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2010年10月19日

十三夜、片月見は縁起が悪い?!

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中秋の名月と並び賞される十三夜が近いので、
月のことを調べてみたくなりました。

先月の十五夜(中秋の名月)を見た方は、この十三夜も合わせて見ないと
「片月見」といって、縁起が悪いそうですよ。

十五夜と十三夜を同じ場所で見ないと「片月見」になるといわれることも
あるそうで…。

十三夜は、明日、10月20日の夜です。
栗のおいしい季節になりました。「栗名月」とか「豆名月」という
別名もあるそうですね。
それに対しては「芋名月」というのが、十五夜の別名です。
                                参照→こよみのページ

上にあげた画像の、李白の有名な詩です。↓

静夜思 李白

牀前(しょうぜん) 月光を看る
疑うらくは是れ 地上の霜かと
(こうべ)を挙げて 山月を望み
頭を低れて 故郷を思う


谷崎潤一郎の言葉を引用して、この詩を味わってみましょう。
この詩(静夜思)にはなにか永遠な美しさがあります。
ごらんのとおり、述べてある事柄はいたって簡単でありまして、
「自分の寝台の前に月が照っている、
その光が白く冴えて霜のように見える。
自分は頭を挙げて山上の月影を望み、
頭を垂れて遠い故郷のことを思う。」と、
いうだけのことにすぎませんけれども、
そうしてこれは、
今から千年以上も前の「静夜の思い」でありますけれども、
今日のわれわれが読みましても、
牀前の月光、霜のような地上の白さ、
山の上の高い空にかかった月、
その月影の下にうなだれて思いを故郷にはせている人のありさまが、
不思議にありありと浮かぶのであります。
また、現に自分が
その青白い月光を浴びつつ郷愁にふけっているかのごとき感慨をもよおし、
李白と同じ境涯にひき入れられます。

この詩の中には月明に対して遠い故郷をあこがれる気持、
一種の哀愁がこもっておりますが、
作者は「故郷を思ふ」といっているだけで、
「寂しい」とも「恋しい」とも「うら悲しい」とも、
そういう文字を一つも使っておりません。

文字の表になんともいっていないところに沈痛な味わいがありまして、
多少なりとも哀傷的なことばが使ってありましたら、
必ずあさはかなものになります。
『文章読本』より


李白が書いているのは「月光」とあるだけで、満月なのか、十三夜なのか、
とにかく、白く明るい月なんだとわかるだけですが…。

下にお送りするさだまさしの「静夜詩」は、李白の詩を元にしたのでしょうが、山際に昇ってくる十三夜を描いています。
月の映像がきれいな動画を選びました。どうぞ。↓



静夜思  

ゆうらりと山際に のぼり来る十三夜
薄絹をまとふ如く 銀色(しろがね)に光降る
風も無き雲路に 静静心細く
思ひ出の縁取りの ほつれゆく音のあはれ
ふるさとは既に遠く 日ぐれて尚 道遠し
たおやかな 月の光に 知らず知らず涙零る
未だ見ず流星の 落ちゆく 昊(そら)の涯
独り寝の窓辺に聴く 君を恋うる歌

さだまさし


明日も、別の十三夜の話題でお送りします。

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参照:漢詩 静夜詩 李白 ← 漢詩の解説としてわかりやすい 書などもあり
   趣味の漢詩 静夜詩 ← 谷崎潤一郎の『文章読本』はここから引用しました



posted by kuri-ma at 05:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の本棚 文学の香り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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