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2010年06月27日

逆恨みも恨みのうち?!

逆恨みほど、迷惑なものはありません。
恨まれる理由がないのに、なんの因果か恨みの矛先を向けられてしまう。

韓流ドラマなどでは、必ずいじわるな恋のライバルがいて、主人公がいつもいじめの対象になり、何かにつけ悪者にされ、皮肉を言われ、人間扱いされないような中から這い上がっていきます。
それでも、いつも正当に見てくれる味方もいて、彼女(彼)が健気にがんばっていると、正直者が馬鹿をみるはずが、結局は全てが最後には報われるのです。

こんな単純なのはドラマだからだと思いますか?

なんの因果か、恨まれると言いますが、それは見えないところに原因があるのです。
原因があって、結果があるというのが、因果です。(字の通り。)

きっと、私の先祖が、何かしでかしていたか、やり残した課題があるのでしょう。
たとえば、親がいっぱい恨みを買っていたら、子供も関係がないと言えない。その人の子供だというだけで、恨みの対象になってしまうのです。

恨みは、魂にとって、毒薬に等しいものと、再三お伝えしてきました。その毒薬は恨む人だけでなく、時に恨まれる人にも影響を与えます。

逆恨みをするのは、いいことではありませんが、やっかみからそれが生まれることもあります。

持てる者は持ったままだとよくないのです。
やっかみが妬みになり、何かのきっかけで恨みにも発展してしまうことも。
恨む人にとっては、こじつけでもなんでも、そう思い込んでしまうのです。

お金をたくさん持っている人は、そのお金で世の中に奉仕し、知識をたくさん持っている人は、よいことにそれを使い、時間があり余っている人は、その時間を、自分だけのためでなく、少しだけでも人のために使う。
たくさんだと負担になるなら、少しずつでも。それが、将来、子や孫のためになるのです。

子供がいない人は、社会や、国や、世界のために何かできる、使命があるのだと思います。そうして、そのちょっとした良いことの積み重ねが、未来に反映する。
社会のことなんか関係ない、と思っている人は、社会からしっぺ返しが来たりして。

もしかして、逆恨みと思っていたこと、それは、私が(やればできたのに)やらなかったこと、の報いかもしれません。

いずれにしても、時期が来れば、ホントに恨まれる理由がないならば、逆恨みもおさまるはずです。
ドラマでは、大きなチャンスが来て、最後はハッピーエンドが待っています。
ある意味、不当な逆恨みというのはチャンスの一歩手前。
「なんで!」と恨みにばかり思ったら、そのチャンスやハッピーエンドを逃してしまうのです。我慢のしどころですね。

あなたの努力を誰が見ていなくても、報われなければ、未来に使われるのです。先行投資ということでしょうか。
きっと見守っている人がいると思いますが揺れるハート。追々お話!


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