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2014年10月25日

なくなっても残る「存在」?! 〈尾崎豊が求めていたもの〉  ★ノルウェー北部都市上空にオーロラ出現

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2010.09.12 家 あさやけ


受け止めよう 
目まいすらする 街の影の中
さあもう一度 
愛や誠心(まごころ)で立ち向かって行かなければ
受け止めよう 
自分らしさに うちのめされても
あるがままを受け止めながら 
目に映るもの全てを愛したい


彼が目指すものと、立ち向かっている魔物、両方の存在があるのです。
さあもう一度 愛や誠心で立ち向かって行かなければ
そう、言い聞かせてる。
歌の出だしから、これは…と期待させるようなものがありますね。

彼のデビューは18歳ですが、この「存在」は、セカンド・アルバムに入っています。
19歳の時、「卒業」と同時発売のそのアルバムで、彼は一躍有名になります。社会現象になるほどでした。



彼の持っている、危うさというのか、壊れそうなもの、というのが、
ところどころ破壊的攻撃的な表現になるのですが、
そういうところだけを取り上げられるのは、私はすごく違和感がありました。

彼が目指していた高みは、愛とまごころで立ち向かっていくもの。
しかし、自分の限界に打ちのめされそうになるのです。
それでも、心を奮い立たせていく。

愛は真実なのだろうか 愛は君を救ってくれるだろうか

この葛藤。ずっと生涯越えられなかったものかもしれません。

誰の心にも尾崎豊の越えられなかった葛藤があり、
この世には、神もいれば魔物もいる。
彼がもしかしたらその魔物に結局取り殺されてしまったのか、と思いながら
私たちは、生きていかなければなりません。

愛を真実にしていくのです。
私たちの「存在」自体が、矛盾と葛藤を抱えていたとしても
それも事実だから、そこから出発する。
そして、本物にしていくのです。




存在


♪にぎやかな街 隠しきれないさみしさが 
ほら見つめてる
小さくかがめて守らなければ 
自分の存在すら見失うよ
誰もかれもの存在ならば 
いつも認めざるをえないもの
それでも僕の愛の言葉は 
何の意味さえもたなくなる
満ちたりて行くことない 
人の心なぐさめられる様な
夢求めていても まのあたりにするだろう
生存競争の中 夢はすりかえられてしまう

受け止めよう 
目まいすらする 街の影の中
さあもう一度 愛や誠心(まごころ)
立ち向かって行かなければ
受け止めよう 
自分らしさに うちのめされても
あるがままを受け止めながら 
目に映るもの全てを愛したい

僕に見えるものは 
いつも当はずれが 多かったけれど
現実と夢の区別くらいは 
ついていたはずだった
何もかもをあるがままに 
受けとめ様とするけれど
君は運命 誰かの人生 
背負うこととはちがうのさ
どんな色でなぞればいい 
自分の愛を否定してしまう前に
笑ってもかまわないの でも君が愛や夢に
悩む時は どうか思い出して欲しい

受け止めよう 目まいすらする 街の影の中
さあもう一度 
愛や誠心で立ち向かって行かなければ
受け止めよう 
本当のこと口にする君の目を
誰も傷つけぬ 気まぐれの様な 
やさしいうそすらも愛したい

愛は真実なのだろうか 
愛は君を救ってくれるだろうか
背中あわせの裏切りに打ちのめされても
それでもいい 愛してる 他に何ができるの

受け止めよう 目まいすらする 街の影の中
さあもう一度 愛や誠心で立ち向かって行かなければ
受け止めよう 自分らしさに うちのめされても
あるがままを受け止めながら 
目に映るもの全てを愛したいるんるん


 尾崎豊



今日もいい一日を

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写真は:家 あさやけ
by (C)ひでわくさん
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【参照】尾崎豊 - Wikipedia

ノルウェー北部都市上空にオーロラ出現


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posted by kuri-ma at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 尾崎豊の求めていたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする