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2014年07月21日

自信をもつためには?! 〈前編〉  ★日中韓の歴史的偉人がズラリ!横浜で砂の彫刻展


ノリウツギ


本当の自信≠ニいうのは
正しく生きて≠アそ
生まれるものです

良心(本心)が喜ぶ生き方を
良心(本心)が喜ぶ生活を ...
し続けてこそ

自信≠煦轤チて行くのでは
ないでしょうか?


彩-sai-



自分に自信をもつことが難しい。自分が信じられないのだという相談がありました。

ずばり、その内容について考えていきたいと思います。


「自信」の素が何でしょうか。
信じることです。

「自信」も、「確信」も、「信」の字が付いていますね。
それは「信頼」という言葉にもつながります。

さて、自信、確信、信頼。
この「信」という言葉につながるものに、もう一つ「信仰」という言葉があります。

「信」という言葉は、目に見えません。
神様も目に見えません。
見えなかったとしても、これが正しい、と間違わず積み重ねていく。

日本人にとって、本来美徳であった「信仰」という言葉は、なんとなく似非っぽい、信じるに値しない、低いもののように、地に落とされてしまっていますが、本来の「信仰」の意味を考えてみましょう。

調べると、「神仏を信じること」が本来の意味ですが、「特定の対象を絶対のものと信じて疑わないこと」という意味もあります。
この後者を見て、一般に信仰をうさんくさく思う傾向があるのではないでしょうか。
それは盲目的な信仰のことですね。
正しい信仰なら、よいわけです。

字のごとく、信じて天を仰ぐというのが、信仰でしょう。
天というのは、正しい道を照らしてくれます。

冒頭の言葉のように、良心の喜び求める生き方をしていくこと、正しく生きることによって、私たちは自信を持つのでしょう。

それには、正しい道を知らなければなりません。
自信がもてないのは、そもそも何が正しいのか分からないからかもしれません。

神様のことは漠然としていて、何だか分からないかもしれません。
実は、人間の心には、本来神様が働く場所があります。それが良心というものです。
良心のかけらもない人も、良心が曇って働くなってしまった人もいますが、本来は誰にでもその痕跡ぐらいはあるのです。
ですから、良心の声を聞くということは、神様の言葉を聞くのと同じです。

良心に従った生活をしていれば、自信を持てるのですね。

明日もまたお話しましょう。


今日もいい一日を

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写真は:ノリウツギ
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日中韓の歴史的偉人がズラリ!横浜で砂の彫刻展


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posted by kuri-ma at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛と幸福 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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