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2013年08月14日

国家の大事は独断で決定せず、会議を?! 「大事と小事」 聖徳太子の十七条の憲法(17)


2013.08.14 和泉川 ゴーヤのトンネル


十七条の憲法(17)必ず衆とともに宜しく論ずべし


今はお盆で、実家に帰省中ですが、聖徳太子が渡来人に瓦を焼かせた由来の地だということです。
昔から、聖徳太子に、尊敬と親しみを感じてきたのは、そうゆう縁(ゆかり)があるからでしょうか。

聖徳太子の十七条の憲法、今日は最後の条、第17条です。

大切なこと(大事)は独断で判断することなく、みなで論議するべきだ、つまり会議の必要性を述べています。そうすれば、道理に適った結論が出せると言っています。

また、小事の場合は、いちいちそれをしなくても、自分で判断したらいい、とも言われています。

確かに些細なことまで話し合っていたら、かえって物事が滞ってしまいますね。


 十七に曰く、それ事(こと)は独(ひと)り断(だん)ずべからず。必ず衆(しゅう)とともに宜(よろ)しく論(ろん)ずべし。少事(しょうじ)は是(こ)れ軽(かろ)し。必ずしも衆とすべからず。ただ大事(だいじ)を論ずるに逮(およ)びては、もしは失(あやまち)あらんことを疑う。故(ゆえ)に、衆とともに相弁(べん)ずれば、辞(ことば)すなわち理(ことわり)を得ん。

 【現代語訳】物事はひとりで判断してはならない。必ずみんなで論議して判断すべきである。だが些細(ささい)なことは軽いことなので、必ずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ国家の重大な事柄の場合、独断では判断を誤ることもあるかもしれない。だからみんなで論議すれば、道理にかなう結論が得られるだろう。

 最後の17条では、役人による「独断」での決定を戒め、多くの衆知を集め、検討した上で判断することと定めた。しかし、物事の軽重を判断する必要性も訴え、何でも会議を開けば、国家運営が停滞するとした。これは政府や役所に限らず、現代のさまざまな組織運営でも十分に通じる教えである。

 聖徳太子の「必ず衆とともに宜しく論ずべし」という考え方は、明治天皇が諸侯や公家などの示した新政府の基本方針である「五箇条の御誓文」の第一条に「広ク会議ヲ興(おこ)シ万機公論(ばんきこうろん)ニ決スヘシ」と銘記され、受け継がれている。(おわり)



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2013年08月11日

季節は巡る、ふさわしい時を待て!! 聖徳太子の十七条の憲法(16) ★Since1972!ベトナム戦争中に森に隠れた父と息子、故郷の村に連れ戻される!


舞鷺。



天が下のすべての事には季節があり、
すべてのわざには時がある。
生るるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり…


旧約聖書
伝道の書3章



十七条の憲法(16)民を使うに時を以てするは古の良典なり◇


今日は、十七条の憲法の第16条をお送りします。
これは、民を徴用する時には、農繁期を避けるようにという、とてもシンプルでもっともな条文です。

いくら公のためとはいえ、農民が農耕をし、養蚕家が絹を作らなければ、何を食べ何を着るのか、と言うのです。

季節、時という流れを無視すると、自然に逆らうことになりますから、運勢も人望も失いますね。
どんなに勢力をもったミカドでも、自分の思い通りにするとしたら、そういう暴君には、大きなしっぺ返しがあることでしょう。

「古の良典(いにしえのよきのり)なり」と言っているのは、論語のことであると言われているようです。

この第16条を読みながら思い出したのは、冒頭にあげた聖書の言葉です。
洋の東西を問わず、時期や季節について、古から語られていたんですね。

 十六に曰く、民(たみ)を使うに時を以てするは、古(いにしえ)の良典(よきのり)なり。故に、冬の月には間(いとま)あり、もって民を使うべし。春より秋に至(いた)るまでは、農桑(のうそう)の節(とき)なり。民を使うべからず。それ農(たつく)らざれば何をか食(くら)い。桑(こがい)せずば何をか服(き)ん。

 【現代語訳】徴用のために民を使役するには時期をよく考えてする、このことは昔の人のよい教えである。冬の月は農夫や蚕婦(さんぷ)が仕事なく、この暇があるときに民を動員すればよい。春から秋までは、農作や養蚕などで忙しい時期であるので、民を使役してはならない。農夫が農耕をしなければ、何を食べればいいのか。蚕婦が養蚕をしなければ、何を着ればいいのか。

 16条は臣(役人)に対し、人々の忙しい時期か閑(ひま)な時期かをよく考えて、使役するようにという分かりやすく具体的なものである。

 聖徳太子の時代、税の一つに労役があり、時期を誤って人々を使役すると、民の力が弱まり、結果的に国家全体が疲弊することを戒めている。民を繁忙期に使役すれば、国民(くにたみ)は食べる物も着る物もなくなってしまうと訴える。

 ここでいう「古の良典なり」というのは「論語」(学而編)の「用(よう)を節(せつ)して人を愛し、民を使うに時を以てす」をさしているといわれている。



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2013年07月26日

けんかの原因は自己中?! 私心を捨てて「上下和諧(じょうげわかい)せよ!」 十七条の憲法(15) ★スペイン列車脱線、運転士を事情聴取へ!


2013.07.22 和泉川 ヤブカンゾウにアレチウリ


私あれば必ず恨(うらみ)あり、
(うらみ)あれば必ず同(どう)ぜず。


私心がある時、恨みの心がおき、
恨みがあれば、一つになれない。

聖徳太子



聖徳太子の十七条の憲法を取り上げてきましたが、今日は第十五条です。

産経新聞の記述を参考にしながら、できるだけ原文の意図を汲んで訳してみました。


第十五条

私心を捨てて公務に専念することは、臣下たる者の道である。
およそ、私心がある時、恨みの心がおき、恨みがあれば、一つになれない。
(一つとなれず)不和となれば、私心が公務を妨げることとなる。
恨みの心がおこる時には、制度や法をやぶる者も出てくる。
よって、第一条で「上下和諧(じょうげわかい)せよ」と言ったのは、
そういう意味である。


もっと平たく言えば、「自己中だと、人を恨むようになり、規律も無視し、仕事にも害になる。だから、けんかしていないで仲良くしなさい!」ということでしょうか。

公務というと、お役人に語られた言葉だな、で終わってしまうかもしれませんが、これは、私たち社会人全般に参考になる内容かと思います。
仕事をする上で、あるいは、学生であっても、スポーツや部活のチーム、などでも言えることでしょう。

私心を捨てる、というとなんか自分の気持ちを抑えて損をするかのようですが、何かの目的をもってそれを果たそうとすれば、それが一番ですね。
私心というのは、自己中の思い。自己中だと恨みが生じる・・・これはその通りです。
人と関わる以上、大切な内容だと思います。

人のことを批判しがちですが、自分の心をチェックすれば、自己中や、恨み心がないでしょうか。大人気ないのは、自分の方だ、ということもありがちです。

「上下和諧(じょうげわかい)せよ」と言われていますが、ちなみに、それを述べたという弟一条の現代語訳は以下の通りです。

和を最も大切なものとし、
争わないようにしなければなりません。
人は仲間を集め群れをつくりたがり、
人格者は少ない。
だから君主や父親にしたがわなかったり、
近隣の人ともうまくいかない。
しかし上の者が和やかで
下の者も素直ならば、
議論で対立することがあっても、
おのずから道理にかない調和する。
そんな世の中になると何事も成就するものだ。


十七条の憲法(15)


■私あれば必ず恨あり 憾あれば必ず同ぜず

 十五に曰く、私(わたくし)に背(そむ)きて公(おおやけ)に向(むか)うは、是れ臣(しん)の道なり。凡(およ)そ人、私あれば必ず恨(うらみ)あり、憾(うらみ)あれば必ず同(どう)ぜず。同ぜざれば則(すなわ)ち私をもって公を妨(さまた)ぐ。憾起こるときは則ち制(せい)に違(たが)い法を害(そこな)う。故(ゆえ)に、初章(しょしょう)に云(い)わく、上下和諧(じょうげわかい)せよ。それまた是(こ)の情(こころ)なるか。

 【現代語訳】私心をすてて公務に専念することは臣(役人)たるものの道である。およそ人に私心があるとき、他の人に恨みの心がおきる。恨みがあれば、必ず不和が生じる。不和になれば私心で公務をとることとなり、結果として国家全体の利益を損なうことになる。恨みの心がおこってくれば、制度や法律をやぶる者も出てくる。だからこそ第1条で「お互いのことを思いやり、調和するように」と定めたのである。

 この第15条は民を治める役人である臣の道を説いた。「私」は個人で、「公」は天皇と民、臣を含む国家全体のことで、臣は「私」よりも「公」を重視すべきだと訴えた。最後に「上下和諧せよ」と繰り返し、憲法の根幹である「和」の精神を強調している。


この十七条の憲法のシリーズは、産経新聞に弟一条から順に掲載されていたのをきっかけに書き始めました。
ブログに取り上げるのが遅れがちになっていたら、もう、最初の方のニュース記事は削除されていますね。産経新聞は削除されるのが早い、と思っていましたが、これは今年に入ってからのもの。半年ほどで削除されるとは!
十七条まではコピーはしましたが、削除されないうちに、続きの記事も上げようと思います。


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スペイン列車脱線、運転士を事情聴取へ 死者80人に



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