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2013年11月28日

福島に天皇からのエール?! 陛下自ら「少し、いただこうか」初収穫の広野町の新米、御所に  ★NYの子ども、5人に1人は十分な食事とれず


行く季節・・・


雨にも負けず、風にも負けず…
そういうものに、私はなりたい




陛下「少し、いただこうか」 原発事故後初収穫の広野町の新米、御所に◇


原発や、放射能問題には、緒論があるかと思いますが、福島では、不必要な風評被害で苦しむ人々がいることは確かです。

天皇陛下自らが、広野町で初めて収穫された新米を召し上がろうというその心使いが、麗しいなぁと思うのです。

陛下が口にされるなら、大丈夫だと、わからずに怯えて福島県産の作物などを敬遠していた人には、安心材料になるのではないでしょうか。

いつでも、国民のことを祈り、味方でいてくださる存在が天皇であり、皇室かなぁと、私は特別右翼でもなんでもないのですが、純粋にそう感じますし、信じています。

私たちが家族や友人を愛するのと同じです。理屈ではありません。好きなものは好きなのです。
特に、私のことを愛してくれる人(自己愛や、ストーカー的な愛ではなく)や、祈ってくれている人には、自然と心がいくものです。

以前、3.11が起きた直後、時の首相は、自ら風評被害の発信源となり、震災よりも大きい震源になっておられましたが、あの方は、左翼思想をお持ちの方です。
おそらく、神など見えない存在を信じないのでしょう。その癖、目に見えない放射線は、(ありもしないと思うのに)ずいぶん怖がっていましたね。

ちょっと不思議なのですが、目に見えない存在を否定する人の中に、放射線にはヒステリックに拒否反応を示される方が多いようです。

それとよく似ていて、潔癖症や、パニック障害などの場合、愛情や信頼関係によって、ずいぶん症状がよくなるのです。
また、現実的なこまごまとした事が頭を悩ませるのですが、神や見えない世界を信じたり、世のため人のために行動するようになると、さらにぐっとよくなります。
(目に見えないものには大切なものが多い、問題の根源になっていることが多いのです。)

話が横道に逸れました。
今後エネルギー問題はないがしろにはできない重要な問題ではありますが、放射線被害を必要以上に恐れることは、精神衛生上もよくないですね。

天皇陛下が、率先して模範を示してくださったこと、とても有り難く、感謝します。
そんな風に、私もありたいと思うのです。



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NYの子ども、5人に1人は十分な食事とれず NPO報告


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2012年11月05日

ダライ・ラマ来日記念です?! 昨年語られた原子力についてのコメント


ヨモギも紅葉するんですね〜初めて見ました


わたしへの最高の贈り物は、
他人への思いやりを実践することだ。
幸せとは、
お金でも物質でも権力でもない。
自分の自信の中に宿っているものだ。


ダライ・ラマ
(昨年76歳の誕生日に)





ダライ・ラマ14世が来日されているとのこと。横浜のニュースを載せました。日本の主要メディアにはあまり報道されていないようですね。
宗教関係のことは、日本のマスコミは無視することが多いんですね。
(朝日に、中国を刺激することを懸念する記事が出てましたが。)

東京で3日間、沖縄でも講演があるようです。


ダライ・ラマ関連の情報を集めていたら、一年前に日本で話された興味深い内容がありました。下のサイトにその時の会見での全文が載っています。
今日は、原子力に関する部分を抜粋します。

私が常に強調して皆様にお話ししていることは、物事を見る時には全体を見なさいということです。例えば何かを決める時にも、一面だけを見て決めてはダメだということです。原子力についても同じことが言えます。
原子力というものが兵器として使われるということであれば、これは決して望ましい状態ではないと思います。

しかし、原子力が平和目的で使われるのであれば、これはまた別の問題だと思います。
もし原子力発電の他に何か代替案があるのなら良いでしょう。一つに水力発電のためにダムを造るという方法があると思いますが、この方法は自然に対して何らかの破壊、あるいは悪影響を及ぼします。また、風力エネルギーや太陽エネルギーというものもありますが、まだ十分ではないかも知れません。ここで言う十分というのは、単に日本あるいは先進国の方々にとって十分ということだけではなく、これから発展していく国々にとっても十分でなくてはならないと思うのです。そうでなければ、貧富の差がますます広がることになってしまいます。私たちはこれから発展していく国々の人のことも考えていくべきだと思います。
だからこそ最終的な決断というのは、専門家の方々がもっと広い角度から全体的にこの問題を捉え、最大限の注意を払って結論を出すべきだと考えています。

確かに物事、何かをなす時には99%の安全性というものを考えていただきたいと思います。しかし、いくら安全に対して配慮しても、やはりどこか1%の危険というのは残ります。100%安全とは言えないと思うんです。
例えば車を運転していても、1%の危険はどこかにあるでしょう。例えばおいしい食事をいただいていても、どこかに1%、もしかすると何かのリスクを負うこともあるかもしれません。そして、こうやって私たちが集まっているこの会場でさえ、もし何か大きなことが起これば、やはりリスクはまったくないとは言い切れないということがあると思います。
ただ少なくとも、万全を期して行っていくということが大切ではないかと思います。例えば、チェルノブイリの事故がありました。チェルノブイリの原子力発電所は古く、そしてまた十分な注意がなされていなかったために、ああいう大きな問題になりました。もしかすると、今回の福島(第1)原発もここまでの津波を予想されていなかったから、こういう状況が生じてしまったと考えられるかもしれません。
大切なのは常に安全策を最大限に考えていくこと、そしてそれに基づいてなされるならば物事はいいのではないかと思います。


ダライ・ラマは基本的には原子力に「賛成」の立場ですが、それを責めるかのような質問者の質問に上のように答えました。
そして最後にこう言われました。
「ただ、例えばもう原子力発電所はいらないと皆さんがお決めになるなら、それはそれでいいと私は思います。」
原子力に代わる物はないが、それでもいいなら、それを止めることはできません、という意味でしょう。

原子力も3.11以降、安全面で、相当の配慮をしているはずです。
あの大津波を想定していなかったのは、問題だったのかもしれませんが、何度も私の記事ではお伝えしているように、問題が起きたのは古い炉だけです。
本来は、大震災当時は引退しているはずだった老体の炉を、民主党政権が引退を引き伸ばし、その分の予算を浮かそうとした結果、折り悪く、事故になってしまったのです。
最新の炉では起こっていませんし、今後はもっと厳重に安全面の対策を講じるのは、可能です。もうすでにしていることでしょう。
日本の技術を私は信じますね。

今日はダライ・ラマの来日記念ということで、ダライ・ラマ関連の過去のニュースも下に添付しました


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2012年09月05日

「原発ゼロ」の日はくるのか?! 狭い日本、原発のゴミ箱はどこに?! 財源は?!〜疑問ばかりの「原発ゼロ」


岸壁&空 1


次なる巨大地震はいつ来るのか?!
「原発ゼロ」と
どちらが早く、どちらが現実的か。。。◇






原発に反対するデモや集会も何度も起こっている中、政府の「原発ゼロ」発言が波紋を生んでいます。

日本の戦後積み上げてきた高度成長と、その後の営みの全てを、ぶち壊すのが、「原発ゼロ」という考えではないでしょうか。
産経新聞でも何度も記事が書かれていますし、民主党内部でも、懸念を示す人が多い状況です。

管政権の時は、「脱原発」としきりに言っていました。「原発ゼロ」。内容は一緒ですが、放射能と原発に恐怖と拒否反応を持つ大衆にアピールするかのような、受けがいい言葉です。

多くの人が、デモにも参加し、坂本龍一氏のコンサートにも参加したことでしょう。
かつて「戦争反対!」と叫んだ人たちと同じような人たちが「原発反対!」を扇動しているといいます。
え、戦争反対も、原発反対もどこがいけないの?いいことでしょう。と、思っている人が参加しているのでしょう。

いろんな考えがあるでしょうが、今日は放射能の問題や、核再処理の問題などあるのですが、原発の存続の問題に話を絞りましょう。

福島原発に問題があった、ということは確かです。今もその問題の修復が続いています。また、核再処理問題など諸々の問題があります。
だからといって、原発を全廃する必要があるのか、ということです。

問題が起こらないような素晴らしい原発にすることは、可能なはずです。
(震災で問題が起こったのは、廃棄予定だった古い炉だったということも、お伝えしてきました。最新の技術のものでは問題がおこっていません。)

私たちは戦後60年余りも、原発の恩恵に浴してきて、危険はさほど感じてはいませんでした。過去、事故などの被害があったことは、心痛いことですが、普通の生活を送っている私たちが、原発によって何か被害をこうむったことは、ひとつもなかったはずです。
交通事故で亡くなる人の数を考えてみてもそうですが、私たちは日々、死へのリスクをもって生活しています。どこかで、何かのタイミングで事故に巻き込まれる危険性は万に一つは必ずあるのです。

しかし、東日本大震災で、福島原発に重大な事故があったものの、それで直接亡くなった人は一人もいません。もちろん、事故があったこと自体が大問題ですが、それに対する対策を講じる、もう二度とそのような事故が起こらないようにするのが、一番にするべきことでしょう。
今後同じような災害があったとしても、大丈夫にすることは、日本の高い技術をもってすれば十分可能なことでしょう。

「原発ゼロ」というのが、まるでクリーンなイメージがあるのでしょうか。
それは絵に描いた餅に過ぎないということです。

今まで、技術と経済と時間を投入して、築き上げた原発の供給する日本の先進国としての、状態を、無にするということではないでしょうか。
無にするためには、また技術と経済と時間が膨大に必要な上に、新しいエネルギーを得るために、更なる技術と経済と時間がかかる、専門家でなくてもわかることです。

要するに、お金がない。もない(あっても人にはもっとお金がかかる)。また、原発を捨て去るための場所、新しいエネルギーを作るための場所、土地がない日本にできることでしょうか。
そんなことをしている時間ももったいない、ではないですか。

大衆を反原発に駆り立てているのは、生理的な拒否感でしょうか。しかし、嫌、と思えば、この世からなくなればいい、と思うのは短絡過ぎないでしょうか。

生理的に嫌な人と、絶縁関係になるという、そういう敵ばかり作る生き方もあるかもしれません。
しかし、世界にはいろんな人がいて、いろんな国がある。そういう人たちと、いつも絶交しているわけにはいきません。
悪いことをした外国人のように、「国外退去」とはできません。
嫌だからいっさい付き合わない、というのは、大人気ない感情的な考え方かなぁと思います。(感情的にさせるのは誰よ、ということなんでしょうが…。)
日本には鎖国体質というのが残っているのかもしれませんね。

原発が悪者になっていますが、私たちに快適な近代的な生活をくれたのは誰でしょうか。原発は功労者だし、今も現役で頑張っているのです。一方的に悪者にするのではなく、活かす方法をもっと考えるべきでしょう。
欠点だらけはお互い様。あるものを、うまく使うのが、いいと思うのです。

原発が0になれば、電気代は3万円に、またそれ以外にも様々な不自由や、負担があるだろうということです。

あまりにも、非現実的な、構想ともいえない、夢想に近い内容を、政府、内閣が口にし、政策としようということです。
アホなのか、無茶なのか、そうではなく、日本という国を根底から崩すのが民主政権の目的なのかもしれません。

新たな巨大地震の懸念もある中で、何をするべきなのでしょうか。

やはり私のできることをするしかありません。
こんな今も、稼動してくれている原発に感謝しながら、今日を過ごしたいと思います。


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