さあ夢を叶えましょう

無料カウンセリング
を募っています。詳しくはこちら
まずは記事にコメントをお寄せくださるか
あるいは→のファンより
メッセージをお寄せください
お待ちしています

2015年07月27日

イスラムの名を借りる殺人集団?! ★シリアでISに加わった仏女性、激動の3か月間を語る

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

2015.07.21 瀬谷市民の森 ヤマユリ 首を垂れて


強さは
肉体的な力から来るのではない。
それは不屈の意志から生まれる。


ガンジー



イスラム教と言うのは、宗派により日に何度もアラーに祈り、喜捨の精神など、慈愛に満ちた宗教です。

中東はイスラム過激派と呼ばれるテロ集団が多く存在し、また内戦の最中にありますから、ともすればイスラム教自体が、恐ろしいものであり、平和を壊すものというイメージがあるかもしれませんが、彼らとイスラム教の本来の教えは全然違うのです。

明らかに宗教の名を利用して、その教えとは反対のことをしているといえます。このニュースにある仏女性はセクトだと表現して、幻滅しきっています。

イスラム教の教理を教えるのですが、やっていることと、その動機がめちゃくちゃですから、イスラムの教えに則っているとはいえません。

本当に正しく、慈愛に溢れたものだったら、行動もそうなりますから、人々が尊敬し、認めるものになっていくでしょう。 
                                   
口先だけ上手いことを言っていても、化けの皮が剥がれる時がきます。

暴力と殺戮。
女性など、欲望のはけ口として騙して連れてきて、もしもカリフ制国家が本当にできたとすれば、カリフというのは、冷徹で横暴な独裁者に違いありません。

ニュース記事から抜粋します。

フランス人女性のナディアさん(21歳・仮名)は、今年の春にイスラム過激派組織「イスラム国(Islamic State、IS)」のメンバーにネットのチャットルームで勧誘され、ISが「首都」と呼ぶシリア北部ラッカ(Raqa)へ渡った。

だが彼女はすぐに幻滅した。過激化したIS戦闘員らが「コーランよりもカラシニコフ銃について夢想していた」からだ。

ラッカでISと過ごした激動の3か月の間に、彼女はISのメンバーと結婚・離別し、2回投獄された。それから何とか国境を越えてトルコに渡った末、警察に拘束された。

インタビューは、ナディアさん側も希望したものだった。他の女性たちに、自分のようにISに参加しないように呼び掛けたかったという。

「私は、『欧米は自分たちの敵だ。ダーイシュ(Daesh、ISのアラビア語名の略称)はカリフ制国家だ』と言っている若い女性たちの目を覚まさせるために話します」「ダーイシュはカリフ制国家ではない。セクト(危険な宗教集団)です」

ISの戦闘員たちの生活について、「イスラム教に従っていたものはほとんどない。コーランもほとんど読まず、ただ戦争のスローガンを唱えて生活して いた」と語った。「大半はイスラム教に改宗した人々で、イスラム教についてほとんど知識がなく、シリアについてすぐに学ばなくてはならなかった」

そしてISに協力する女性たちは、戦闘員らの性欲のはけ口でしかなかった。「私たちは男たちのための商品だった。彼らは『俺はブルネットがいい。ブロンドがいい。これぐらいの年のこんな女がいい』といったリストをもっていた」という。


シリアでISに加わった仏女性、激動の3か月間を語る



今日もいい一日を

クリックありがとうございます。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村
写真は:2015.07.21 瀬谷市民の森 ヤマユリ 首を垂れて
by (C)ひでわくさん
画像あるいはタイトルクリックで写真のページへ
撮影者の名前をクリックすると撮影者のページへリンク
撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います


posted by kuri-ma at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・イスラム圏、インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月30日

こうして彼らは国境を越えた! 実況さながらのリポートと写真 ★【AFP記者コラム】トルコ国境に押し寄せるシリア難民の波

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

2015.06.29 瀬谷市民の森 でんでんむし


時間だけは
神様が平等に与えて下さった。


本田宗一郎



ISから逃れたトルコのシリア難民は180万人いるといいます。

また、戦闘から逃れた新たな数万人が国境近くに待機しているといいます。
トルコ側は国境を封鎖しているし、ISは当然許していないし、戦闘員も現れます。

ある日(6月13日)、何千人もの難民がフェンス側に一度に押し寄せてきました。
あまりの人の波に、トルコ兵たちも叫ぶだけで何もできなかったといいます。

報道関係者も、近くにいたトルコ人たちも、思わず近づいて、必死で彼らを助けました。まるで、映画のシーンのようですが、すべては、5分ほどのできごとだったと言います。

【AFP記者コラム】トルコ国境に押し寄せるシリア難民の波


この難民危機を取材するには、時にルールを忘れることが必要だ。この国境沿いではすべてが変わった。すべてがめちゃくちゃだ。道で探しても難民はいない。

もちろん、私は法律や軍に敬意を表している。国境近くで仕事をするときは注意深くならないといけない。通常、彼らは私たちをフェンス、つまり国境の線そのものには近づかせない。だが2000人がフェンスに殺到してきたときは、そこにルールなどもはや存在しない。そんな事態になったときは、トルコ当 局も私たちに仕事をさせてくれるのだ。


こんな映画のようなことが、彼らにとっては生涯を左右する命懸けの一大事であり、今現実において起こっているということを考えてみると、私たちも同じ一日24時間を過ごしているのですから、大切に生きていきたいと思うのです。


今日もいい一日を

クリックありがとうございます。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村
写真は:でんでんむし
by (C)ひでわくさん
画像あるいはタイトルクリックで写真のページへ
撮影者の名前をクリックすると撮影者のページへリンク
撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います


◇ブログをご覧になった全ての方へ◇
無料カウンセリング
を募っています。
詳しくは
こちら
お待ちしています


posted by kuri-ma at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・イスラム圏、インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月26日

神様が見えないのは大きすぎるから?!  ★「イスラム国」が釈放要求の女、リシャウィ死刑囚とは

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
私たちが神様に気づかないのは、
神様が大きすぎるからでしょうか。
それとも、些細なことばかり見ているかからでしょうか。

グライダー


私たちは、大きいことはできません。
小さなことを
大きな愛をもって行うだけです。

マザー・テレサ




今起こっている「イスラム国」の問題。
彼らが支持を得た3つの理由は、一つは、スンニ派という宗派がシリア・イラクで政治的に冷遇されていること。
二つ目はお金、深刻な不況の中、イスラム国には兵士を雇う財力があるのだそうです。
もう一つは欧米からイスラムの栄光を取り戻すという大義名分だといいます。

イスラム国が語る神は、本当の神ではありません。

彼らは自分たちだけの理屈で、残虐なテロ行為を繰り返しているのですが、宗教宗派を越えられず、神様を語りながら、実際は神様の願いとは反対の方向に加速していき、完全に悪魔に利用される立場になってしまっています。

昨日、神様の悲しみが3つあるとお話しました。それが、私たちの不幸に直結していると。

「イスラム国」など、イスラム過激派と呼ばれる人たちの存在も神様の悲しみになっているでしょう。

愛し合い、人のために生き合う、そんな生き方に逆行し、本当の神様を否定していくと、自分を、家庭を、世界の平和を壊し、不幸にしていくことになるのです。


彼らだけではありません。平和な日本にいる私たちはどうでしょうか。

神様を忘れ、本来の人間のあるべき姿を忘れ、互いに争い傷つけ合う…。
もしかしたら、人間は自分で不幸の道を選び取っているのではないでしょうか。

とっても大切な神様のはずなのに、普段私たちは、つい忘れてしまっています。
私たちが気にしている日常のこまごまとしたこと、些細な自分の気持ち、そういうものに振り回されて、もっと大切で大きなことを忘れてしまったり、あまりに大きすぎて、あまりにその存在が当たり前すぎて、気づきもしなかったりするのではないでしょうか。

小さなことばかり目に入って、自分の視野を越える大きい存在は気づきません。

地球という大きな揺りかごにいる私たちですが、その大きさを意識して生活することは、あまりありませんね。

また、大体は、地球の片隅でささやかに暮らしている人、今にも死にそうなくらい大変な人のことを、考えても見ません。

私たちの見える範囲というのは、実はとても小さいのではないでしょうか。

今は、地球が丸く、日本がどんな形で、どんなに小さいか、イメージすることが可能です。それでも、地球の裏側の人たちのことは、意識の外に置きがちです。

神様というのは、72億という人類のすべての親ですから、誰のことも愛しています。
親というのは、見えないところにいても、いつでも心の片隅から子どものことが離れないものです。
人間の意識は限りがあるので、同時にいろんなことを意識はできないのですが、無意識のうちに感じるというのは、何となく感覚的に理解できます。

本当は、神様の視野に立てば、全てがクリヤになるのです。

世界の人類が、一つの神様を親とした子ども、つまり兄弟姉妹として、理解し合い、世界が平和となるならば、神様が悲しむことも、私たちが不幸になることもないのではないでしょうか。

神様の下の人類一家族、これは私たちの幸せのための大きなテーマです。

先日、キング牧師の演説を紹介しました。

私には夢がある。
私の4人の子供が肌の色によってではなく、
人格の如何によって判断される国に
住む日が来るだろうという夢だ。


マーチン・ルーサー・キング


この言葉も、神様の目から見たらより深く分かるようです。
黒人白人黄人(?)…あらゆる国や民族の人も、肌の色や言語や文化の違いは関係なく、何が大切なのかといえば、その人の人格、魂の価値がその人の価値を決めると思うのです。

より、神様の立場にたって、広く、また愛情豊かに物事を見つめ、更に具体的に人々のために動ける人、そういう人を、心から尊敬します。
私も、かくありたいです。

大きなことはできなくても、世界の人のために祈ることから、目の前の人に笑顔と、優しい言葉をかけるところから、始めていきましょう。
そして、やり始めたからには、途中でやめずに、継続してやり続けていきましょう。

祈っています。
心から、ありがとうございます。
愛しています


今日もいい一日を

クリックありがとうございます。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村
写真は:グライダー
by (C)星船さん
画像あるいはタイトルクリックで写真のページへ
撮影者の名前をクリックすると撮影者のページへリンク
撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います


「イスラム国」が釈放要求の女、リシャウィ死刑囚とは


◇ブログをご覧になった全ての方へ◇
無料カウンセリング
を募っています。
詳しくは
こちら
お待ちしています


posted by kuri-ma at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・イスラム圏、インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする