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2015年09月25日

大人はわかってくれない?! 《尾崎豊》思春期のカリスマが考えていたこと   ★巡礼者圧死、サウジの安全対策に疑問符 「事故前から人々が失神」

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さそり座&天の川


大人達は
心を捨てろ捨てろと言うが
俺は嫌なのさ


「15の夜」より

☆毎月25日は 尾崎豊の
メモリアル・デー(月命日)☆


何回か月命日をすっぽかしてしまいました。久し振りに尾崎豊を検証してみたいと思います。

さて、もうそろそろ、私の息子たちが、彼がデビューした年頃に近づいてきました。
あるいは、「15の夜」という曲があるのですが、そういう思春期に突入しています。
息子たちを見ながら、尾崎が未成年の頃、何を考えていたんだろうか、と考えました。

連休中に家族でカラオケに行ったときに、主人が「僕が僕であるために」を歌ったのですが、何が気に入らないのか、急に次男の機嫌が悪くなりました。


中2病というのがあるといいます。
思春期特有の、ナルシストで時に自意識過剰で、自分がとんでもない天才やカリスマ、王か、神か、この世を救う救世主だとか本気で考える子がいるのだとか。

誰もわかってくれないけれど、自分がオンリー・ワンのナンバー・ワンだと考えるようです。
確かに人間は無限の可能性があり、本来の能力、潜在能力を発揮していくならば、とんでもない神のようなことができるのでしょう。

そういう未成年の少年が、自分の可能性を見出し、それから個性を発揮し、できるならば人の役にも立って、多くの人に認められたら、と願うのですが、その場合、いつも彼らの夢を阻もうとする人がいます。
一言で言えば、それが大人たちです。

自分のことを認めてもくれない。
わかってくれない。
自分の可能性を引き出してくれ、信じてくれるのではなく、押さえつけようとし、型にはめようとし、無神経で、笑いながら傷つけてくる人たち。

本当は理解してほしい。
信じて、見守ってほしい。
いつもは自分の力でやりたいから、放っておいてほしいけれど、ちょっと心細い時、行き詰った時、ピンチの時には、さりげなく助けてほしい。

そんな都合のいい、というか、お日さまのような、大自然のような温かさ、大きさを、親や大人に求めているのです。

よく考えてみたら、ちょっと自分の思い込みが激しすぎて、わからないですよね、そんな微妙なところは。

わかりにくくて、でも傷つきやすくて、子どものような人懐こさが恥ずかしいから言わないし、すぐに殻に閉じこもったり、強がったりする。

それが、思春期であり、未成年の特権なんだろうと思うのです。

うまくいかないのは、世の中のせい、環境のせいにする。自信がないくせに、人のせいにする。
その矛先の代表が、親であり、大人たちです。


大人はわかってくれない。
確かに、大人はそういう思春期の少年の思いを、真っ先には考えてくれないこともあるでしょう。

ちょっとのことで感情に引っ掛かってしまう、そんな十代の不安定さを、大事に考えることを忘れてしまっているかもしれません。

ただ、こうしたらいいと、経験からわかっているから、子どものためにしているという面もあるんですね。

それに、大人になってくると、嫌なこともしなければならなかったり、投げ出さず最後まで責任を取らなければならないから、センチメンタルなことに構っていられなくなるんですね。

私自身が十代の頃や、二十歳前後の頃は、とっても感じやすくて、ちょっとのことで涙になる人だったのですが、今は多少しぶとくなりましたし、わかっていながら子供たちの神経を逆なでする少しサデスティックな母となっています。

思うに、若い頃は、そんな大人の気持ちがわからなかったなと。
子どもの気持ちを、忘れかけてはいるけれど、自分と似ているのでわかり過ぎる面もあるのです。

子どもにも、若い頃にも、もう戻れないけれど、もっと大きい包容力を持ちたいな、と思っています。
若い人には負けない、心の瑞々しさと、弾力性をもっていきたいですね。

今、親になって思うのは、親のせいにしたり、大人のせいにしたり、社会のせい、時代のせいにしていたり、不運を歎いてみても、何にも変わらないな、と。
結局は全部自分に返ってくるのです。

自分が変わるしかない、覚悟を決めて、すべてを受け止め、責任をもち、今のこの環境で、最高のことをするしかないわけです。

未成年の頃の尾崎が何を考え、また亡くなる前、妻子をもった彼が、どのように生きようとしていたのか、正確にはわからないのですが、きっとそういうことも模索していただろうと思うのです。

最高のものを作り、最高のパフォーマンスをしようと、全力を傾けていたと思うのです。それが彼の生き方そのものだったか、と。

よい大人になった尾崎豊を、見てみたかったですね。





今日もいい一日を

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by (C)星船さん
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posted by kuri-ma at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 尾崎豊の求めていたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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