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2019年10月13日

ハロウィンって何?! かぼちゃと仮装の意味は?! ≪ハロウィーンHalloween'19≫

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2015.10.17 RIVIERA GRAND BLUE フロント

◆「かぼちゃ」じゃなくて「りんご」だった?!◆
◇ハロウィンの発祥◇
◆実はスピリチャルな晩◆
◇アメリカ型ハロウィーン◇
◆仮装の意味?!◆
◇ジャック・オー・ランタンは魔除け?!◇


ハロウィンって何?

小学生の頃末っ子に訊いてみると、
仮装して、お菓子をもらう
そんなイメージだという答えでした。

トリック・オア・トリート
お菓子をくれないと、いたずらするぞ!

あ、忘れてた、「かぼちゃ」の日だよね。

彼の口からは、それ以上は出てきませんでした。


ハロウィンとは、本来、悪霊(あくりょう)祓いの行事だというのですが、それがパフォーマンス化したのが、仮装ではないでしょうか。

ハロウィンの仮装は、毎年過熱化しているのを感じますね。

子供の頃、ハロウィンにお菓子をもらった経験のない世代の人たちまで、仮装、コスプレを楽しんでいるようです。

普段とは全然違う姿になる、それは自分を変えたい、変わりたい願望の表れであると言っていた方がいましたが、いつもと違う、悪魔的、悪霊的な姿になることは、刺激的なのでしょう。


ハロウィンは、もともとアイルランドやスコットランド(英国の一部)のケルト民族のお祭りでした。

収穫を迎えた大地は、冬に向けて休息に入ります。ケルトでは、この収穫祭を新しい年の切れ目の日としていました。つまり、大晦日のようなもの。

ハロウィンは特別な日であり、この晩は、先祖の霊や、精霊などが異界(霊界)の境界線を越え、やってくると信じられていました。


そもそもハロウィンは、キリスト教とは関係なく、正教などは、ハロウィンを嫌う傾向もあるといいますが、実は、語源だけは、カトリックの伝統行事と結びついてできたらしいのです。

11月1日に諸聖人の日(万聖節)という行事があるのですが、その前夜祭、"All Hallows"のeve(ハロー・イブ)、というのがその語源と言われています。


さて、ハロウィンにはかぼちゃがつきものと思っていましたが、ケルト地方では、かぼちゃではなくリンゴを使ってきたということです。

おそらく、新大陸、アメリカでは秋に多くのかぼちゃが収穫され、結果、かぼちゃのお祭りみたいになってしまったのかもしれません。

ここ10年ほど前から、すっかり日本にも定着した感のあるハロウィンですが、ようするにお化けのお祭りのようなもの、楽しいイベントという感じですね。
まあ10月の風物詩、といえるのではないでしょうか。


ヨーロッパのケルトの収穫祭として始まったハロウィン。
しかし、現代のハロウィンの発祥というのは、アメリカなのでは、と思うのです。

恐ろしい精霊、悪霊を追い払うための扮装が、米国に行き、現代の仮装になったようですね。

仮装した子供たちが「トリック・オア・トリート」と言ってお菓子をもらいながら家々を回るというのも、やはり米国で盛んになったものです。
歴史の浅いアメリカにとっては、もはや伝統行事といってもいいのではないでしょうか。

今、アメリカというのは、あらゆる文化の発祥となっています。
コーラにフライドチキン、アメリカン・ポップスやハリウッド映画がその普及に貢献し、相乗効果を生んできました。

それと同じように、アメリカの文化に定着した、「アメリカ版ハロウィン」が、今、ヨーロッパにも、全世界にも伝わっているというのが、本当のところ、私たちが認識するハロウィンかと思います。

ヨーロッパにも、ジャック・オー・ランタンが逆輸入されているのが現状のようです。


ジャック・オー・ランタンといえば、ハロウィンの晩は異界(霊界)から、精霊が自由に出入りするということで、これは元々、魔よけの意味があるらしいです。

ナスやキュウリなどをお供えして、灯篭で飾る、お盆の行事を連想してしまいますね。
お盆は日本では夏の行事というイメージがありますが、もともと旧暦では秋の収穫の頃と重なります。お月見の頃ですね。(今年は10月11日が十三夜でした。)

霊界の暦が変わるこの晩、実際、スピリチャル的な気が高まるというのも確かなようです。

日本人も名月を愛でながらも、しみじみと亡き人を偲んできたかと思うのですが、海と大陸を隔てた、北の島国(アイルランドなど)では、ケルトの収穫祭を祝いつつも、霊界の幕が開く日だと信じて大切にしてきました。

静かな瞑想とお祈りにも最適な晩となるはずですから、ハロウィン・パーティーは早めに済ませて、そんな時間をもたれるのはいかがでしょうか。



2015.10.25 外交官の家 グラス




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2019年02月13日

バレンタインデーのはじまりは?! キリスト教の殉教者が「恋人たちの守護聖人」となった理由

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2018.02.13 ベーリック・ホール Happy Flower Valentine!


セント・バレンタイン・デー。
「恋人たちの守護聖人」と呼ばれた、聖バレンチノ(ヴァレンタイン)にちなんで、その殉教した命日を記念日としてきたといいます。

日本では、戦後の昭和のいつごろからか、すでに2月14日は、女の子からチョコで告白できる日として知られていました。ところが、主流であるはずのヨーロッパでは、男性が花などを贈ってくれる日だったので、少し驚きました。

起源を調べてみると、そもそもの聖バレンチノ(ヴァレンタイン)あるいは聖ワレンティン(ウァレンティヌス)という人自体が、様々な伝説にまみれているようです。
それも、一人ではなく、3人以上の聖バレンチノ(ヴァレンタイン)という人が記録されているらしいのです。

ウィキペディアの記述から、バレンタイン・デーに関連しそうなこんな伝説が浮かび上がってきます。


時は、3世紀後半ですから、まだキリスト教がローマの国教として認められる前であり、むしろ異教であると迫害されていて、熱心な布教者は、殉教することも少なくなかったようです。

バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼるとされる。
当時、ローマでは、2月14日は女神・ユーノーの祝日だった。
ユーノーはすべての神々の女王であり、家庭と結婚の神でもある。

翌2月15日は、豊年を祈願する(清めの祭りでもある)ルペルカリア祭の始まる日であった。
当時若い男たちと女たちは生活が別だった。
祭りの前日、女たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていた。
翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。
ひいた男と札の名の女は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。
そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。

ローマ帝国皇帝・クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、兵士たちの婚姻を禁止したと言われている。
キリスト教の司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)は、
婚姻を禁止されて嘆き悲しむ兵士たちを憐れみ、彼らのために内緒で結婚式を行っていたが、
やがてその噂が皇帝の耳に入り、
怒った皇帝は二度とそのような行為をしないようウァレンティヌスに命令した。

しかし、ウァレンティヌスは毅然として皇帝の命令に屈しなかったため、最終的に彼は処刑されたとされる。

彼の処刑の日は、ユーノーの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれた。
ウァレンティヌスはルペルカリア祭に捧げる生贄とされたという。
このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったというのが一般論である。


また、彼が結婚したカップルに自分の庭で摘んだ花を贈ったことから、バレンタインデーに花を贈る習慣になったとも言われます。
さらに、もう一つの伝説があります。

彼が捕らえられて監獄にいたとき、監獄の中でも礼拝を行っていたのか、盲目の看守の召使の娘(あるいは判事の娘?)が、監獄の彼を訪れては熱心に説教を聞いていて、次第に彼と心を通わせるようになったといいます。そして、あるとき娘の目が見えるようになり、この奇跡を信じた彼女の家族がキリスト教に転向したため、皇帝は怒って彼を処刑したというのです。


ヴァレンタインの死後、キリスト教はローマで公認され、国教になり栄えていきます。そして、カトリック(西方教会)と正教(東方教会)それぞれで、教会中心の時代がくるのです。

中世になって、聖バレンタインデーが盛んになるのですが、それにはきっかけがありました。
496年、法王「ゲラシウス1世」は、「ルペルカリア祭」を廃止しましたが、その際、兵士の反発を防ぐため、「ヴァレンタインの祝日」を設けるようにして、その日にはその年の聖ヴァレンタインをくじで決め盛り上げたということです。

後になってカトリックの正式な祝日からは排除されたものの、バレンタインデーは、さらに中世になって盛んになっていき、数々の伝説的エピソードが語られるようになりました。

正教の版図である東ヨーロッパでは、3世紀後半、ヴァレンタインという3人の聖人(うち一人は現ブルガリアの兵士)のことは記録にあるものの、愛の守護神としての側面は全然なかったのは、このようにバレンタインデーが、カトリックが起源だったからだと、合点がいきました。


カトリックでは、聖ヴァレンタインの殉教日が2月14日と伝えられていますが、正教ではそれぞれ7月や4月になっています。

それにしても、西と東それぞれで3名の同名の殉教者が記録されているのは、偶然とは思えません。
きっと聖ヴァレンタインは実在の人物であり、伝説の中のどれかは、事実に基づいていることでしょう。

これは私がこの記事を書きながらふと感じたのですが、聖ヴァレンタインの殉教日がカトリックでは2月14日ということですが、祝日となったのは、2世紀も後のことで、ルペルカリア祭の代わりに作られたものだとしたら、殉教日がすり替わったとしてもおかしくありません。

たとえば、キリスト教の司祭だった聖ヴァレンタインが、結婚を禁止された兵士をかわいそうに思って結婚させてあげたのが、ローマの結婚の神の祝日、2月14日だとしたら、すぐ処刑されたなら、その日が命日です。ただ、監獄での伝説があったりするので、その後処刑されたとしたら、正教会の記録と重なります。

カトリックと東方教会のそれぞれの記録が別人だとしたら6人の聖ヴァレンタインが同じ時期に殉教したことになりますが、重なる部分が多いので、少なくとも2人は同じ人だと思われます。だとしたら、正教に記録された殉教日が正しい気がするのです。

今の日本型バレンタインデーの発祥についてさえ、モロゾフ説、伊勢丹説、ソニープラザ説など、どれももっともらしくてはっきりしないくらいですから、1700年以上前の聖人の真相はわからなくて当然かもしれません。

クリスマス、イースター、そしてハロウィンもゲルマンやケルトのお祭りと一つとなり、次期とかがズレたりしていました。バレンタインデーは、ローマのお祭りを廃止してできたものだということ。おもしろいですね。

とにもかくにも、明日はハッピー・バレンタインとなりますように。




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2018年12月22日

クリスマスは、イエス・キリストの誕生日ではない?! 2018

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2015.12.16 山手洋館 エリスマン邸 世界のクリスマス 花Tree


クリスマスというのは、
本来、キリスト生誕を祝うものでした。
しかし、イエスの誕生日は、
実は正確にはわかっていないのです(!)

★☆


──今日は冬至。もともとクリスマスは、冬至のお祭りだったとか。

恒例の記事を再公開します。

結論から言いますと、イエス・キリストの誕生日は、12月25日ではない、というのが本当のようです。

もうちょっと遅く、おそらく1月の初旬頃ではないかという説が正しいのではないかと、私個人的には考えていますが、
聖書の記述にあるイエスの出生の状況から、馬小屋で生まれたということは、もう少し暖かい季節、5月頃だったのではないか、と様々に憶測されてきました。
(イエス・キリストの聖誕物語は
こちらからどうぞ)

つまり、誰もイエス・キリストの誕生日を知らない。その記述が残っていない、ということのようです。

楽園(パラダイス)に行かれたというイエス・キリストの霊に尋ねるしかないですね。


ではなぜ12月25日を祝うようになったかといいますと、この日は、もともとローマでキリスト教が国教になる前に盛んだったミトラス教(ミトラ教)の冬至の日に当たります。
その行事とクリスマスとが一緒になったものと考えられています。

10月末のハロウィンも、ケルトの精霊のお祭りと一緒になってしまったということですから、さもありなんという感じですね。

紀元が定められたのもイエスの誕生を基準にしたにも関わらず、彼は紀元前4年生まれというのも、不思議です。大切なことなのに、なぜとも思いますが、イエス・キリストというのは、その生涯をあまり知られていなかったのでしょうね。


きっと、イヴには、キリスト教の教会ではクリスマスのミサなどが行われることでしょう。

欧米では、クリスマス休暇となり、家族で過ごしたりすることが多いようです。

年末に近いこの時期、一年を振り返ってみるにも、いいタイミングかもしれません。

誕生日は正確には12月25日でなかったとしても、長―い時代、ずっと静かに祈るのにふさわしい日だったのですから、そうしてみるのが、一番得策でしょう。

ちょっと前倒しだったようですが、イエス・キリストの誕生日祝いということには違いありません。

死後2000年以上経っても、世界中で生誕を祝っている人は、ほとんどいませんから、祝った人の延べ人数などを考えると、歴史上最大の大物なことは確かです。

もう、キリスト教徒だけのクリスマスではありません。私たちも、祈ることによって、クリスマスの恩恵をゲットしたいですね。


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