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2013年04月05日

出発と言う言葉には、いつも明るさを?! 「出発の季節」《若者たちに語り掛ける宮澤章二の詩16》


2013.04.01 和泉川 サクラ


言葉の持つ ふしぎな響き
たとえば
────出発
なんという明るい匂いだろう




新入学のシーズンですね。
全国少しずつ、新年度は、スタートの日が多少ずれてまだの所もあるようですし、今日入学式を迎える学校もあるようですね。
それぞれ、学年が替わったり、クラス替えがあったり、いずれにしても新しい出発の季節です。

今日、うちの子ども達は小中学校の始業式に行きました。この春から、末の子も、1年生から2年生になります。それなりの緊張があるようです。
入学式では、2年生が新1年生に向けて、歌などの出し物をして歓迎するのが恒例になっています。今年は、じゅげむを劇仕立てでやるそうです(昨年度の6年生を送る会と同じ演目)。



「 出発の季節 」


言葉の持つ ふしぎな響き
たとえば
────出発
なんという明るい匂(にお)いだろう

けれど 遠いむかし
暗い響きを帯びる出発もあった

この地球が砲煙弾雨に包まれた日だ

────ひとびとは死への道を出発し続けた

出発という心打つ言葉に
いつでも 明るさを持たせたい
さわやかな喜びと光を担(にな)わせたい

未知なるもの に向かう道を
四月 あなたが出発する
わたしも 花を求めて出発する
目立たぬ草木にも 春は花を恵むのだ


宮澤章二




「言葉の持つ ふしぎな響き」で始まるこの冒頭、いいですね。
「出発」を「明るい匂い」と表現しています。

「出発」という言葉には、そもそも明るいイメージがあります。明るく爽やかに香るように響くのが出発です。
「出発と言う言葉には、いつでも 明るさを持たせたい」という宮澤さんの祈るような思いにも共感します。

この詩は、3段階で構成されていて、2節めからは、暗い時代の記憶に触れています。
そして、再び、明るいイメージで、暗い過去の記憶を、明るい言葉ではさみこんでしまっています。

始まりも、終わりも明るい出発を歌っていますから、結論として「出発」は「明るい」ということになりますね。
ただし、2段階目の暗部があることで、からしが利いたように、「出発」に緊張感が加わったようです。

新入生をはるか昔に経験した人の中には、「私は万年変わらない」という方もおられるかもしれませんが、新しい命は日々生まれ、新しい一年生は毎年誕生しています。

なかなか初々しい気分を思い出せる機会はありませんので、この春の季節、自分も何か一つ進級したつもりで、リフレッシュしたいです。あるいは何か新しく始めるのも、もちろんいいでしょうね。

過去に、暗い時代を通過した人、苦労した人が再び迎える春、出発というのは、更に醍醐味があるのではないでしょうか。


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宮澤章二(みやざわしょうじ)
大正8(1919).6.11〜平成17年3月11日
東京大学文学部卒、高校教諭を経て文筆業(詩、作詞)
小中高の校歌は300校以上作詞
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  「こころ」はだれにも見えない けれど「こころづかい」は見える
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2013年02月21日

見えるものばかりだと虚しさだけ残る?! 「見えないものを」信じよう! 若者たちに語り掛ける宮澤章二の詩15


2013.02.16 和泉川 ドウダンツツジに枯葉 ドット抜け


冬の間に
目には見えないものが
春のために
すでに準備されています










「 見えないものを 」


枯れたように見えて
ほんとうは 枯れない
枯れ野いっぱいの 草たち
どこかに 種子もこぼれている
数えきれないほど こぼれている

ひとつひとつの 種子に
かすかな身動きがある
ひとつひとつの 身動きに
秘められた力がある

見えるものばかりに目をそそぐとき
残るものは むなしさだけではないか

薄ら日の真冬 北風のなかで
見えないものへの思いが深まる
── 見えないものたちを 信じよう


宮澤章二



一言ずつ噛みしめて味わって頂きたい深い詩です。
読めばそのごとく分かる、分かりやすい言葉で語りかけながら、内容がとても深みがあるのです。

「見えるものばかりに目をそそぐとき
残るものは むなしさだけではないか」

枯れ果てたように見えて、実は枯れていない野原の草たち。
目に付かない小さな種が無数にこぼれている。
そして、その種は気づかないほどに微かに動きつづけている。
その肉眼では気づかないほどの、微かな動きには、そこはかとないパワーがこめられている。。。

柔らかい芽が、枯れた葉を突き抜けていく力はなんなのでしょうか。継続の力かもしれません。

芽の出ない、とてつもなく長く感じる冬の期間、枯れてしまったのではないかと思える状況の中から、命は準備され、生まれてきます。まるで突然のように目に入りますが、突然生まれたものではありません。

目に見えない努力、積み重ねというものは、春という季節を迎えたら、一気に芽吹くことでしょう。

一途な気持ちは人の心を打つ感動を与えます。
枯葉を突き破る新芽の力は、見えないところで準備した、一生懸命な思いの成果。微かな見えないほどの歩みだったとしても、いつか見えるものとなる日が来る、のではないでしょうか。


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添付したニュースにはそれぞれ複数の写真があります。
美しい冬景色、お楽しみください。


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2012年10月01日

ぼくは早く独立したい?! ──「父と子」 若者たちに語り掛ける宮澤章二の詩14

こわいお父さんは少なくなっているようですが、
子どもは、思春期になると「自立したい」と思うようですね◇

2012.09.28 追分市民の森 畦




「 父と子 」

おやじとはこわい と せがれは言ったな
だから 口答えひとつしなかったな
そんなせがれが たった一度
──ぼくは 早く独立したい!

おやじのほうも 遠いむかし
思いは やっぱり 同じだったな
独立したくても それが出来ぬ
若すぎる年令のもどかしさを
なにかに向かって ぶつけたかったな

──ぼくは 早く独立したい!
なんというあざやかな響きだろう
急ぐな と おやじもどなりたかったが
せがれの その声にこめられた祈りは
おやじの心を 風のように包んだ




「自立したい」と子どもが思うのは、成長している証拠ですね。
反抗期も通らなければ、一人前の大人にならないといいますし、くぐり抜けるトンネルというのは、これからいっぱいありますね。

最近のお父さんは、こわいというイメージではなく、優しいお父さんが増えているようです。
子どもも、自立しようとしない、そんな子どもも増えているようです。子どもというよりは、体はしっかり大人になっても、親に依存していたり、ひきこもりなども多いですし。

思春期の子どもたちにとって、お父さんの存在というのは大きいものです。お父さんを通して、社会を見ます。
「大人は…」と生意気な批判を子供同士ではしていたとしても、父親との親密な関係があれば、根底には信頼があるのです。
小さい頃に遊んでもらったこと、触れ合った経験は、残っています。

多感な思春期の時期、親をうざいと思いながらも、どこかで尊敬している、信頼しているそういう関係があるといいんですね。
小さい頃は、母親との関係が濃密な子どもたちですが、特に男の子にとっては、思春期になってからの父親の存在というのは大きいのです。

思春期までに、父と子がスムーズに直接話せるような、信頼関係がもてれば理想でしょうが、思春期になって、口数が少なくなって、母親にすらあまり情を開かなくなる男の子たちは、必要な父子関係を持ちにくいかもしれませんね。

そういうときに、両親の夫婦関係が円満だとよいのですが、夫婦の仲が冷えていたり、ギクシャクしていたり、信頼関係がない、というのは、思春期の子どもたちにとって、大きな痛手のようです。

お父さんが大きな役割を果たす時期とはいえ、子供というのは、いつまでたっても母親を通して父を見るところがあります。普段お母さんが言っている言動を通して父を判断してしまう。
いつも母を泣かせている父、とか、粗大ゴミ扱いされている父とか、母とラブラブな父…。お母さんとの関係をいつも見ているんですね。

お互いを思い合う幸せな状態なのか、平和な状態なのか、戦争状態なのか、今は取り合えず小康状態なのか、家庭(両親)の状態を通して、社会、世界を見るようになるようですよ。

もちろん、母親のことも見ていますから、母親が信頼されていないと、問題なんですが…。

同じ自立心でも、親に嫌気が差して、こんな家にいたくない、という家出志向の自立心なのか、自分の可能性を試したい、何か目的をもった自立心なのか、それは親の影響力が大きい、ということですね。

中高生時代の自分自身を思い出しながら、宮澤さんの詩を読んでみるのもいいですね。

「早く自立したい」「早く独立したい」という心の叫びを持ち続けている、そんな、思春期の若者たち。そんな心の叫び、「祈り」と表現されていますが、このエネルギーは大きい、と思うのです。


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