さあ夢を叶えましょう

無料カウンセリング
を募っています。詳しくはこちら
まずは記事にコメントをお寄せくださるか
あるいは→のファンより
メッセージをお寄せください
お待ちしています

2010年10月20日

今夜は十三夜、「片月見」は縁起が悪い?!(2)


original.jpg


十三夜を愛でるというのは、日本ならではのものだそうですね。

中秋の名月(十五夜)と、この十三夜は両方を見なければ
「片月見」といって縁起が悪いという話をしました。
同じ場所で、同じ人と見るのがいいとされたようです。

十五夜も十三夜も同じ我が家で鑑賞できるのは、幸せなことかも。

「片月見」あるいは「片見月」というのは、なんだか両思いになれない寂しさを感じますね。

また、十五夜、十三夜は場所を変えて見たらよくないというのは、
客をまた呼ぶための吉原の遊郭の宣伝だったかもしれないようですが…。
参照→月見 - Wikipedia - 十三夜(晩秋)


「たけくらべ」で遊郭に育つ少女美登利を描いた樋口一葉の作品に、
「十三夜」がありますが、とても趣きのある短編です。

時代の中にあって、自分の思いを抑えて、周囲のため、
そして与えられた運命を甘受していくそんな姿が描かれています。

これにも、「片月見」のことが描かれていますね。

短いので、現代語訳で読んでみられたらいいかと思いますが、あらすじはこんなです。

十三夜の夜、人に“奥様”と呼ばれる身分の、
いい家柄に嫁いで7年になるお関が実家を訪ねる。
夫に見初められ、何がなんでもという矢の催促で結婚したにも関わらず、
半年ばかりで熱も冷め、子供を身篭った頃から
夫は最初執着したのとは反対に、彼女を毛嫌いするようになる。
息子の太郎のため、実家のためにと忍耐してきたが、もう限界と
家にはほとんど帰らない夫の留守に、
離縁状をもらう覚悟で実家に来たのだ。

その当時のこと、離縁も夫が受け入れれば、子供とも離され、
二度と会うことはできない。
しかし、夫の仕打ちを受ける苦痛に比べれば…。

離縁すればもっとみんなを不幸にするだけで、
子供との縁も切れ、弟も職を追われるかもしれない。
涙は各自(てんで)に分けて泣こうぞ」と父に、なだめすかされて
私一人が死んだ気になればいいと、決心を変えて家に帰ることにする。

その途上、拾った人力車の車夫(くるまや)が、
身を持ち崩したかつての思い人、録之助だった。

お関の縁談が決まってから、やけになって遊び始め、
家庭を持てばマシになるかとかわいい妻を娶らされるが、
それでも放蕩に明け暮れ、
一昨年には商売も人手に渡し、汚い安宿暮らしをしている。

お関にしても、お互いに約束をしたわけでも、伝え合ったわけでもないからと、涙ながらに思いを断ち切ったのだが…。

録之助は、よい家の奥様であるお関の悩みを知るわけはなく、
自分の落ちぶれた身の上を恥じるばかりだった。

またお関もその思いの内を伝えることなく、十三夜の月の下を別れて行く。

其人(それ)は東へ、此人(これ)は南へ、大路の柳月のかげに靡いて
力なさそうの塗り下駄のおと、村田の二階も原田の奧も憂きはお互いの世におもう事多し。


十三夜の月は、寂しい「片見月」だったのでしょうが
ただ二人を照らすだけで、何も主張する表現はありません。

しかし、静かな夜に白い月の光が差すだけで哀愁が漂うようです。
もう戻ることのできない少年と少女の頃の淡い思い出が、
郷愁のように浮かび上がってきそうです。

また追々こんなお話も…。

 
ピアノ、音楽 by Masashi Yamanaka 「あまり水面を見つめていると、
引き込まれてしまうかもしれないよ。


他にも“月”の曲がいっぱいあります。よろしかったらどうぞ
465 月影 "Moonlight"
450 迷子の月 "Lost Moon" 「最近、月を見ていない。
   迷子なのは僕のほうかもしれない。いつの間にか二つに増えていませんように。

              
                  

今日もよい一日を
よろしかったらクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村

参照:十三夜 樋口一葉 旧仮名遣いですが、全文が記載されています。





posted by kuri-ma at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の本棚 文学の香り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック