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2010年07月01日

‘いざという時’信じるものがないという脆さ?!

海外にいると、「あなたの宗教はなんですか?」と聞かれるのです。
仏教徒とかいうと、安心してくれ、一応尊重してくれます。
あちらでも、宗教に熱心でない人は多いのですが、必ずなんらかの根っこがない人は信用されないところがあります。
無宗教者、無神論者というのもいますが、ちょっと変わってる人、と捉える傾向を感じました。

さて、もしもあなたが、砂漠の真ん中に一人取り残され、水も食料もなくなり、道もわからず、助けも呼べない絶体絶命の状況に置かれたとします。
間違いなく神様に祈ると思うのです。

九死に一生を得た人の話を聞くと、必ずあきらめずに信じていたんですね。
一瞬は誰でも、「神様!」と天を仰いだとしても、最後の最後まであきらめない人が生き残ることができる。

日本人は、こういう‘いざという時’弱い、という話をきいたことがあります。

私たちが持っているものだけではない、目には見えないものからの大きなパワーを与えられているからこそ、今日も命がある私たちなのに、いつもは自分だけで生きているような顔をして、いざという時だけの神頼みでは、無形のパワーをうまく得ることは、難しいし、その前に信じられないでしょうね。

日本人の底力は団結力にあると思います。

たった一人の状況に置かれた時も、信じるものがある人が強い。愛する人のために何かをやり抜こうとする人は、あきらめることができないはず。
愛と信念で正しく生きようとする人を、神様は助けることができる。「どうせ無理よ」では奇跡はおきません。

太平洋戦争で、神風を起こそうとして散っていった多くの魂がありました。それなのに、日本は敗戦したじゃないか、という考えで、その尊い精神を捨て去ってはいけないと思います。
戦争に負けても、日本は考えられないほど発展しました。それは国を守ろうとして散っていった、そんな尊い犠牲のゆえかもしれません。

W杯の勝因敗因というのも、そういうところがあったりして。誰のせいでもないけれど、もしかして私のせい?最後まで「勝てる!」とは、思えなかった試合でしたから。
また追い話!

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