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2015年02月28日

戦後の日本を復興させた天皇の祈り!そして今も?! ≪感動≫昭和天皇の涙   ★17年前に誘拐された赤ちゃん、家族と偶然再会 南ア

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2015.02.24 長屋門公園 お茶処


昨日、「天皇とは祈る存在」という竹田恒泰さんのお話を紹介しました。そして「国民一人ひとりの幸せ」を祈っておられる天皇なのだと。

まさにそれがよく分かる、エピソードを紹介します。
戦後間もなく、昭和天皇が取られた決断と行動、その背後には、日本国民への深い慈愛がありました。

昭和天皇に関しては、以前も日本を救ったのはこの方だったという感動エピソードを紹介しましたが、戦後、焼け野原の中、日本に復興の思いを起させたのも、やはりこの方だったようです。

少し長いですが、感動的なエピソードです。


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【昭和天皇の涙】

昭和20年8月の終戦後、
日本は未曾有の食料危機となりました。
物価も高騰しました。
食料の配給制度は人々の生活を賄うに足りず、
不衛生で暴力が支配する闇市があちこちに立ち並びました。

それまで、東亜の平和を願い皇国不滅を信じていた人々は、
価値観を根底から否定され、いかに生きるべきか、
どう生きるべきかという規範さえも失い、
呆然とし頽廃と恐怖と飢えが人々を支配していた。

そんな日本人が、ある事件をきっかけに、
国土復旧のために元気になって立ち上がった。
そのきっかけとなったのが、
昭和天皇の全国御巡幸だったといわれています。

昭和天皇の御巡幸は、昭和21年から、
神奈川県を皮切りに昭和29年の北海道まで、
足かけ8年半にかけて行われました。

全行程は3万3000km、
総日数は165日です。

この御巡幸を始めるにあたり、
陛下はその意義について次のように述べられています。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−

この戦争によって祖先からの領土を失い、
国民の多くの生命を失い、
たいへんな災厄を受けました。
この際、わたしとしては、
どうすればいいのかと考え、
また退位も考えた。
しかし、よくよく考えた末、この際は、
全国を隈なく歩いて、国民を慰め、励まし、
また復興のために立ちあがらせる為の
勇気を与えることが自分の責任と思う。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−
そして昭和24年5月。
九州への御巡幸でのこと。

この日、陛下は、たってのご希望で、
佐賀県三養基郡にある因通寺というお寺に御巡幸されています。

このお寺には洗心寮という引き揚げ孤児の寮がありましたが、
戦災孤児や引き揚げ者の境遇を気にかけておられた昭和天皇は、
ここを佐賀県での最初の御巡幸先にされたのです。

その洗心寮で見られたのが次のような光景でした。
孤児たちには、あらかじめ陛下がお越しになったら、
部屋できちんと挨拶するように申し向けてありました。
ところが、一部屋ごとに足を停められる陛下に、
子供達は誰一人、ちゃんと挨拶しようとしない。
昨日まで、あれほど厳しく挨拶の仕方を教えておいたのに、
みな、呆然と黙って立っている。

すると陛下が子供達に御会釈をなさるのです。
頭をぐっとおさげになり、
腰をかがめて挨拶され、
満面に笑みをたたえていらっしゃる。

それはまるで、陛下が子供達を
御自らお慰めされているように見受けられたそうです。

そして陛下は、ひとりひとりの子供に、お言葉をかけられる。
「どこから?」
「満州から帰りました」
「北朝鮮から帰りました」

すると陛下は、この子供らに
「ああ、そう」
とにこやかにお応えになる。

そして、
「おいくつ?」
「七つです」
「五つです」
と子供達が答える。

すると陛下は、子供達ひとりひとりに
まるで我が子に語りかけるようにお顔をお近づけになり、
「立派にね、元気にね」
とおっしゃる。

陛下のお言葉は短いのだけれど、
その短いお言葉の中に、深い御心が込められています。

この「立派にね、元気にね」の言葉には、

「おまえたちは、遠く満州や北朝鮮、
フィリピンなどからこの日本に帰ってきたが、
お父さん、お母さんがいないことは、
さぞかし淋しかろう。悲しかろう。
けれど今、こうして寮で立派に
日本人として育ててもらっていることは、
たいへん良かったことであるし、私も嬉しい。
これからは、今までの辛かったことや
悲しかったことを忘れずに、
立派な日本人になっておくれ。
元気で大きくなってくれることを
私は心から願っているよ」
というお心が込められているのです。

