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2012年09月04日

言葉にできない「憂い」が澄んだ瞳の色になる?! 《相田みつをの言葉》


奥入瀬渓流1


澄んだ瞳をもつ人には、

文字にも言葉にも到底表せない深い「憂い」がある…。

私たちは、ままならない、自分の思いどおりにならない出来事を通過しながら、
理不尽に思うこと、
悔しいと思うこと、
腹の立つこと、
悲しみ、
苦しみ、
辛さ、
痛み…
諸々の思いを、どうすることもできずに、人生を歩んでいます◇

DSC03211.jpg


「 憂い 」
                          

むかしの人の詩にありました

君看よ双眼のいろ
語らざれば憂い無きに似たり


憂いがないのではありません
悲しみがないのでもありません
語らないだけなんです

語れないほどふかい憂いだからです
語れないほど重い悲しみだからです

人にいくら説明したって
全くわかってもらえないから
語ることをやめて
じっと こらえているんです

文字にもことばにも
到底表わせない
ふかい憂いを
おもいかなしみを
こころの底ふかく
ずっしりしずめて

じっと黙っているから
まなこが澄んでくるのです

澄んだ眼の底にある
ふかい憂いのわかる人間になろう
重いかなしみの見える眼を持とう


君看よ双眼のいろ
語らざれば憂い無きに似たり
語らざれば憂い
無きに似たり


 
相田 みつを

「じぶんの花を」より



「憂い」
そういう思いをシェアして、分かってくれる人がいるなら、楽になるのに、と思います。

お釈迦様が「生老病死」と言いましたが、人はそういうものに集約される不幸を抱えています。
不自由ない一国の王子の立場に生まれ育ちながら、人々の不幸を解決したいと願われたお釈迦様。その悟りによって、多くの、私たちに役立つことを教えてくださいました。
そういうお釈迦様のような、たった一人の人によって、多くの人が癒され、救われるということもあるのです。

相田みつをさんも言います。
「澄んだ目の底にある、深い憂いのわかる人間になろう。重いかなしみの見える眼を持とう」と。
きっと、ご自身に向かって言っておられる言葉なんでしょうが、私たち自身に向けられたメッセージとして受け止めていきたいです。

人の憂い悲しみは、人しかわかってあげられません。

わかろうとしても、本当の意味でわかることはできないのかもしれませんが、まずこの人には憂いがあるんだなぁと、そのことだけでも、察してあげられればいいかなぁと。

どんなに幸せそうに見える家にも、何かしら「生老病死」に関わる憂いがあります。
死に向かわない人はいないし、老いない人もいません。

病気に縁のない健康な人も、家族や周囲に一人も病気の人がいないということはないでしょう。ひとりでも、病気の人がいれば、労わりや配慮というものも必要になります。
現代は、心の病も急増してきました。そっちの方が、実は深刻かもしれません。

現代っ子は悩みがなく、幸せだ、というのは一方的なものの見方です。
最近の子どもは、衣食住には困りませんが、心を健康にするための環境、人との関わりが持ちにくくなり、不健康な引きこもりになる要素が増えていると思います。

人の抱える「憂い」は、どうしようもできないものかもしれませんが、具体的に解決する、しないではなく、人と人との温かい関係の中で、瞳の「憂い」の色がずいぶん変わるのではないか、と思うのです。


今日もいい一日を

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写真は:奥入瀬渓流1
by (C)akemiさん
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posted by kuri-ma at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 相田みつをの言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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