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2010年08月17日

鏡は先に笑わない、写真は先に微笑む?!

2.jpg

「どこでも、いつでも先に笑顔を見せるようにすること」
漫才師の内海桂子さんの言葉ですが、まさに私の思いとぴったりです。
「私が人につらくすれば人もつらく当たる。私が笑えば鏡も笑う」
ということも言われています。

社会に出て、真面目に働いて、休日にも本当に楽しいということがなくて、
毎日が空しく将来にも希望を感じれなかった頃、
私なりに、「人生の真理」のようなものに行き着いていました。

私が幸せだと思えば、幸せ。
不幸だと思ってしまえば、限りなく不幸だ。
また、私が嫌えばその人も私を嫌う。
でも、好きだと思って見れば、相手にも通じる。


すべて、私の気の持ちようだ、ということになりますか。

その頃まで、私はあまり鏡で見る自分の顔が好きではありませんでした。
美人の母のようなえくぼがないことだとか…。
母が言うように、笑うとマシには見えましたが…。

笑顔で武装する、
私にはそれくらいしか自分を守る、これといったものもありませんでした。

そして、今家庭を持ってみると、
子供が笑うのは親が笑うからで
「子は親の鏡」だとつくづく思います。

鏡のほかに私を映すもの、そういえば、写真というものがありました。

写真は、見えない自分を映す鏡のようなもので、
その写真映りの悪さにがっかりすることが大半ですが、中には
バカに写りがよいものもあったりして…。とても不思議に思っていました。

自殺の名所で有名な、とある(?)東尋坊という崖の近くで撮った写真は、
なんか、いつもの私と雰囲気が違って、
亡くなった祖母に似ているようでもあり、まるで自分ではないようでした。

私の心、
というよりはもっと霊的なものが写真には写ってしまうのではないかと、
私は思っています。

先日、パク・ヨンハさんの生写真を見せて頂いて、
寂しいものを感じて仕方なかったのです。
そして、かすかな寒気がずっと忍び寄るように襲ってくる感じがあったのです。

生写真というのは、グラビアなどの写真よりも、モロ、
そういうものが現れたりします。

私は霊能者の先生ではないので、具体的なことは言えないのですが、
写真には、その人のバックグラウンドが現れやすいのだと思います。
背後霊のせいだという方もおられるかもしれませんが、
一概にその一人だけとは限らないような気がします。

だって、私たちは、数え切れないほど多くの先祖を持っているでしょう。
孫やヤシャゴや、そのまた孫でも、かわいいと思って気になるのが
人情ですから、違った先祖が時につけ、場合につけ現れるのも
理解に難くはありません。

過去を生きた私たちの先祖たちが、笑顔で過ごしたか、
仏頂面で過ごしたか、
良く生きたか悪く生きたかで、
その写真映りも変わってくるのではないでしょうか。

そして、生きている私たちが、先に笑う者になっていきたいですね。
鏡の前でも、カメラの前でも、何より人の前で…。

今日の話は、実は最初には思いもしなかった展開になり
(写真の話は持ち出すつもりがなかったのです)、タイトルも変えました。

パク・ヨンハさんの49日だからでしょうか。ラップ音や、寒気は…。
無事に書き終えますので、安心してください。

われわれは、他人とのつながりがなければ生きていけない。
じっと待っていても、他人からつながりを求めてくることはない。
自分から働きかけなければ、何も生まれない。
鏡の中の自分は正直なもの。
こちらが笑えば、鏡の中の自分も笑うし、
こちらが嫌な顔をすれば、鏡の自分も嫌な顔をして、目を逸らしたくなる。
目を逸らせば、ますます自分が見えなくなる。
(『鏡は先に笑わない』より抜粋)


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参考:「鏡は先に笑わない“こころ”豊かな子どもを育てるために 著者: 中野靖彦
       
↑ 風媒社 図書目録


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