そしてそのお心が、短い言葉で、
ぜんぶ子供達の胸にはいって行く。

陛下が次の部屋にお移りになると、
子供達の口から
「さようなら、さようなら」
とごく自然に声がでるのです。

すると子供達の声を聞いた陛下が、
次の部屋の前から、いまさようならと発した子供のいる部屋までお戻りになられ、
その子に
「さようならね、さようならね」
と親しさをいっぱいにたたえたお顔でご挨拶なされるのです。

こうして各お部屋を回られた陛下は、
一番最後に禅定の間までお越しになられます。
この部屋の前で足を停められた陛下は、
突然、直立不動の姿勢をとられ、
そのまま身じろぎもせずに、
ある一点を見つめられます。

それまでは、どのお部屋でも満面に笑みをたたえて、
おやさしい言葉で子供達に話しかけられていた陛下が、
この禅定の間では、うってかわって、
きびしいお顔をなされた。

入江侍従長も、田島宮内庁長官も、
沖森知事も、県警本部長も、
何事があったのかと顔を見合わせます。

重苦しい時間が流れる。

ややしばらくして、
陛下がこの部屋でお待ち申していた女の子に、近づかれました。
そしてやさしいというより、
静かなお声で、引き込まれるように

「お父さん。お母さん」
とお尋ねになったのです。

一瞬、侍従長も、宮内庁長官も、
何事があったのかわからない。
陛下の目は、一点を見つめています。

そこには、女の子の手には、
二つの位牌が胸に抱きしめられていたのです。

陛下は、その二つの位牌が
「お父さん?お母さん?」とお尋ねになったのです。

女の子が答えます。
「はい。これは父と母の位牌です」

これを聞かれた陛下は、
はっきりと大きくうなずかれ、
「どこで?」
とお尋ねになります。

「はい。父は、ソ満国境で名誉の戦死をしました。
母は引揚途中で病のために亡くなりました」
この子は、よどむことなく答えました。

すると陛下は
「おひとりで?」
とお尋ねになる。

父母と別れ、ひとりで満州から帰ったのかという意味でしょう。

「いいえ、奉天からコロ島までは
日本のおじさん、おばさんと一緒でした。
船に乗ったら船のおじさんたちが
親切にしてくださいました。
佐世保の引揚援護局には、
ここの先生が迎えにきてくださいました」

この子が、そう答えている間、
陛下はじっとこの子をご覧になりながら、
何度もお頷かれました。

そしてこの子の言葉が終わると、陛下は
「お淋しい」
と、それは悲しそうなお顔でお言葉をかけられた。

しかし陛下がそうお言葉をかけられたとき、
この子は口元を引き締め
「いいえ、淋しいことはありません。私は仏の子ですから」

陛下は少し驚いて女の子の目を見つめたが、
女の子はひるまずに続けた。

「仏の子は、亡くなったお父さんとも、
お母さんとも、お浄土に行ったら、
きっとまたあうことができるのです。
お父さんに会いたいと思うとき、
お母さんに会いたいと思うとき、
私は御仏さまの前に座ります。
そしてそっとお父さんの名前を呼びます。
そっとお母さんの名前を呼びます。
するとお父さんもお母さんも、
私のそばにやってきて、
私を抱いてくれます。だから、
私は淋しいことはありません。
私は仏の子供です」

こう申し上げたとき、
陛下はじっとこの子をご覧になっておいででした。

この子も、じっと陛下を見上げています。

陛下とこの子の間に、
何か特別な時間が流れたような感じがしたそうです。

そして陛下が、この子のいる部屋に足を踏み入れられます。
部屋に入られた陛下は、
右の御手に持たれていたお帽子を、
左手に持ちかえられ、
右手でこの子の頭をそっとお撫でになられました。

そして陛下は、
「仏の子はお幸せね。
これからも立派に育ってくださいね」
と言葉をかけられた。

そのとき、陛下のお目から、
ハタハタと大粒の涙が一つ、二つ、
お眼鏡を通して畳の上にこぼれ落ちた。

すると、ふいに女の子は、小さな声で
「お父さん?」
と呼んだそうです。

これを聞いた陛下は、
深くおうなずきになられた。

その様子を眺めていた周囲の者は、
皆、言葉をなくして顔を覆った。

東京から随行してきていた新聞記者も、
肩をふるわせて泣いていた。

もはや陛下はあふれる涙を隠そうともしない。
陛下にはこらえられぬ事のない
剛の風を備えた武人の一面もあった。
が、この時ばかりは、ついにこらえるのを
あきらめてしまったようだった。

寮を去るまで付いてきてしまった大勢の子どもたちに見送られ、
天皇は因通寺を後にした。

皇居にお帰りになられた昭和天皇は、
この時のことをこう詠まれました。

「みほとけの教へまもりてすくすくと
生い育つべき子らに幸あれ」

この御製は因通寺の梵鐘に刻まれているそうです。

参照:ぼやきくっくり,ねずさんの ひとりごと

------------------------------

日本の皇室は世界で最古であり
日本は世界最古の独立国とも言われます。
東日本大震災もそうですが、
戦後の日本が復興できたのも
天皇の存在やご巡幸は
とても重要だったと思います。

日本の歴史の中で天皇という存在は
きっと日本国民の心の中深くに、
存在してきたのではないでしょうか。

【昭和天皇の涙】
あなたが輝く幸せのことば より



「私は仏の子ですから」と言った女の子もすごいですし、天皇陛下の、深い祈りの蓄積と愛情ゆえに、きっと不思議なことが起きたのでしょう。

祈ってくれる存在がいるということ、それはどんなにありがたいことでしょうか。

こういう貴重な日本だから、私たちもお互い祈り合い、幸せになっていきましょう。



今日もいい一日を

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17年前に誘拐された赤ちゃん、家族と偶然再会 南ア


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2015年02月27日

「天皇とは何か」を知るエピソード?! 「思い出しただけで涙が止まらない!」 《明治天皇の玄孫・竹田恒泰さんの著作より》  ★カラシニコフ銃抱えた幼稚園児の集合写真が物議、ロシア

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月光


「天皇とは何ですか」という質問に
一言で答えるとしたら「祈る存在」です。
何を祈っているかといえば、
国民一人ひとりの幸せです。


竹田恒泰


今日は、祈りという観点で、天皇陛下のエピソードを教材にしてみたいと思います。

昨年、東京五輪最終プレゼンでの、高円宮妃久子さまの挨拶を紹介しました。

久子さまは制約のある立場の中を、日付が変わっても委員の人たちと会議を重ねたり、陰ながら、五輪招致のためにどれだけ大きな働きをされたか計り知れません。

日本の皇族の方々を、私たちは詳しく知る機会はありませんが、このように誰よりも熱く日本のために尽くしてくださる、そういう貴重な存在なのだと思います。

そして、皇族の中心に立たれた天皇という存在もまた、特別な存在ですが、どうして天皇がおられるのか、天皇陛下とはどんな存在なのか、ということを知る内容をご紹介します。



「天皇とは何ですか」という質問に一言で答えるとしたら「祈る存在」です。

何を祈っているかといえば、国民一人ひとりの幸せです。

たとえば、アメリカの大統領は国民の幸せを祈りません。ハリウッド映画などで大統領が祈っているシーンを見たことありますか? おそらくないはずです。

その時何を祈っていたかというと、「自分の罪が許されること」です。自分の身の安寧は祈っても、大統領が国民一人ひとりの幸せを祈るシーンはない。道徳の問題というより、アメリカにはそういう習慣がないからです。

ところが日本の天皇は、皇紀2673年間、どの時代においても、天皇が国民の幸せを祈らない時代はありません。その伝統がいまだに続いているということが東日本大震災で証明されました。天皇皇后両陛下が被災地にお出ましになり、避難所を御訪問になった時の映像を、よく覚えていらっしゃると思います。皇后陛下のお言葉がありましたよね。「生きていてくれてありがとう」

これはもう身内にかける言葉なんですよ。親が子供にかける、もしくは子が親にかける言葉です。愛に満ちた、大変美しい光景でした。天皇と国民が一体となるような美しい映像を眼前に見たことを、多くの日本人が忘れないでしょう。

私は東北の被災地にボランティアで訪問した時、近くにいた中年のご婦人に声をかけたことがあります。

「そういえばこの避難所に先週、天皇陛下がいらっしゃいましたね」と尋ね、その方が「そうなんです」と答えたのですが、そのご婦人は、その瞬間に泣き出してしまいました。周りの方もみんな「そう、そう」と言って、これまた泣きはじめる。驚いて「どんな様子だったんですか」と聞いたら、陛下のお姿を見たとたん、全員が泣いていたそうです。

その方は、家族もみんな亡くなってしまい、「なぜ自分だけが生き残ってしまったのか」「どうやって死のうか」とばかり考えた夜もあったそうです。そんな時、天皇陛下のお姿を見て初めて生きる望みが湧いてきたというのです。お愛想や他人事ではなく「他人なのに自分のことを本当に心配している人がいる」ことがわかり、「だったらもう少し頑張れる」と思ったそうです。

これはとてつもなくすごい話で、人を本当に救うのは理屈ではない、ということです。

その方に「では普段から陛下を尊敬なさっていたんですか」と聞いたら「そうじゃないのよ。どちらかというと『天皇なんかいなくてもいい』と思っていました。でも初めてわかったわ」と。

何がわかったかというと、天皇が国民にとって父母のような存在であるということです。天皇が存在することが、どれほどありがたいことか、この方は肌身で知ったのでしょう。

明治天皇の玄孫にあたる竹田恒泰さんの著
『日本人の原点がわかる国体の授業』より




天皇皇后両陛下にお会いするだけで涙が出る。なぜ涙が出るのか、それは祈って下さっているから。そして、愛してくださっているから。
そういう本物の行為や、思いは隠しようがありません。取り繕ったポーズでできるものでもありません。

そして、それを感じてしまうことは、これまた仕方がありませんね。

その祈り、思いは目には見えないかもしれませんが、天皇陛下が祈ってくださっている。私の幸せを願ってくださっている。

幽霊がいない、霊界がない、神様がいない、と言う方々もおられますが、これもまず感じるものかもしれません。事実の証明より先に、実際にあるから、感じてしまう。

私の思いも、見えないかもしれませんが、私の「愛」をまず感じて下さったら嬉しいです。

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竹田恒泰 : 明治天皇の玄孫にあたる。旧皇族。竹田宮恒徳王の孫。恒徳王の第三子である日本オリンピック委員会会長竹田恒和の長男。
 1975年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。




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2015年02月26日

祈りは誰にも止める事ができない?! 祈りは「生命の宣言」村上和雄  ★喫煙者のうつ・不安症、非喫煙者の1.7倍 英調査

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光る海。


日本語の「祈り」という言葉の
語源は、「生宜り」

「いのり」は『生命の宣言』なのです


村上和雄



人間の祈りは、誰も止めることができない。これは、生命の宣言であり、心からの叫びなのでしょう。

昨日の尾崎豊さんの記事で、初期のデモテープにある歌詞を、追加で掲載したのですが、その中に「だけど誰が止めるというの 祈るしかない生き物よ」というフレーズがありました。
この部分は当初、カットされ世には出なかったわけで、彼の祈りは止められてしまっていたのですが、売り出される前の少年の頃から、すでにこの真理に気づいていたんですね。

尾崎豊さんは、歌を通じて叫ぶように、祈っていたのでしょう。それこそが、生きる証しというかのように。


日本語の「祈り」=「いのり」という言葉の語源は、
「生宜り」だと解釈されています。
「い」は 、命(いのち) 生命力=霊威ある力、
「のり」は、祝詞(のりと)や詔(みことのり)と同じで、
宣言を意味しています。
ですから「いのり」は『生命の宣言』なのです。
そう『生命の宣言』をすると、
遺伝子が活性化して、
活きいき生きられる様になるはずです。


筑波大学名誉教授
村上和雄 著「人は何のために『祈る』のか」より



村上先生が言われるように、祈ることで、私たちは活性化します。

特に心の中で祈るだけでなく、声に出して祈ることで、また思いのたけを宣言することで、さらに活き活きとしていくということのようです。

祈るって、何を、といえば、まず感謝ではないでしょうか。
そして愛の言葉。

ありがとう、感謝します。
愛しています。

それだけでも、堂々と宣言する、そんな毎日にしていけば、私たちの魂も光り輝くことでしょう。
笑顔も忘れずに添えていけば、言うことなし、ですね。

私も日々叫び続け、生命を更に活性化していきたい、と思うのです。



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posted by kuri-ma at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする