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2012年05月11日

「五月のかがやき」をもう一度?! 若者たちに語り掛ける宮澤章二の詩10


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「五月のかがやき」


一日一日が まったく新しい出発
いまは ただ 鋭く前方を見つめるだけ
後ろ振り向く さびしい動作は
年老いてから身につければよいのだ

目が 一定の方向を指(さ)す行為を
〈めざす〉と いう
心が 一定の方向を指す行為を
〈こころざす〉と いう

めざす行為と こころざす行為とが
五月のかがやきの中で連動するとき
澄んだ若い目は 鷹(たか)の目になる
躍動する若い心は 走る清流の心になる

目と心に 明確な標的の薫る日こそ
生涯で いちばん美しい日だ




思春期の若者たちに送る詩ですね。
五月というのは、一番気持ちのよい季節かもしれません。
若葉が繁り、成長していく季節です。

宮澤章二さんの「行為の意味」での、思いと「思いやり」の違い、心と「心づかい」の違いという表現を思い出す、印象的な言葉が出てきます。

「目指す」と「こころざす」という言葉。
目と心が、それぞれ一定の方向を指す行為、そういう風に考えると確かにすっきりします。

思春期の頃には、やはり何か目標があると、ぐんと伸びるんですね。
どこまでも止まることなく伸びていく。

そんな若くて失敗ばかりの、がむしゃらになれる日々を懐かしんで、こんな五月の日には、私たちも爽やかに行動してみるのもいいかもしれません。


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宮澤章二(みやざわしょうじ)
大正8(1919).6.11〜平成17年3月11日
東京大学文学部卒、高校教諭を経て文筆業(詩、作詞)
小中高の校歌は300校以上作詞
「ジングルベル」の作詞者としても知られる
  「こころ」はだれにも見えない けれど「こころづかい」は見える
  「思い」は見えない けれど「思いやり」はだれにもでも見える

CMで有名になった「行為の意味」の作者


宮澤章二
「行為の意味 青春前期のきみたちに



2012年05月08日

「原点について」考えてみよう?! 若者たちに語り掛ける宮澤章二の詩9


ホケキョ。


「 原点について 」


鳥が鳥である 原点
それは つばさを持ったこと
魚が魚である 原点
それは 水中に生まれたこと

ぼくらは ぼくら人間の原点について
一度でも考えてみたことがあるか…

鳥たちは つばさを持ったから 飛ぶ
魚たちは 水中に生まれたから 泳ぐ

ぼくら人間は 直立する人類として
生き 歩く その意識を始めから持った

− 歩いてはいこう 生きていこう
それが 意志する人間の原点であるなら
ぼくらは 常に その原点に立とう




直立を始めたから人は考え始めたという、そんな説もあるようですが、人間は人間となったときから考えることができるようになったのでしょう。
精神というものは、いつから生れたのかわかりませんが、その漢字に表れているように、神さまが与えたものなのかもしれません。

人間の原点とは何なのでしょうか。
二本の足で歩くこと。
息をし、生きていくこと…。

それ以上に、もっと人間らしく、それぞれの個人にふさわしく、自分の意志に働きかけるものを求めていこうとする姿勢が、原点を求めることなのでしょうか。

精神の真ん中に「原点」を求めるならば、もともと私たち人間をつくった神さまに、聞いてみるのがいいでしょうね。
精神を研ぎ澄まし、魂にたずねる時、本当に私たちが心の底で求めていたものが、発見できるでしょう。

ちょっと欲張りな心は捨ててみて、本当の私の原点は何なのか、求めてみる。瞑想してみるのもいいでしょう。

原点に立ち続けることは、難しいこともありますが、そういうことを癖にしてみたいですね。


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宮澤章二
「行為の意味 青春前期のきみたちに



2012年04月01日

ひとつの花がひらくと…?!「命の世界」若者たちに語り掛ける宮澤章二の詩8


2012.03.27 和泉川 菜の花



いのちの世界


かおりをこめてやっても
造花は やっぱり造花
みつばちが みつを吸うことはない

自然にひらく花たちは
よろこびや悲しみを語らぬけれど
みつばちを蝶も訪れて来て
そこに 一つのふくよかな世界が出来る

いのちがいのちを 呼ぶのであろう
いのちがいのちを 求めるのであろう
造られた花たちは永久に孤独だが
いのちを持つ花に 孤独はない

ひとつの花がひらくと
必ず ひとつの世界が生まれる
――ひとりの人間についても 同じだ




「ひとつの花がひらくと、ひとつの世界が生まれる」という表現は印象的です。
ひとつの命が生まれると、ひとつの世界を生むことができるんですね。
私たちもすでに、そんな私たちそれぞれの貴重な世界をもっているのです。


造花はやっぱり造花…造花にはミツバチは寄って来ない。
という冒頭の言葉は真実を突いていて、本物になれ、というメッセージなのかな、と思ってよく読んでいくと、人間も花と同じ、ミツバチが寄ってくるように、「ひとりではないよ」、これが最終的な宮澤さんの伝えたかったことなのです。
あくまで、やさしい言葉です。


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宮澤章二
「行為の意味 青春前期のきみたちに