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2015年01月22日

テロリストはなぜ「教育」を嫌うのか?! 《マララさんの言葉》  ★イスラム国が「教育受けた女性を処刑」、国連が警鐘

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ラン♪


彼らは銃弾で私たちを
黙らせようと考えたのです。
でも失敗しました。

私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。
強さ、力、そして勇気が生まれたのです。


マララ・ユサフザイ



昨年ノーベル平和賞を受賞したマララさんが、かつて国連で演説したのが「本とペンを手に取りましょう」でした。教育こそがすべてを解決する、と彼女は言っています。

「イスラム国」が教育を受けた女性たちを処刑したという、衝撃的なニュースが伝わっています。(下にニュース記事)
写真には10数名の女性しか写っていませんが、背後の男性の数からすれば、20名以上の女性たちが一斉に殺害されたのだろうと思われます。


イスラム過激派は、女性が教育を受けることは、とても罪なことだと思い込んでいます。彼らにとっては、許されないことなのです。

マララさんは、彼らが教育を憎むと同時に恐れているのだと指摘しています。
それが学校を破壊し、残虐行為をする原因だというのです。

なぜなら、彼らは、私たちが自分たちの社会にもたらそうとした自由を、そして平等を恐れていたからです。そして彼らは、今もそれを恐れているからです。

彼らは、神はちっぽけで取るに足りない、保守的な存在で、ただ学校に行っているというだけで女の子たちを地獄に送っているのだと考えています。
テロリストたちは、イスラムの名を悪用し、パシュトゥン人(アフガニスタン、パキスタンなどに住む民族)社会を自分たちの個人的な利益のために悪用しています。


マララさんの言うとおり、彼らが信じる神は、ちっぽけで取るに足らない存在のようです。

本当の神がそうではなく、彼らの信じるところが偏狭で、子どもよりも小さいのです。
そして、恨みに固まっています。

教育を受けた女性たちを許せないのです。
懐の大きな男性たちとは思えません。

彼らは、神様の名を語りながら、自分の小さい器を正当化しているにすぎません。

本当の神様は、人類すべての神様であり、宇宙をつかさどる神様ですから、人間のちっぽけな自己満足のために、他の大切な人間を傷つけ殺すことを、よしとはされないでしょう。


マララさんがすごいのは、彼女を瀕死に追いやったテロリストを、憎まないというのです。
目の前に来ても、復讐することはない、と言っています。

彼女はすでに赦し、愛しているのです。

彼女が信じるアッラーと彼らの信じる神は同じイスラム教の神であり、それは宗教宗派を超えた同じ一つの神であると、私は考えています。

宇宙をつかさどり、大自然を動かす神が、一宗教や一宗派だけの神様であるはずがありません。

神様は何人もおられるのではなく、ただ一つのお方です。だから全世界の人々は同じ神様の子どもであり、お互いに兄弟だということになります。

この地球が一つの街であるかのように、人類が一つの家族のように暮らすこと、それが本来の神様の願いであり、私たちの幸せのはずです。

マララさんはすでに、心の面においては、自分を殺そうとした相手も赦し、愛していますから、神様と同じような深く広い愛情をもっています。

ただ、まだ実世界においては、マララさんのようになることのできない、心の狭く小さな人たちが多いので、ちょっとしたことでも恨み骨髄となって、復讐の連鎖となっているのでしょう。


マララさんという一人の少女がいるということ、きっとそれに続く無数の少女たちがいるに違いないということを思うときに、諦めなければ、必ず愛が勝つ、正義が勝つと確信するのです。

共産政権が、神がいないといい、自由を奪い、恐ろしいほど多くの人々の命を奪いました。
その後共産国家の行く末がどうなったか、今はよくわかっています。

そして、イスラム過激派、テロリストたちの行く末、これもそのままで行く限り、栄えようがないでしょう。
ある一時は、暴力や武力で思い通りになるとしても、それより強い力があることを彼らは知りません。

永遠の世界、死後の世界があり、そこは愛の世界だといいます。
マララさんのような、大きくたくましい愛を持った人が、羽ばたける世界であると思うのです。


今日もいい一日を

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イスラム国が「教育受けた女性を処刑」、国連が警鐘


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posted by kuri-ma at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・イスラム圏、インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月14日

私は「シャルリー」とは言わない?!  ★銃撃された仏紙、最新号表紙にムハンマド風刺画、批判も

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冬景色。


愛は寛容であり、愛は情け深い。
また、ねたむことをしない。
愛は高ぶらない、誇らない、

不作法をしない、自分の利益を求めない、
いらだたない、恨みをいだかない。

不義を喜ばないで真理を喜ぶ。

そして、すべてを忍び、
すべてを信じ、すべてを望み、
すべてを耐える。


『新約聖書』
コリント人への第一の手紙 第13章



仏風刺週刊紙シャルリー・エブド銃撃事件における
風刺画家5人を含む12人の犠牲者と
一連の銃撃事件等の犠牲者を悼み
御冥福をお祈りします



フランスにおけるデモや、下に添付した、再度モハンマドの風刺画を表紙とすることなど、それが風潮となり、世論となっていますし、気持ちも充分理解するものです。

ただ今回の件は、犯人や、テロだけを批判するのではなく、他の大多数のイスラム教徒たちには、複雑な思いを与える内容だと思います。

もちろん、テロを容認するつもりはありませんし、イスラム国や諸々のイスラム過激派の行動は、許されるものではないと思います。

ただ、その彼らを怒らせて、何か得があるのでしょうか。

フランスでは、風刺画が盛んなのでしょう。
風刺は、ウィットに富んだ高尚なジョークだ、という意見もあるでしょうが、ある人の気持ちを逆撫でしたり、不愉快な思いにさせる極端なものは、あまり趣味のいいものという感じがしません。

まるで、子どもの喧嘩のような感じを受けます。


子どもは、どちらも自分の言い分を正しいと言って聞きません。

喩えとして適当かどうかは分かりませんが、うちの4人の子供たちがゲームをする時、末の子は自分が負けそうになったり、やられたりすると、すぐ怒るのです。性格もあるでしょうが、一番子どもなので大人気ないのです。

兄弟の様子を見ていると、兄姉たちは、弟にうまく手加減してやっているようです。
そうでないと、ムキになられたり、逆上されると、ゲームが台無しになるからです。
弟の性格や、器を理解したうえで、できるだけ長くゲームを楽しめるようにしているのです。

もちろん、子供同士のこと、そうやって調節していても、喧嘩はしゅっ中です。
我慢が足りない、理解も愛も足りない、基本、自己中の子どもたちですから、そういう喧嘩も経験で、成長しながら、覚えていくと思うのです。

我が家の平和も、世界の平和も基本は同じなのではないでしょうか。


冗談が通じない相手もいます。
気持ちをなだめるような、もっとよい方法がないのでしょうか。

そんな人をも納得させるのは、「愛」しかないという気がします。
愛は寛容で情け深い、しかも忍耐強く、諦めもしません。

相手を、何を持ってでも攻撃しません。銃だけが攻撃ではなく、シャルリーたちは、風刺画を持って彼らをあざけったのです。

たとえ犯人たち、テロリストたちがいけないとして、彼らが銃を向けて来るようなことをすべきでしょうか。

もちろん、彼らは誇りと信念をもって風刺していたのでしょう。批判していたのでしょう。
悪いことは悪いと、宣言したかったのかもしれません。
それは素晴らしいことなのかもしれませんが…。

もし、そこに愛がないなら、その風刺は憎しみに聞こえ、銃による攻撃より、はるかに彼らを傷つけるのです。彼らの誇りを傷つけたのではないでしょうか。

その勇気は、残忍なテロリストたちを逆上させ、さらにまた今回の事件に終わらず、報復は続くのではないでしょうか。

事実を指摘するだけでも、不愉快になることがある、私たち人間。
であるから、やはり、批判はすべきではないのではないか、と思うのです。
批判と指摘の差は不明瞭ではありますが。

イスラム教徒をすべて敵のようにする風潮も、心痛む内容です。

自分と違うからと言って、受け容れない。
人種差別や様々な人間関係のトラブルも、人を理解しようとしない、そういうところから発していると思います。

今起こっている、内乱も戦争も、社会問題も家庭問題も、元を正せば、私たちの愛と理解のなさ、自己中のゆえではないかと思うのです。

つまり、もうちょっと大人になって、自分の意見だけが、正しいと思うのはやめたい、と思います。

もちろん、悪と罪は憎みつつ、人を憎まないということ、また、自分の家族のように相手の特徴を理解して、戦いや殺生を事前に防ぐ、そういうことを、天は願っていると感じるのです。


冒頭にあげた新約聖書にはこういう前後があります。

たといわたしが、人々の言葉や
御使(みつかい)たちの言葉を語っても、
もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や
騒がしい鐃鉢*(にょうはち)と同じである。

たといまた、わたしに預言をする力があり、
あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、
また、山を移すほどの強い信仰があっても、
もし愛がなければ、わたしは無に等しい。

たといまた、わたしが
自分の全財産を人に施しても、
また、自分のからだを焼かれるために渡しても、
もし愛がなければ、いっさいは無益である。

愛は寛容であり、愛は情深い。
また、ねたむことをしない。
愛は高ぶらない、誇らない、

不作法をしない。自分の利益を求めない、
いらだたない、恨みをいだかない。

不義を喜ばないで真理を喜ぶ。

そして、すべてを忍び、すべてを信じ、
すべてを望み、すべてを耐える。

愛はいつまでも絶えることがない。
しかし、預言はすたれ、異言はやみ、
知識はすたれるであろう。

なぜなら、
わたしたちの知るところは一部分であり、
預言するところも一部分にすぎない。

全きものが来る時には、
部分的なものはすたれる。




*鐃鉢(にょうはち)というのは、法事や葬式で打ち鳴らして音を出す、銅製の皿のような楽器のことだそうです。
つまり、シンバルのこと。

うるさい鐘のような騒音で終わらないようにしたい、ですね。


今日もいい一日を

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銃撃された仏紙、最新号表紙にムハンマド風刺画

イスラム最高権威、仏紙風刺画を批判 「憎悪かき立てる」

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posted by kuri-ma at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・イスラム圏、インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月05日

マララさん波及?! まだ続く同志への襲撃! 故郷の子どもたち就学率急増!  ★ブルカって?!【図解】イスラム教徒の女性の衣装


秋空に舞う。


私たちが力を合わせて、
すべての子どもが教育を
受けられるようになることを願っています。


マララ・ユスフザイ
(謁見の際、英女王に)





0131103at08_p.jpg
未来のマララたち?◇




このマララさんという少女は、いつも変わらず、子どもや女性の教育を訴えています。

日本では当たり前のことが、マララさんの故郷パキスタン、また多くの国で、困難な状況です。そんな当たり前のことを訴えるだけで命を狙われる、そんな中でも臆することなく、訴え続ける姿はすごいです。

マララさんは幸い助かりましたが、まだ同志のへの襲撃は続き、命を奪われた人もいるといいます。

日本の教育水準は高く優秀だといいますが、恵まれた環境の中でもたらされたものであるということを、今更ながら、有り難いことであると思うのです。

不平不満は言えませんね。

【図解】イスラム教徒の女性の衣装



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posted by kuri-ma at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・イスラム圏、インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする