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2010年09月17日

東京には空がなく、僕の前に道はない、…秋の祈りとは?!

秋になると、黄金に輝く稲穂を照らす、爽やかに晴れた空を思い出します。
そして「秋は喨喨と空に鳴り」という一節を思い浮かべるのです。

高村光太郎の詩。「秋の祈」
高校で習った時は、その深い境地がよくはわからなかったけど、
すがすがしく感じたものです。

今読み返してみると、重い罪悪感のようなものから、
新たに再生しようとしているような
ただの祈りではないものを感じます。

高村光太郎といえば、「智恵子抄」。
そして詩としては「道程」が有名ですね。

「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る…」
これは、何とも若者には受けそうな詩のはずですが、今でもそうでしょうか。

次の節を見ると「ああ、自然よ 父よ」というように
キリスト教に造詣が深いことを思わせます。
ヨーロッパにも留学しているからかもしれないです。
彼は留学中ロダンと親交を持ったらしいのですが…。

「秋の祈」では「因果歴歴の律」など、仏教的な言葉も出てきます。
いずれにしても智恵子に出会って、
彼は内面的な覚醒をしていったようです。

この「道程」は元々はとても長い詩でした。
いずれまたそれは紹介することにして( → こちら
今日は通常の「道程」と「秋の祈」、
そして「智恵子抄」から「あどけない話」を紹介します。

さて、お伽話の「薔薇姫」を知っていますか?
その姫が笑うと薔薇の花が咲き、泣くと真珠の粒があふれ、
そして、歩くと、そのあとに青い草が生えるというのです。

「私の前には何もない 私の後ろに草は生える」

きっとそこは、青々とした草原になるのでしょうか。
それとも薔薇の花園でしょうか。
涙に暮れることになると、真珠の谷になってしまいますね。

いつもと違う記事になりました。
また、詩や文学の世界にも触れた話も追々…。


道程

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため


あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ。
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間(あいだ)に在るのは、
切っても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に
毎日出ている青い空が
智恵子のほんとうの空だといふ。
あどけない空の話である。



秋の祈

秋は喨喨と空に鳴り
空は水色、鳥が飛び
魂いななき
清浄の水こころに流れ
こころ眼をあけ
童子となる

多端粉雑の過去は眼の前に横はり
血脈をわれに送る
秋の日を浴びてわれは静かにありとある此を見る
地中の営みをみづから祝福し
わが一生の道程を胸せまつて思ひながめ
奮然としていのる
いのる言葉を知らず
涙いでて
光にうたれ
木の葉の散りしくを見
獣のキキとして奔るを見
飛ぶ雲と風に吹かれるを庭前の草とを見
かくの如き因果歴歴の律を見て
こころは強い恩愛を感じ
又止みがたい責めを思ひ
堪へがたく
よろこびとさびしさとおそろしさとに跪く
いのる言葉を知らず
ただわれは空を仰いでいのる
空は水色
秋は喨喨と空に鳴る



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【参考記事】私の前に道はない、後ろには道ができる?!
 「道程」の原形を紹介しています


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