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2015年09月29日

今年400年、日光東照宮は江戸の守り神?!  ★難民の子どもが描いた「シリア内戦」と「ドイツ到着」

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日向薬師の彼岸花 −はさ掛けと−


幼い時には、
悪いものは
見ない、聞かない、言わない
方がいい




娘が修学旅行から帰ってきました。
我が家では、夕飯の時には、子どもたちが順番に今日の一日を話すのですが、昨夜は娘の独壇場でした。

日光東照宮は今年400年祭ということで、修理中で見られない所もあるものの、とても感動したらしく、興奮して話してくれました。

娘の長話を最後まで関心をもって聞いていたのが、長男です。
彼がやはり修学旅行に行ったのは、このブログを始めた年、5年前のことになりますが、その時の記事を併せて編集してお送りします。


日光東照宮は、江戸の動物園≠ニ言われるくらい、彫刻や絵画として多くの動物が描かれています。

有名な三猿≠竍眠り猫≠フようなものもありますし、三十種類の霊獣の彫刻・絵画があるということです。

霊獣というのは、想像上の動物で、神秘的な力を持つと言われています。


娘がすごいと言っていたのが、「三猿」を含む、神厩舎(しんきゅうしゃ)に描かれた彫刻(レリーフ)で、8枚の作品に、人間の一生を風刺する絵が掘り込まれています。

どうせですから、この人生の8シーンを紹介してみます。

1 乳幼児期 母猿と小猿

2 少年期(幼年期?) 三猿

3 少年期 → 青年期 1匹の若猿(独り立ち?)

4 青年期 「青雲の志」で、空を見上げる2匹の猿
 
5 青年期  崖から飛び降りようとする猿と、挫折しそれを慰める猿

6 青年期 あぐらをかく猿と木にぶら下がる猿 (恋愛?)

7 結婚期 夫婦の猿に人生の荒波

8 妊娠期 お腹に子を宿した母猿  (1に戻る↑)
 

私個人的には、「幼い時には、悪いものは見ない、聞かない、言わない&がいい」という「三猿」のメッセージが好きです。

少年期にはいいものだけ、思い切り見てほしい。
暴力的なもの、ワイセツなもの、汚いもの、正しくないものは見てほしくないです。


またこの日光東照宮は、風水的にも究極くらいの域で優れた所です。

主要な建物を線で結ぶと、なんと北斗七星の配置と同じになるように設計されているということ。

更に、本殿前にある陽明門とその前の鳥居を結ぶ中央の上空に、実際の北斗七星が来るとか。

日本一運気の強い場所と言われるのは、この門の近くだそう。(具体的には写真屋さんの辺りだとか。)

そして、江戸の真北になるような位置に建てられ、いわゆる江戸の霊的守りとなっているというのです。

単なる占いとしてではなく、学問として陰陽五行説を100パーセント取り入れているということでしょう。

自ら守り神になると遺言を残し、奉られているのは、ご存知徳川家康です。

この家康の墓に行った時、息子は、「なんか上から見られてるような気がした」ということです。
昼間なので見えなくても、北斗七星はまぁ確かにあったはずですが…。

いずれにしても、長男の場合も、長女の場合も、修学旅行、楽しかったようです。


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今日もいい一日を

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難民の子どもが描いた「シリア内戦」と「ドイツ到着」


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2015年09月27日

今夜は中秋の名月! 今年は片見月を脱却できるか?!   ★ミラノ大聖堂の背後に浮かぶ月、イタリア

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十五夜 (2)



今日は十五夜、中秋の名月です。良い月が見られたらいいですね。

この中秋の名月は、旧暦の8月15日、韓国や中国などでは今でもお盆をこの時期にしますね。日本では関係がなくなってしまいましたが。

月に行ったかぐや姫を偲ぶのか、亡くなった人たちを偲ぶのか、昔から名月はそういう偲ぶ気持ちを添えて人々が見上げていたのでしょう。

この今日の中秋の名月と並ぶ、もう一つの名月が十三夜です。旧暦の9月13日、収穫の頃の風流な月。

今年の十三夜は、10月25日、やはり日曜日となります。
今日の中秋の名月を一緒に見た人と、十三夜に一緒に見られないと、片見月といわれ、縁起が悪いなどと言われていたとか。

あなたの見上げる今夜の空が晴れますように。
そして、おんなじ人と、十三夜の夜も、月見ができたら、なお幸せですね。

よい一日を。



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2015年09月25日

大人はわかってくれない?! 《尾崎豊》思春期のカリスマが考えていたこと   ★巡礼者圧死、サウジの安全対策に疑問符 「事故前から人々が失神」

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さそり座&天の川


大人達は
心を捨てろ捨てろと言うが
俺は嫌なのさ


「15の夜」より

☆毎月25日は 尾崎豊の
メモリアル・デー(月命日)☆


何回か月命日をすっぽかしてしまいました。久し振りに尾崎豊を検証してみたいと思います。

さて、もうそろそろ、私の息子たちが、彼がデビューした年頃に近づいてきました。
あるいは、「15の夜」という曲があるのですが、そういう思春期に突入しています。
息子たちを見ながら、尾崎が未成年の頃、何を考えていたんだろうか、と考えました。

連休中に家族でカラオケに行ったときに、主人が「僕が僕であるために」を歌ったのですが、何が気に入らないのか、急に次男の機嫌が悪くなりました。


中2病というのがあるといいます。
思春期特有の、ナルシストで時に自意識過剰で、自分がとんでもない天才やカリスマ、王か、神か、この世を救う救世主だとか本気で考える子がいるのだとか。

誰もわかってくれないけれど、自分がオンリー・ワンのナンバー・ワンだと考えるようです。
確かに人間は無限の可能性があり、本来の能力、潜在能力を発揮していくならば、とんでもない神のようなことができるのでしょう。

そういう未成年の少年が、自分の可能性を見出し、それから個性を発揮し、できるならば人の役にも立って、多くの人に認められたら、と願うのですが、その場合、いつも彼らの夢を阻もうとする人がいます。
一言で言えば、それが大人たちです。

自分のことを認めてもくれない。
わかってくれない。
自分の可能性を引き出してくれ、信じてくれるのではなく、押さえつけようとし、型にはめようとし、無神経で、笑いながら傷つけてくる人たち。

本当は理解してほしい。
信じて、見守ってほしい。
いつもは自分の力でやりたいから、放っておいてほしいけれど、ちょっと心細い時、行き詰った時、ピンチの時には、さりげなく助けてほしい。

そんな都合のいい、というか、お日さまのような、大自然のような温かさ、大きさを、親や大人に求めているのです。

よく考えてみたら、ちょっと自分の思い込みが激しすぎて、わからないですよね、そんな微妙なところは。

わかりにくくて、でも傷つきやすくて、子どものような人懐こさが恥ずかしいから言わないし、すぐに殻に閉じこもったり、強がったりする。

それが、思春期であり、未成年の特権なんだろうと思うのです。

うまくいかないのは、世の中のせい、環境のせいにする。自信がないくせに、人のせいにする。
その矛先の代表が、親であり、大人たちです。


大人はわかってくれない。
確かに、大人はそういう思春期の少年の思いを、真っ先には考えてくれないこともあるでしょう。

ちょっとのことで感情に引っ掛かってしまう、そんな十代の不安定さを、大事に考えることを忘れてしまっているかもしれません。

ただ、こうしたらいいと、経験からわかっているから、子どものためにしているという面もあるんですね。

それに、大人になってくると、嫌なこともしなければならなかったり、投げ出さず最後まで責任を取らなければならないから、センチメンタルなことに構っていられなくなるんですね。

私自身が十代の頃や、二十歳前後の頃は、とっても感じやすくて、ちょっとのことで涙になる人だったのですが、今は多少しぶとくなりましたし、わかっていながら子供たちの神経を逆なでする少しサデスティックな母となっています。

思うに、若い頃は、そんな大人の気持ちがわからなかったなと。
子どもの気持ちを、忘れかけてはいるけれど、自分と似ているのでわかり過ぎる面もあるのです。

子どもにも、若い頃にも、もう戻れないけれど、もっと大きい包容力を持ちたいな、と思っています。
若い人には負けない、心の瑞々しさと、弾力性をもっていきたいですね。

今、親になって思うのは、親のせいにしたり、大人のせいにしたり、社会のせい、時代のせいにしていたり、不運を歎いてみても、何にも変わらないな、と。
結局は全部自分に返ってくるのです。

自分が変わるしかない、覚悟を決めて、すべてを受け止め、責任をもち、今のこの環境で、最高のことをするしかないわけです。

未成年の頃の尾崎が何を考え、また亡くなる前、妻子をもった彼が、どのように生きようとしていたのか、正確にはわからないのですが、きっとそういうことも模索していただろうと思うのです。

最高のものを作り、最高のパフォーマンスをしようと、全力を傾けていたと思うのです。それが彼の生き方そのものだったか、と。

よい大人になった尾崎豊を、見てみたかったですね。





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posted by kuri-ma at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 尾崎豊の求めていたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする