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2010年11月24日

群衆の中の猫とは誰なのか?!尾崎豊の求めていたもの3


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誰も少しずつ 生き方を変えて行くけど
求める愛の姿は変わらないから

何を求めて人はさまようのだろうか
君も僕もこの街の中で
Ah… もうおびえないで
君らしく 輝いて欲しいから
やさしく肩を抱き寄せよう
君が悲しみにくれてしまわぬ様に


歌詞だけ見ると甘いラヴソングですが、尾崎豊はこれを絶叫するかのように歌うので、まるでコンサート会場にいる人、あるいは地球上の全ての人に伝えようとしているかのようです。

「君」というのは、真実の愛や、真実の生き方を求める自分自身の姿。
全ての人が、自分自身の分身なんだろう。
そうして彼が守るべき人なんだろう。

いつも、彼の歌に触れると、何か魂が揺さぶられるような気がするのです。
私らしくしっかり生きなければならないなと。

彼が到達したかったものはなんだろう。
もっと、もっとと、求め続けているように感じてしまうのです。

「Ozaki」と神格されたようなカリスマ的存在の彼ではなく、
さまよい続けている群集の中の猫は、尾崎豊自身なのかもしれないと感じてしまうのです。
魂が、まだ叫び続けているような気がするのです。

尾崎豊 − 群衆の中の猫

悲しみの色に 塗りつぶされて行く
黄昏の街 家路を辿る人ごみの中
愛だけたよりに
雑踏の中に君を探している

時々君を見失いそうになる
きらびやかな街に 君は目を奪われている
上手に笑っても
君の瞳に僕が映らないから

誰も少しずつ 生き方を変えて行くけど
求める愛の姿は変わらないから
Ah… 輝き失なわぬ様
君らしく 生きて欲しいから

やさしく肩を抱き寄せよう
君が悲しみにくれてしまわぬ様に
やさしく肩を抱き寄せよう

群衆にまぎれ込んだ 子猫の様に
傷ついて路頭 さまよい続けているなら
ねえここへおいでよ

笑顔を僕が守ってあげるから
突然降り出した雨から 君をつつむ時
僕のせいで
君が泣くこともあるだろう
Ah… 僕の胸で泣いてよ
何もかも わかちあって行きたいから

やさしく肩を抱き寄せよう
雨に街が輝いて見えるまで
やさしく肩を抱き寄せよう

何を求めて人はさまようのだろうか
君も僕もこの街の中で
Ah… もうおびえないで
君らしく 輝いて欲しいから

やさしく肩を抱き寄せよう
君が悲しみにくれてしまわぬ様に
やさしく肩を抱き寄せよう
こんなに君を愛しているから
やさしく肩を抱き寄せよう
君が悲しみにくれてしまわぬ様に



同じ時のフル・バージョンは こちら(絶叫しています)


彼の記事を書く度に、首が回らなくなる現象を通して、
苦しかった彼の状況が慮られてしまう私です。
(首が回らないと言っても「借金」ではありませんがく〜(落胆した顔)

先月25日には尾崎豊の月命日を意識して短いお祈りをしました。
明日もするつもりです。こうやって、彼を意識して記事を書くのも
祈るのと同じようなものだけれど…。
あの世とこの世をつなぐものは何だろうか、と考えてしまいます。

調べると、11月29日は尾崎豊の誕生日。生誕45周年ですね。
もしも、私たち同世代が、全て死に果てて、過去の人となった時、
彼の歌がまだ残っているとしたら…!
ショパン生誕200年と言われますが、そんな日が来ると思いますか?
彼の歌の中に、真実や、力を与えるものがあるとしたら、その時まで残るでしょう。
予言しておきます。ではまた。

今日もいい一日を!
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posted by kuri-ma at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 尾崎豊の求めていたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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