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2014年04月30日

沈没船、明暗を分けた生死! 死に際で天国行き、地獄行きが決まる?!  ★がん患う英国の若者、チャリティーサイトで250万ポンド集める


2014.04.29 和泉川 サクラ はなみ


「情けは人の為ならず」ということわざがあります。最近もクイズ番組で出てきていました。
そのまま読んで、情けをかけることは人のためにならない、という意味でないことは、ご承知かと思います。

困った人に親切にしてあげること、人のために何かちょっとした思いやりをかけてあげること、これは、人のためにしているようでそうではない。回りまわって、自分の為になるのだ、という深い意味があります。


今回の韓国沈没船の事故で、これは人災だったと言われ、船長以下、その行動を非難されている中、自分の命も顧みず、乗客を誘導し、結局は犠牲となった若い女性乗員(パク・ジヨンさん)のことが、話題になっています。

動画となっていますので、どうぞ。



パク・ジヨンさんは、結局生命を犠牲にしました。生命を失ってまで、人助けをして何になるんだ、損な生き方をして、と思うかもしれませんが、彼女は一番の宝を得たのです。

「情けは人の為ならず」
生命をかけてまで人のために尽くすことで、彼女の生命は、真の犠牲になりました。

そして、彼女の残された家族はどうでしょうか。
褒められ讃えられ、感謝されながら、これから先過ごすことでしょう。

彼女の死に際の美しさは、魂の美しさを表わします。
いざという時、その人の人柄が表れます。そして苦労して来たという彼女の生涯ですが、愛情を注ぐ人がいたのだろう、ご両親が素晴らしかったのだろうと私たちは推測しますね。
そして、よく生きてきたから、よい死に際を迎えられたのではないでしょうか。

もちろん、もっと長く生きて、幸せな家庭を持ってほしかったと思います。
しかし、彼女はあの瞬間に最高の選択をしたのです。そうせずにはいられなかったのでしょう。

でも死んだら何になるの、ということですが、彼女は大きな功労をもってあの世に行きました。
私心のない生き様は、魂を輝かせ、その魂の輝きにふさわしい天国で過ごすことでしょう。


対照的に、自分の生命かわいさに乗客を誤誘導したまま、真っ先に逃げてしまった船長のことを考えてみたときに、なんだか後ろめたそうな様子で映像にも映っています。

彼は自分の命を守りましたが、隠していた自分の人間性、本性というものを暴露してしまいました。
生命と引き換えに、どれだけ多くのものを失ったでしょうか。良心の呵責を感じながら生き続けるのでしょう。そして、彼も、彼の家族も、一生後ろ指を差され続けるでしょう。

命は得ましたが、とんでもないものを負って生きなければならなくなりました。
それを通して、この人が、どのような生き方をするかで、あの世に行ってからの永遠の処遇が決まります。
今は執行猶予期間です。

ここで、相当悔い改めて、人間を変え、亡くなった人、一人ひとりの為に生命を削るような深刻な清算の人生としない限り、償いようがないのではありませんか。

ある意味、彼は、チャンスを与えられたのです。キツイ人生になるでしょうが、頑張って生きてほしいですね。

引率して助かった教頭先生が自殺したということですが、それは、なんにもならないどころか、あまりにマイナスで、取り返しの付かない過ちだと、心痛いです。

他の乗員や、この船を所有していた会社(済州島のこのコースは、修学旅行の定番人気コースで、この会社の独占状態だったということ。)も、もう保身を考えてはいられない、全てを捨てるくらいの心意気がなければ、会社自体、立ち行かないのではないでしょうか。


この事故は、人の生き方として対照的な生き方を提示してもらいました。

いざという時の人の生き方、そして人間何が転機になるか分かりません。
ふと、イエス・キリストが十字架に掛かった時の、それに関わった人たちのその後の生き様が重なりました。

イエスを裏切った弟子のユダは、大金を手にしたものの、罪の意識に耐えかねて自殺してしまいました。彼の名前は、裏切り者の代名詞となっています。

また、イエスの一番弟子のペテロは(バチカンのサン・ピエトロ寺院や、ロシヤのサンクトペトロ市の名になった人です)、イエスが捕まった当初は、自分は仲間ではないと、嘘を言って逃げてしまうのです。
しかし、すぐに心から反省し、イエスの死後は、生命を顧みずに信徒たちを率いて奔走し、結局は殉教することになりますが、師と同じ十字架は畏れ多いと、逆さ十字架に掛かったといいます。最後は、死を恐れなかったのです。

また、イエスと同じ時に処刑された強盗たちがいたのですが、左の強盗はイエスを馬鹿にして酷い言葉を浴びせますが、右側の強盗はそれをたしなめて、イエスのことを認め、辛い十字架上でイエスを慰めたことで、一緒にパラダイスに行きました。

いざ死ぬというとき、その人の人間性が表れ、またそれがその人のあの世を決定することがあるのです。
地獄行きか、天国行きか。

もう一人、映画にもなっていた人物がいました。

無実の罪で捕らえられたイエスでしたが、その当時のイスラエルの総督が、「イエスを処刑しろ」と叫ぶイスラエルの民衆に対して、大悪人のバラバという男を引き合いに出して、イエスとどちらかを恩赦する、と提案します。「バラバを許せ!イエスを殺せ!」と、もう暴動がおきそうな状況になったので、イエスは処刑という裁きが下されたのです。

そして、その時に助かってしまったのが、バラバという大悪人でした。映画は見ていませんが、この男は、後に立派なクリスチャンになったという説もあります。


イエス・キリストという歴史上の大きな人物。
彼にどう関わったかということは、その人たちの生き方、死に様、そして、死んだ後にあるという霊界での永遠の生活に、大きな違いを生みました。

(今回のセウォル号の事故は、そういう意味でも、とても劇的な事故というだけでなく、歴史的な事故なのかもしれない、と思うのですが、)いずれにしても、私たちの生き方が死に様を作り、それが永遠のあの世での処遇を決める、というのは、歴史的な出来事、歴史的な人物であるかにかかわらず、一般的な出来事、普通の人たちの生死も、まったく同じです。

よく生きて、よく死ぬ、そしてそれで終わりではなく、永遠に残る私たちの心(魂)には、もっと長い永遠のあの世での生活が掛かってくるのです。

セウォル号の話に戻りますが、パク・ジヨンさんや、若い高校生たち、そして教師やその他の犠牲者が、恨みの霊とならず、成仏して、更に大韓民国や世界のための本当に貴い犠牲となれるように、お祈りいたします。

いつか死ぬ私たち。
犬死にになるか、英雄的な死になるか、またそれ以上に、怨霊となってこの世を呪うか、後孫に繁栄をもたらす尊い死(犠牲)となっていくのか、大きな分かれ道です。

死は突然にやってくることがあるのです。死ぬ時、死に方は人様々です。
いつでも準備OKとなれるように、それは無理かもしれなくても、とりあえず今日も笑顔で過ごしましょう。そして、感謝で過ごしたいです。


今日もいい一日を

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写真は:サクラ はなみ
by (C)ひでわくさん
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