功」のことですね。
一生懸命、夜が更けるまで勉強し、切磋琢磨し合ったという昔の苦学生の姿がイメージされるようです。

LEDでなくとも、日本の蛍光灯は明るいですから(笑)、そんな蛍の光や窓の月明かりで勉強するなんてことは今はありえませんが、その言葉に触れるたび、卒業式や懐かしい学生生活にリンクするようで、感慨深いフレーズかなぁと思います。



「 仰げば尊し 」


1 仰げば尊し 我が師の恩
  教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
  思えばいと疾(と)し この年月(としつき)
  今こそ別れめ いざさらば


2 (たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
  別るる後(のち)にも 八代(やよ)忘るな
  身を立て名をあげ 八代(やよ)励めよ
  今こそ別れめ いざさらば


3 朝夕馴(なれ)にし 学びの窓
  蛍の灯火(ともしび) 積む白雪
  忘るる間(ま)ぞなき ゆく年月
  今こそ別れめ いざさらば


作詞:T. H. Brosnan、作曲:H.N.D.、日本語詞:不明



「仰げば尊し」の意味 
(参考詞)


仰ぎ見る先生の顔 決して忘れません
懐かしい校舎、校庭…
あっという間に過ぎてしまった 学校生活
さあもうお別れです
さようなら

楽しく過ごした 友人たちとの日々
別れてからも ずっと忘れないで
あなたの夢を叶えるまで あきらめないで
さあもうお別れです
さようなら

朝夕馴れ親しんだ教室、蛍雪の窓
競い合ったことも 分かち合ったことも
みんな大切な思い出だけれど
さあもうお別れです
さようなら

by kuri-ma

少し訳を変えました(2021.3)


もともとは英語の歌だったということですが、感動的な動画があるので、添付します。
下に英語の歌詞も掲載します。


Susan Osborn - Graduation


"Graduation”

Suspended on the edge of time
Remembering who we are
Our blue green planet spins and turns
Around a burning star
Across the silent galaxies
The universe unfolds
This great ship sails the seas of space
Toward the vast unknown

Companion travelers all we are
Whether stranger foe or friend
Evolving through these births and deaths
A spiral without end
Sharing joy and sorrow
Our laughter and our fears
We're learning in this school of life
Together through the years

The universe within our hearts
Embraces all that live
True rest we find and peace of mind
Are all we have to give
Our place is here our time is now
Sunrise to sunset
The beauty of these days we share
I never will forget



今日もいい一日を

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2021年02月14日

*バレンタインデーのはじまりの話* キリスト教の殉教者が「恋人たちの守護聖人」となったワケ?! 2021

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2018.02.13 ベーリック・ホール Happy Flower Valentine!


セント・バレンタイン・デー。
「恋人たちの守護聖人」と呼ばれた、聖ヴァレンタイン(バレンチノあるいはワレンティン、ウァレンティヌス)にちなんで、その殉教した命日を記念日としてきたといいます。

日本では、戦後の昭和のいつごろからか、すでに2月14日は、女の子からチョコで告白できる日として知られていました。ところが、主流であるはずのヨーロッパでは、男性が花などを贈ってくれる日なのだと知り、在欧時代、へーと思ったものです。

起源を調べてみると、そもそもの聖ヴァレンタインという人自体が、様々な伝説にまみれているようです。
それも、一人ではなく、3人以上の聖ヴァレンタインという人が記録されているらしいのです。

ウィキペディアの記述から、バレンタイン・デーに関連しそうなこんな伝説が浮かび上がってきます。


聖ヴァレンタインはかなり昔の人ですが、数世紀を経て中世のカトリック圏で、バレンタインデーが盛んになったようです。

聖ヴァレンタインが生きていたのは、3世紀後半ですから、まだキリスト教がローマの国教として認められる前であり、むしろ異教であると迫害されていて、熱心な布教者は、殉教することもあったのかもしれません。

バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼるとされる。
当時、ローマでは、2月14日は女神・ユーノーの祝日だった。
ユーノーはすべての神々の女王であり、家庭と結婚の神でもある。

翌2月15日は、豊年を祈願する(清めの祭りでもある)ルペルカリア祭の始まる日であった。

当時若い男たちと女たちは生活が別だった。
祭りの前日、女たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていた。翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。ひいた男と札の名の女は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。

ローマ帝国皇帝・クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、兵士たちの婚姻を禁止したと言われている。

キリスト教の司祭だったウァレンティヌスは、婚姻を禁止されて嘆き悲しむ兵士たちを憐れみ、彼らのために内緒で結婚式を行っていたが、やがてその噂が皇帝の耳に入り、怒った皇帝は二度とそのような行為をしないようウァレンティヌスに命令した。

しかし、ウァレンティヌスが毅然として皇帝の命令に屈しなかったため、最終的に処刑されたとされる。

彼の処刑の日は、ユーノーの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれた。ウァレンティヌスはルペルカリア祭に捧げる生贄とされたという。このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったというのが一般論である。

ウィキペディア


また、彼が結婚したカップルに自分の庭で摘んだ花を贈ったことから、バレンタインデーに花を贈る習慣になったとも言われます。

さらに、もう一つの伝説があります。

ヴァレンタインが捕らえられて監獄にいたとき、盲目の看守の召使の娘(あるいは判事の娘?)が、監獄の彼を訪れては熱心に礼拝の説教を聞いていて、次第に彼と心を通わせるようになったといいます。そして、あるとき娘の目が見えるようになり、この奇跡を信じた彼女の家族がキリスト教に転向したため、皇帝は怒って彼を処刑したというのです。


ヴァレンタインの死後、キリスト教はローマで公認され、国教になり栄えていきます。その後、カトリック(西方教会)と正教(東方教会)それぞれで、教会中心の時代がやってきます。

そして、中世になって、聖バレンタインデーが盛んになるのですが、それにはきっかけがありました。

496年、法王「ゲラシウス1世」は、「ルペルカリア祭」を廃止しましたが、その際、兵士の反発を防ぐため、「ヴァレンタインの祝日」を設けるようにして、その日にはその年の聖ヴァレンタインをくじで決め盛り上げたということです。

後になってカトリックの正式な祝日からは排除されたものの、バレンタインデーは、さらに盛んになっていき、数々の伝説的エピソードが語られるようになりました。

一方、正教の版図である東ヨーロッパでは、3世紀後半、ヴァレンタインという3人の聖人(うち一人は現ブルガリアの兵士)のことは記録にあるものの、愛の守護神としての側面は全然ありませんでした。それは、このようにバレンタインデーが、カトリックが起源だったからだと、合点がいきました。


カトリックでは、聖ヴァレンタインの殉教日が2月14日と伝えられていますが、正教ではそれぞれ7月や4月になっています。

それにしても、西と東それぞれで3名の同名の殉教者が記録されているのは、偶然とは思えません。
きっと聖ヴァレンタインは実在の人物であり、伝説の中のどれかは、事実に基づいていることでしょう。

以下は、私がこの記事を書きながら、考察した仮説です。

聖ヴァレンタインの殉教日がカトリックでは2月14日ということですが、祝日となったのは、2世紀も後のことで、ルペルカリア祭の代わりに作られたものだとしたら、殉教日がすり替わったとしてもおかしくありません。

たとえば、キリスト教の司祭だった聖ヴァレンタインが、結婚を禁止された兵士を結婚させてあげたのが、ローマの結婚の神の祝日、2月14日だとして、すぐ処刑されたなら、その日が命日です。ただ、監獄での伝説があったりするので、その後処刑されたとしたら、正教会の記録と重なります。

いずれにしても、カトリックと東方教会のそれぞれの記録が別人だとしたら、6人の聖ヴァレンタインが同じ時期に殉教したことになりますが、重なる部分が多いので、少なくとも2人は同じ人だと思われます。だとしたら、正教に記録された殉教日が正しい気がするのです。

今の日本型バレンタインデーの発祥についてさえ、モロゾフ説、伊勢丹説、ソニープラザ説など、どれももっともらしくてはっきりしないくらいですから、1700年以上前の聖人の真相はわからなくて当然かもしれません。

クリスマス、イースター、そしてハロウィンもゲルマンやケルトのお祭りと一つとなり、次期もズレたりしています。バレンタインデーは、ローマのお祭りを廃止してできたものだということ。おもしろいですね。

とにもかくにも、今年もハッピー・バレンタインとなりますように。




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