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2012年08月30日

墜落の直前、死を懸けてパイロットたちが取った選択とは?! 13年前の自衛機の事故について


2011.02.15 和泉川 US-1A飛行艇


訓練してきたことをやっただけ。
自慢も感動もない。


チェズレイ・サレンバーガー



「ハドソン川の奇跡」が、本当に奇跡だったのだということは、数々の事故を知るとさらによくわかります。(下にニュース添付)

飛行機が事故を起こして、いざという時、自分の命よりも、堕ちたときに大きな犠牲を出すことを考えて、できる限り安全を確保しようと、堕ちていく機体の中で最後の瞬間まで、最善を尽くそうとするパイロットがいます。
あるブログに、13年前の自衛隊機の事故について、述べられていました。以下転載します。

1999年11月22日午後、航空自衛隊入間基地所属のT33型ジェット練習機が入間川河川敷に墜落しました。
その際、東京電力の高圧送電線を切断し、東京・埼玉の約80万世帯で停電となりました。
以下は、事故当時に狭山ヶ丘高等学校校長・小川義男先生が学校通信に書かれた文章です。

《人間を矮小化してはならぬ》


校長 小川義男


先日、狭山市の柏原地区に自衛隊の練習用ジェット機が墜落しました。
たまたま私は、寺田先生(教頭)と共に、あの近くを走っていましたので、立ち寄ることにしました。すでに付近は閉鎖されていて、近くまで行くことはできませんでしたが、それほど遠くないあたりに、白煙が立ち上るのが見えました。

見上げると、どのような状態であったものか、高圧線がかなり広範囲にわたって切断されています。高圧線は、あの太くて丈夫な電線ですから、切れる時はぷつんと切れそうなものですが、多数の細い線の集まりからできているらしく、ぼさぼさに切れています。何カ所にもわたって、長くぼさぼさになった高圧線が鉄塔からぶら下がっている様は、正に鬼気迫るものがありました。

聞くと、操縦していた二人は助からなかったそうです。二佐と三佐と言いますから、相当地位の高いパイロットだと言えます。二人とも脱出を試みたのですが、高度が足りなく、パラシュート半開きの状態で地面に激突し命を失った模様です。

以前、現在防衛大学の学生である本校の卒業生が、防衛大学合格後、航空コースを選ぶというのを聞いて、私が止めようとしたことがあります。「あんな危ないものに乗るな」と。彼の答えはこうでした。「先生、戦闘機は旅客機よりも安全なのです。万一の場合には脱出装置が付いており、座席ごと空中に打ち出されるのですから」と。

その安全な戦闘機に乗りながら、この二人の高級将校は、何故死ななくてはならなかったのでしょうか。それは、彼らが十分な高度での脱出を自ら選ばなかったからです。おそらく、もう百メートル上空で脱出装置を作動させていれば、彼らは確実に自らの命を救うことができたでしょう。47歳と48歳と言いますから、家族にとって、かけがえのない尊い父親であったことでしょう。それなのに、何故彼らはあえて死を選んだのでしょうか。

実は、あの墜落現場である入間川の河川敷は、その近くに家屋や学校が密集している場所なのです。柏原の高級住宅地は、手を伸ばせば届くような近距離ですし、柏原小、中学校、西武文理高等学校もすぐそばです。

百メートル上空で脱出すれば、彼らは確実に助かったことでしょうが、その場合、残された機体が民家や学校に激突する危険がありました。彼らは、助からないことを覚悟した上で、高圧線にぶつかるような超低空で河川敷に接近しました。そうして、他人に被害が及ばないことが確実になった段階で、万一の可能性に賭けて脱出装置を作動させたのです。

死の瞬間、彼らの脳裏をよぎったものは、家族の顔でしょうか。それとも、民家や学校を巻き添えにせずに済んだという安堵感でしょうか…。

他人の命と自分の命の二者択一を迫られた時、迷わず他人を選ぶ、この犠牲的精神の何と崇高なことでしょう。皆さんはどうですか?このような英雄的死を選ぶことができますか?私は、おそらく皆さんも同じコースを選ぶと思います。私も必ずそうすることでしょう。実は、人間は、神の手によって、そのように創られているのです。

人間は全てエゴイストであるという風に、人間を矮小化、つまり、実存以上に小さく、卑しいものに貶(おとし)めようとする文化が今日専らです。しかし、そうではありません。人間は、本来、気高く偉大なものなのです。火災の際の消防士の動きを見てご覧なさい。逃げ遅れている人があると知れば、彼らは自らの危険を忘れて猛火の中に飛び込んで行くではありませんか。母は我が子の為に、父は家族の為に命を投げ出して戦います。それが人間の本当の姿なのです。その愛の対象を、家族から友人へ、友人から国家へと拡大していった人を我々は英雄と呼ぶのです。

あのジェット機は、西武文理高等学校の上を飛んで河川敷に飛び込んで行ったと、(西武文理の)佐藤校長はパイロットの犠牲的精神に感動しつつ語っておられました。
以下略


調べてみると、この二人のパイロットはしっかり評価されたようです。

東京電力の27万5000ボルト高圧送電線に接触、これを切断して墜落したため、埼玉県南部及び東京都西部を中心とする約80万世帯を停電、道路信号機や鉄道網を麻痺させる重大事故を惹起した。なお、送電線に接触しなかった場合、狭山大橋に激突し、死傷者が生じる可能性もあった[8]。
殉職した2名とも11月24日付で1階級特別昇任した。自衛隊における教育内容・事故の目撃証言などから、中川二佐および門屋三佐は、近隣住民への被害を避けるべく限界まで脱出しなかったものと確実視されている


以前紹介した航空ショーでの事故の際も、犠牲者は出てしまったのですが、パイロットは最後の2秒前で機首をあげ、それによって、数百人は助かっただろうという証言がありました。下手をすれば、もっと悲惨な大惨事になっていたかもしれなかったのです。 こちら

最後の瞬間、たったの2秒、死んでいくと分かっているその最中にも、ベストを尽くそうとしたパイロット。
そういえばロンドン五輪、フェンシング団体の銀メダルを決めた試合も、最後の2秒で決めたものでした。
極限の瞬間にも、大きなことができるのが、極めた人たちということになりますね。

飛行機は着陸できるのが当たり前で、その当たり前のことを数え切れないほど、こなしているパイロットたちであり、アクシデントというのは、不運としか言いようがありません。
墜落するしかないという命のかかった時にも、民家、学校などの犠牲を避けるというのが、叩き込まれたプロ精神なのでしょうか。

アメリカでは軍用機が民家に墜落し、一家4人が死亡するという事故がありました。パイロットたちは全員無事でした。この場合は完全な判断ミスということでしたが、つまりアクシデントとなっても、パイロットの命だけなら救われるというのは確かなことだったわけです。(下にニュース添付)
そういう中、ぶれない判断で、自分の命をかけ、多くの人々の命を未然に救ったパイロットの素晴らしさを改めてすごいと思うのです。


今日もいい一日を

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写真は:US-1A飛行艇
by (C)ひでわくさん
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kuri-maの参考記事
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