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2014年06月20日

人は死なない?! 「東大救命医 独自の死生観」テレビ朝日で矢作直樹が語ったこと   ★写真44枚!ザック日本、ギリシャとスコアレスドロー


我が家のラベンダー満開


肉体は滅んでも
私たちの本当の体「魂」は
永遠に死なない


矢作直樹



もう一年前になりますが、テレビ朝日のお昼の番組、ワイドスクランブルの「山本晋也の人間の一滴」というコーナーで矢作直樹さんが紹介されました。(2013年6月25日)

その内容を紹介したこの記事は、この一年、順調にアクセスのある人気記事となりました。

矢作先生、御本人からもよくまとまっていると、お褒めの言葉を頂いています!

少し編集して、動画も貼りなおし再度お伝えします。

15分のコーナーでしたが、動画から書き起こしてみました。
山本監督が適切な質問をされながら、矢作先生の死生観を紹介しています。コンパクトにまとまった構成になっています。


人は死なない 東大救命医独自の死生観



──「人は死なない」と言い切ってるんですよ。どうするんですか?

肉体はもちろん滅んでも我々の本当の体というか魂はずーと続くので、魂としてみると永続するので、そういう意味で“人は死なない”と。


古代から日本人は
人は死ぬと肉体から離れて
あの世に行くと考えていました。
昔の日本人はみな 直観的に
「人の死後の存続」を
信じていたのだと思います。
「人は死なない」から



──東大という“白い巨塔”反応はどうですか?

無視する人とそれから
「よく言った(ですね)」という二通りですね。
結構若い人から私くらいの年齢まで
そういう経験をしている人って
いるんです、医療従事者だと…


──医療の現場で死後の世界はあるとか
魂の存在を感じるのはどんな時ですか?

理屈ではなくて感覚なんですね。あ、いるなっていう感じで。
例えばがんで末期で亡くなるような時
はっと驚いたような顔をされる。
それが「お迎え現象」と呼ばれているものなんですが
顔がゆるむという言い方の方が正確かもしれません。
それまで苦しそうな顔をしていたのが
急にきれいなお顔になるというか
まだ生きてるんですけども
おそらくお迎えに来られた人と
お話でもされているのではと思います。


《矢作氏は、人間の力は微々たるものと感じざるを得ない体験があるという。
大学生の頃、冬の北アルプスで急斜面から滑落、
命懸けでようやく下山したときことだった。》

吹雪だからヒューっていう風の音だけが聞こえていたんですけれど。
突然頭の中で「もう来るな」というような大きな音が聞こえてですね
最初それ、こだまだと思ったんですね。
普段感じているのとは違う世界があるんだな、と。
他の方でちゃんとやりなさいというメッセージなのかなと。



──医療の役割というのは何だと思います?

寿命を全うすることをお手伝いするくらいでしょうかね。
もちろんできることには限りがあるんですが、多少そういうお手伝いをしているんではという気がします。


──科学で解明できないことを語るというのはどうなんですか?

たぶん科学にはなっていないけど科学の入り口ですよね。
当然電気とかは
見えないわけですけれど科学になったわけなんですね。
それともうひとつはですね、たとえば「私は誰それが好きです」という時に科学的に証明できませんよね。嘘ついてるかもしれないし。
だから科学なんてひとつの方便でしかないと思うんですよ。


──人は死んだらどこへ行くんでしょうね?
ここでしょうね。(手を前に)
──なんですか、ここって?

つまり亡くなっても世界って重なっていて
カタチのない世界というのはどこにあってもいいので。
距離的な言い方が正確かどうかはわからないけれど、ここにあると。
里山でみていますよって調子なんだと思うんですけれどね。


──先生にとって死とはなんですか?

お疲れさまという とりあえずのこの世でのゴールだと思ってますけれど。
必ずいい人生が送れた後にはよりいい次の人生が待っていると思います。

「“人は死なない”東大救命医 独自の死生観」
「山本晋也の人間の一滴」ワイドスクランブル(テレビ朝日)より



最後に山本晋也監督がスタジオでこう語っています。
「先がわからないから行きたくないと思うんであって、
確かに(あの世が)あると思えば今生きている自分はいい生き方するしかないんじゃないですか。
その日(あの世に行く日)を楽しみにしたい」

矢作先生が、ほぼずっと過ごされているという教授室は、本の山で埋め尽くされていました。

「日々起きて仕事ができて
飯が食えて寝られれば十分です」

という言葉には、執着というものを感じさせません。
独身でご両親も亡くされ、教授室で寝泊りできるからこそ、多忙な生活をシンプルに送れるのかもしれませんが…。

天寿を全うするためのお手伝い、と自らのお仕事を謙虚に語られながら、その実は、やるべきことを一生懸命やっておられるというような、真摯なものを感じました。

精力的に活動され、著書も継続して出版されている矢作先生ですが、この番組は、隠しようのない、この方のよさをよく表わしていると思います。

私の存じ上げる矢作先生の印象は、気さくで気持ちのいい、裏表のない印象です。とても率直だけれど、押し付けのない自然体。堂々と自説を語る様子も、嫌味がなく驚きます。

矢作先生のご活躍は、このブログや「幽霊」にとっても嬉しいことです。応援していきたいと思います。



今日もいい一日を

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矢作直樹(やはぎ・なおき)
東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部附属病院救急部・集中治療部部長。
1981年、金沢大学医学部卒業。その後、麻酔科を皮切りに救急・集中治療、外科、内科、手術部などを経験。1999年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻および工学部精密機械工学科教授。2001年より現職。
2011年、初めての著書『人は死なない』(バジリコ)が7万部を超えるベストセラーとなり、話題となる。


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2014年06月19日

死後の世界は100%存在する?! 米・エリート脳神経外科医、東大医学部教授(救命医)、理論物理学の女性博士、三つ巴の証言!!  ★【写真特集】W杯ブラジル大会の「美人」サポーター


深緑の下・・・


死んでからの世界は、今の私たちの生活の延長線上にあるといいます。

よい生活が、よいあの世での生活を決める。
つまり、死後の世界での、永遠だという霊界ライフ(来世)の、快適さ、輝きを決定するのだといいます。

今日は、「霊界ってあるんでしょうか」シリーズの番外編です。

以前2度に渡って紹介したことがありますが、米・エリート脳神経外科医、エベン・アレグザンダー医師が、自らの臨死体験による霊界の実在性の証言をしています。

まずはショートバージョンということで、東大医学部教授で救命医の矢作直樹さんと、理論物理学の世界的ヒロインともいうべきリサ・ランドール博士の三つ巴でまとめられた動画をどうぞ。(6分)



【衝撃真実】生きる意味が分かる


エベン・アレグザンダー医師の内容は、フジテレビ「奇跡体験! アンビリバボー」で放送されたもので、YOUTUBEにアップされていましたので、御紹介します。見逃された方もどうぞ。(41分)



【衝撃真実】死後の世界は100%存在した!



私の過去の関連記事はこちら↓
 エリート脳神経外科医は見た?! 霊界ってあるの??? 
 米で反響を呼ぶ、エリート神経外科医の見た死後の世界 《霊界ってあるんでしょうか》番外編2




矢作先生のテレビ放送されたときの映像も、再度UPされていました。


人は死なない 東大救命医独自の死生観


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その他関連記事
 天国からの「お迎え」後、安らかな死を迎える人たちが40%越?! 《霊界ってあるんでしょうか〜番外編》



三つ巴、とお伝えしましたが、このお三方とも、優秀なだけでなく、なかなかの好印象の美男美女で、霊界の広報大使としては、いうことない、応援団ですね。

本日は、お知らせの記事でした。
本当に、霊界ってあるんですね、という理解の一助にして頂ければ幸いです。

皆さまと、皆さまの大切な方々の幸せをお祈りします。


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2014年06月18日

輪廻転生ってあるんでしょうか?! <その三 私たちは、大昔恐竜だった?! 生まれ変わり伝説は寓話???>  ★シューマッハ氏、昏睡から覚め退院


熊野の長藤


日本は四季の移ろいが美しい国であり、その趣を愛してきました。

梅雨の季節であっても、いろんな表現があり、言葉のバリエーションも豊富です。
「梅雨の晴れ間」だとか、今みたいに晴れの日が続く時は、「梅雨の中休み」といったりします。

また、例えば、秋が近づいてくると、虫の声、風の音、月など、「ものの哀れ」を感じさせ、感情を投影させた和歌などが古来から詠まれているように、日本人というのは、風物の中にも、何か魂の陰のようなものを感じたりすることが多いようです。

「草葉の陰」から祈っている、とよく表現します。

亡くなった人たちは、きっと心の残る家族の元を訪れることがあるのでしょう。
そういう時に、遺族が何か気配を感じるようなことがあっても、亡くなった人は姿が見えませんから、風の音だった、木の影だった、あるいは虫や動物だった、ということになって、ああ、お父さんの生まれ変わりかもしれない、という思いにもなったりするでしょう。

できることなら、どんな姿でもいいからそばに来てほしい、という願望があればなお更、生まれ変わりを信じたくもなることでしょう。


また別の観点から、輪廻転生が本当にあるとすると、説明できないことがあります。

私たちが漠然と信じてきた輪廻転生ですが、例えばチベット仏教では、一時的に肉体は滅びても、魂は滅びることなく永遠に継続し、また生まれ変わるといいます。その時、また人になるとは限らず、動物や虫などに生まれ変わる場合もあるといいます。

そもそも、なぜ輪廻転生が起こるのか、その理由も明らかではないのですが…。
それは置いておいても、今いる人が全ていつの時代かの生まれ変わりとすると、生物の個体数は、地球が誕生してからまったく同じ、ということになります。

単純に人だけ考えると、今は70億に膨れ上がった人類ですが、その70億全てが、前のいつかの世でも同じように生物だった、ということになります。
人間が増え、動物は絶滅危惧種も増えているから、きっと合わせれば、帳尻が合うのでしょうか。
計算は難しいですが、いつの時代も同じ個体数だったというのは、ちょっと疑問が残ります。

もしそうだとしても、人口からいって、相当の差がありますから、私たち人間様のうち大半は、前世はうじ虫のような存在だったのかもしれません。少なくとも人間ではなく、動物だったかもしれませんね。

今存在する生物が、前世では偉い人間だったかもしれない、というのは、なんか不思議な気がします。
しかし、反対はもっと考えにくくはないでしょうか。

前世の行いで次の世の階層が決まって、人間は一番上の階層だとすると、どう考えても腑に落ちないのです。
元は人間だったのに、悪いことをしたから、次の世では動物や虫けらとして生まれ変わるのだとしたら、だんだん人口が減っていくのが普通なのではないかと思うのです。

どんなに前世に素晴らしいことをした虫や動物が多かったから、現代に人間に大出世した人が爆発的に増えることになったのでしょうか?虫や動物に善行ができるはずがないと思いませんか?

また、人類の誕生は生物の歴史からすると、かなり浅いのですが、人間がまだいなかった時代、大昔、恐竜などの爬虫類の世界から輪廻転生は起こっていたのでしょうか?
これは、猿が人類の祖先だというのを理解するよりも、更に荒唐無稽な内容で、私の良心がどうしても納得してくれません。


輪廻転生、生々流転、これは、たとえば、「亡くなった人が星になる」というのと同じように、寓意の込められたものではないでしょうか。

寓話というものは、人を諌める内容も多かったりします。
「悪いことをしたら、閻魔さまに舌を抜かれるよ」と同じノリで、「悪行を繰り返したら、来世ではろくなものになれないよ」こんな風に言われてきたのではないでしょうか。

生まれ変わりはなかったとしても、私たちが先人の残したものを、いいものも悪いものも受け継いでいくしかなかったように、私たちの生き様は、子孫に影響を与え、受け継がれていくのでしょう。
悪いことをたくさん残してしまったら、次の時代は、獣のような恐ろしい時代になってしまうかもしれません。
因縁果報というものですね。生々流転というのは、そういうことではないでしょうか。


もう一つ、「前世の記憶を覚えている人が大勢いるから」、と根拠にあげることが多いかと思います。

これも、多重人格者の場合と同じで、憑依している霊、守護している霊たちの生きていた時の記憶、と考えるのが、一番納得できる答えかと思います。


私たちは、亡くなった人を供養し、成仏してほしいと願っています。
その一方で、輪廻転生を信じるというのは、実はとても矛盾しているのではないでしょうか。

私たちが手を合わせているその大切な人が、別の誰かに転生して、前世のことを覚えているかもしれないけれど、大体は忘れてしまって、違う人生を歩き始めているかもしれない、それが輪廻転生です。

そうだとしたら、お墓や供養はどうなるのでしょうか。私たちの一時の慰めのためだけにあるのでしょうか。長い文明の期間、様々な宗派でそれぞれ大切に死者を弔ってきたのではないでしょうか。それは無意味にも感じます。

疑問ばかりの輪廻転生説だったという結論で〆させて頂きます。

そうではありますが…、気持ち的には、誰それの生まれ変わりだ、と思う気持ちも理解できます。
あの人は、星になったんじゃない。次の世に、誰それと呼ばれる人、その人こそ、生まれ変わりだったのではないか、と言われるようになる、かもしれません。
それはそれで、メルヘンや、詩心としてとらえれば、また素敵です。


今日もいい一日を

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