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2014年10月20日

人生は、積み直せない?! 「いのちのレンガ」相田みつを   ★江戸の妙技「木場の角乗」、都内で披露

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2014.10.17 瀬谷市民の森 シラヤマギク


「人生は見えないレンガを積み上げる生活だ」と、
とても深く、ある意味怖いお話を相田みつをさんが
紹介されています。

レンガというのは、一度置いたら、固まってしまって動かすことができません。その人の生き方は、動かすことのできない事実として、そこにあるのだな、とイメージすると、素晴らしいというよりは、恐ろしい気がしてくるのです。

私の一生も、繕うことのできないものとして、私の魂に刻まれていきます。



いのちのレンガ
──O先生の講話から──


ある日の<洗心講座>で
O先生がこんな話をされました

「人間の一生は
毎日毎日、一枚ずつのレンガを
積み上げてゆくようなものだ
いのちという自分のレンガを──

レンガを、どこへ置くか、は
自分の好きです
自分のレンガですから
どこへ置いても自分の勝手です
しかし、一度置いてしまったレンガは
もう絶対に動かない
永久に動かすことができない
置いたらそのまま──

きちんと置けば
きちんと置いたまま
だらしなく置けば
だらしなく置いたまま
いいかげんに置けば
いいかげんに置いたまま
もう絶対に動かすことができません
置き代えることはできないのです

そして
いままで積み上げてきたレンガを
私達は具体的に手でさわって
見ることはできません
しかしです──
見えないからといって
レンガを積み上げてきた、という事実は
消えたわけではありません
人間に見えないだけです

そしてまた
昨日まで積み上げてきたレンガの上に
今日のレンガを置くのです
昨日まで置いてきたレンガにつづけて
今日のレンガを置くのです
どんなにまずく積んでしまったレンガでも
昨日(そこ)につづけて積む以外に
今日のレンガの積み場はないのです
まずいからといって
昨日に離して全く別なところに
積むわけにはゆかないのです」

と──

こわい話でした
ところでわたしはどんなレンガを
積み上げてきたのか──
慾望というレンガ
虚栄というレンガ
愛憎というレンガ
うそ偽りというレンガ
喜怒哀楽というレンガ
怠け心というレンガ
それから、自己顕示慾という
始末に負えないレンガ−
見えたらとても恥ずかしくて
到底まともに見ることは
できないでしょう

さて
あなたのレンガは・・・・・・?

「しあわせはいつも」より



さて、今からはしっかりレンガを積んでいくことにして、今までのものはどうしたらいいのでしょうか。

その不細工に違いない、レンガの塀を、美しいものに変えるものがあります。

積み上げたものはある意味、どうしようもないけれど、それを補強し、きれいにリフォームするもの、それが「愛」と「感謝」であり、「祈り」の積み重ねです。

自分だけでは限界があります。

神様の存在なしには、私たちは今にも崩れそうなレンガしか積んでいけないかもしれません。
神様の声である良心の声に従って、下手なりにも奮闘していく時、味のあるレンガが積んで行ける、あるいは、魔法のようなことが起こっていく、そんな風に私は思います。

「感謝」はすべての過ちを、なかったことにし、「愛」はすべてのわだかまりを溶かしていきます。

「祈り」はどんな強力なバリケードも付き抜けていきます。

そして「笑顔」は、崩せるはずのない人の心を一瞬で崩し、幸せな想いに包み込むことができます。

もちろん、レンガはしっかり積まなければなりませんが、感謝と愛の心で、祈りを込めながら、プラス笑顔を添えていく、というのが、いつも同じ結論になりますが、私のお勧めです。



今日もいい一日を

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江戸の妙技「木場の角乗」、都内で披露


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posted by kuri-ma at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 相田みつをの言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月18日

神様が見えないのは大きすぎるから?!  ★魔女狩りで女性2人殺害、タンザニア

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私たちが神様に気づかないのは、
神様が大きすぎるからでしょうか。
それとも、些細なことばかり見ているかからでしょうか。

グライダー


私には夢がある。
私の4人の子供が肌の色によってではなく、
人格の如何によって判断される国に
住む日が来るだろうという夢だ。


マーチン・ルーサン・キング



昨日、神様の悲しみが3つあるとお話しました。それが、私たちの不幸に直結していると。
神様を忘れ、本来の人間のあるべき姿を忘れ、互いに争い傷つけ合う…。
もしかしたら、人間は自分で不幸の道を選び取っているのではないでしょうか。

とっても大切な神様のはずなのに、普段私たちは、つい忘れてしまっています。
私たちが気にしている日常のこまごまとしたこと、些細な自分の気持ち、そういうものに振り回されて、もっと大切で大きなことを忘れてしまったり、あまりに大きすぎて、あまりにその存在が当たり前すぎて、気づきもしなかったりするのではないでしょうか。

小さなことばかり目に入って、自分の視野を越える大きい存在は気づきません。
地球という揺りかごにいる私たちですが、その大きさを意識して生活することは、あまりありませんね。
大体は、地球の片隅でささやかに暮らしている人、今にも死にそうなくらい大変な人のことを、考えても見ません。

私たちの見える範囲というのは、実はとても小さいのではないでしょうか。

今は、地球が丸く、日本がどんな形で、どんなに小さいか、イメージすることが可能です。それでも、地球の裏側の人たちのことは、意識の外に置きがちです。

神様というのは、72億という人類のすべての親ですから、誰のことも愛しています。
親というのは、見えないところにいても、いつでも心の片隅から子どものことが離れないものです。
人間の意識は限りがあるので、同時にいろんなことを意識はできないのですが、無意識のうちに感じるというのは、何となく感覚的に理解できます。

本当は、神様の視野に立てば、全てがクリヤになるのです。
上のキング牧師の言葉も、神様の目から見たらより深く分かるようです。
黒人白人黄人(?)…あらゆる国や民族の人も、肌の色や言語や文化の違いは関係なく、何が大切なのかといえば、その人の人格、魂の価値がその人の価値を決めると思うのです。

より、神様の立場にたって、広く、また愛情豊かに物事を見つめ、更に具体的に人々のために動ける人、そういう人を、心から尊敬します。
私も、かくありたいです。

大きなことはできなくても、世界の人のために祈ることから、目の前の人に笑顔と、優しい言葉をかけるところから、始めていきましょう。
そして、やり始めたからには、途中でやめずに、継続してやり続けていきましょう。

祈っています。
心から、ありがとうございます。
愛しています


今日もいい一日を

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このようなことをできる人がいる。感動です。
神の領域に達していますね。
素晴らしい景色も圧巻!!

         ↓


魔女狩りで女性2人殺害、タンザニア


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2014年10月17日

神様を悲しませる3つの理由 = 私たちが幸福になれない理由?!  ★【AFP記者コラム】中東の流血写真と映像に向き合う編集者の苦悩

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モンキチョウ。


私たちが幸せになるためには、
ただ素直に神様、あるいは
良心の声を受け入れ、
宇宙の法則の通り、
つまり、自己中ではなく、
人の役に立つ生き方をしていくことです



「幽霊っているんでしょうか」、このブログは、ある時、神様からのインスピレーションがあって、始めたものです。

人も神様も喜ぶような、大切なものを発信したいと思ってきました。

神様は、人間を愛しておられ、いつも愛情のパワーを与え続けてくださっています。だから、今も私たちは生きているのだと、私はそう感じています。

今日、お伝えしたいことがあったのですが、書けば書くほど難しくなってしまうので、一つのことだけお伝えすることにします。


私たちが幸せになるためには、神様の願いに応え、つまり良心の声に従っていくのがいいのですが、そこに気づかないことが多いようです。

神様が、この私たち人類を見ながら、悲しんでおられることが、大きく分けると3つあります。

1、 神様を信じない
2、 人間らしく生きない
3、 善悪が分からなくなり、人が争う


つまり、一つ目、神様を信じない人たちの勢力が強大であること。

二つ目に、道徳的な乱れ、淪落。家庭が壊れ、個人主義、自己中心的に。犯罪行為、中でも性犯罪が増加。性倫理の乱れ。

三つ目は、既存の宗教の退廃。一つ目、二つ目の問題に対し、宗教や思想界がリードしていけず、価値観が複雑化し善悪が混沌となっている。宗教間の不一致により、宗教戦争や、テロが発生していること。

この神様が憂い、悲しんでいる三つの要素は、私たちを不幸に引っ張っていきます。


ここに、隠れているもう一つの存在があります。
私たちが神様を信じ、思いやりをもち、明るい家庭をもって、世界が平和になることを、願わない存在です。

神様は私たちをいつも見守り助けたいと思っておられます。
しかし、実はもう一つの目に見えない存在、悪魔の方が、私たちの身近にいて、馴染んでしまっています。

私たちのすぐ側にいて、私たちの弱点や癖をうまく利用して、神様を信じられなくし、私たちが幸せに向かうのを阻止しようとしているのです。
あまりに私たちの身近にいすぎて、まるで私の一部のようになってしまっています。

神様を信じることなく、自己中、自堕落な生き方をして、世のため人のためなんてクソ食らえ、と思っている人たちは、悪魔にがんじがらめになり利用され尽くしているにも関わらず、それに気がつかないことでしょう。


私たちが幸せになるためには、ただ素直に神様、あるいは良心の声を受け入れ、宇宙の法則の通り、つまり、自己中ではなく、人の役に立つ生き方をしていくことです。

よい言葉、よい笑顔、よい行動、それは会う人を幸せにし、私たちを幸せに導くものです。

ただ感謝し、愛しましょう。
祈り合いましょう。

見えなくても、神様はいます。あなたを愛しておられます。
私の心は見えないかもしれませんが、やはり、あなたを愛しています(笑)。
空気は見えないかもしれませんが、無償で、私たちは呼吸することができます。

ありがとう
愛しています

そんな言葉が世界中に満ちますように。


今日もいい一日を

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