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2014年06月24日

地獄と紙一重?!「中間霊界」で永遠を生きる人たち 《霊界ってあるんでしょうか15》  ★天然ガスが燃え続ける「地獄の門」、トルクメニスタン


真昼の蜃気楼。


神と霊界を知ることは
私たちの幸せへの近道

信じない人がいく中間霊界は
面白みがない生活が
永遠に続く世界



天国、そして地獄について話してきました。特に地獄については、永遠に抜けられないか、というくらい続きそうでしたので、もう一つあるという「中間霊界」について話していきたいと思います。

この世でも、富者、貧者、そして中間層、というものがあります。
しかし、これはこの世の、お金を中心とした価値観で考えた分け方です。この場合、中間層も制約はありますが、悪くないと考えるかもしれません。

しかし、あの世、霊界はお金や権力などが通用しません。
どんな世界かといえば、「愛」を呼吸する世界だとお伝えしました。

それもその愛は、真実の愛でなければ、なりません。
そして、真実の愛の元はどこか、といえば、それは神様です。
神様から発せられる愛を感じながら、自らも人を愛さないではいられない、呼吸のように自然に愛してしまう、それが本来の霊界、天国だといいます。

ですから、天国に行く人は、神様を信じるのは大前提で、神様の喜ぶことをしたいと常に考えているので、人を愛さざるを得ないのですね。
愛の人であると同時に、神を信じ、永遠に一緒に生きる人が住むところが天国だといいます。

そして、天国の天とは二人と書くように、自分ひとりだけではいけないのです。
夫婦、そして家族単位で行くのであり、誰に対しても、自分ではなく、相手を愛することのできる人が行くところだといいます。

地獄は反対に、神も人も考えない、愛がない人たちが行くのですが、なおかつその人たちが、自分中心に生きるあまり、人を傷つけ、神様から頂いた自分の命や体を傷つけるという行動を取ってしまった場合に、様々な地獄に行くようになっています。


それでは、中間霊界に行く人とはどういう人でしょうか。

愛せない人、神や霊界を信じない人が行くといいます。じゃあ、地獄か、というと、人を傷つけたり罪を犯すことはしなかったので、地獄とまではいかない、といいます。

特に多い人の特色を言いますと、
・ 人生の目的が、愛情を豊かにする、人のためになる内容ではなく、ただ単に、「仕事」が目的、というような人
・ 計算高く、自分の損になることはしないし、人の役に立つことも興味ない。
・ 自分の生活のためにだけ生きた人
・ 真実の愛や、神、霊界という目に見えないものに価値を置かず、外的な自分の生活圏、自分の考えや趣味・嗜好を優先した人
・ 一人を愛する人 

つまり、一見、善良な人に見えるのですが、自分の生活を優先する、「善良な自己中心者」です。

ですから、心(魂)を育てることができず、人とも本当の意味で関わっていませんから、愛情を育てることもありません。

神や霊界はないと考え、まるで関係ないように過ごしてきましたから、あの世でも、霊界の中心である神様からは、知らずにちょっと距離を置き、そこでも神様からは関係なく過ごすことになります。

私たちの考え、思いがそのままその人のあの世の世界になりますから、仕事が全てという人は、明けても暮れても仕事をする、永遠にその生活が続くといいます。

そして、愛情がないと不自由なのが霊界なので、常に不自由を抱えながら、改善することもない生活を、永遠に続けるのだといいます。


私も、毎日、家事など生活に追われている時、ふと中間霊界にいる、と感じることがあります。

家族のために、喜んで食事を作り、家事をして、愛情を込めた生活をしなければ、これは、喜びの薄い中間霊界行き決定だなぁと思います。

また、地獄にまっさかさまに行きそうになる時もあります。

それを引き留めているのは、愛する家族の存在と、こんな私を導いてくれていて、この宇宙全体を守ってくれている神様がいると分かっているからです。

神と霊界を知ることは、私たちの幸せへの一番の近道です。
このブログも、その一助となればと思っています。



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天然ガスが燃え続ける「地獄の門」、トルクメニスタン


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2014年06月22日

世界で「夏至」をお祭りするのはなぜ?! スト−ンヘンジと伊勢の夫婦岩は同じルーツ?!  ★英ストーンヘンジの夏至祭り、今年は4万人集結


2014.06.21 瀬谷市民の森 ネジバナ ツイン


昨日は、一年で最も昼が長いという夏至でした。

夏至というのは、世界各地でお祭りなどが行われ、中でもイギリスのストーンヘンジは有名でしょうか。
日本でも、三重県の伊勢市では、夫婦岩の間から昇る日の出を仰ぎ、禊をしたというニュースがありました。

この二つのニュースを見ながら、これは、もしかして同根のお祭りではないか、と感じてしまいました。


ストーンヘンジは、近年、天文学的にも大きな意味が見出されていますが、そこでの夏至祭りは、ドルイド教に由来し、男性神、女性神の出会いを祝う意味があると言われています。

また、伊勢の二見浦に伝わる内容はこうです。

この海中には興玉神石(沖の石)があり、昔からその沖の石は、常世の国から神が寄りつく聖なるところといわれてきました。そして、夫婦岩はその鳥居(とりい)と見なされていました。
この夏至祭りでは、白装束に身を包んだ300人近くの善男善女が、天照大神(あまてらすおおみかみ)を迎えるために、祝詞(のりと)を唱え気合いを入れつつ海に入り、朝日が昇ろうとする夫婦岩に向けて歩いていきます。そして朝日に向かって国歌を斉唱するそうです。

天照大神といえば、日本だけのものという気がしますが、これは神話・伝説ですから、世界に残る神話や伝説などと、共通のものがあるようにも感じられます。とても、不思議なことです。


英国、ストーンヘンジ、また、日本の二見浦、それ以外にも、世界に夏至の伝統が伝わっています。

以下ウィキペディアに掲載されている内容を参考にしてまとめてみます。

ポーランドではスラブ民族の祝日、「イワン・クパラの日」の夜には、人々が恋に落ちるという言い伝えがあり、ギリシャ北部では、未婚女性が無花果(イチジク)の木の下に自分の持ち物を置くと、夏至の魔法により将来の夫の夢を見るという伝承があるとのこと。

フィンランドの夏至祭りも、盛大で、様々な伝説があります。
• 女性が7種類または9種類の花を摘んだり、枕の下に置いたりすることで、将来の夫との出会いが約束される。
• 夏至の夜交差点に立つと、未来の夫と巡り合う。
• 夏至の夜、井戸で鍵が触れ合う音を聞けば、その家の女主人となり、赤ちゃんの泣き声を聞くと、子供が生まれる。
• 井戸または泉を裸でのぞくと、水面に未来の夫の顔が映る。
• 花輪を作って小川に行き、花輪を流して、そのまま流れて行けば結婚する。もし途中で止まれば、それは死を意味する。

夏至には官能的な刺激があるのか、スウェーデンの民俗学者によると、夏至を祝うミッドサマーの祝日から9ヶ月後に生まれる子どもが多いといいます。

天照大神は、神は神でも、その名の通り、太陽を表わすものですね。

そういえば、夫婦岩から昇る朝日というのは、女性神である天照大神がお通りになるわけですが、また、母胎から生まれ出る子どもを連想するのは、私だけでしょうか。
古代、女性神もそうですが、土偶などに女性を形し、子宝・繁殖を願ったといいます。

子宝だけではなく、作物の繁殖も願う風習もあるようで、大阪の一部では夏至から半夏生(夏至から11日目)までの間にタコを食す習慣があるといいます。稲の根がタコの八本足のように深く広く張ることを祈願するもの。

尾張地方の一部で夏至の日に無花果田楽を食べる風習があるといいます。

無花果(イチジク)はギリシャにも出てきましたが、これも何か意味があるのでしょうか。
聖書にある失楽園の物語で、エデンの園を追われることになったアダムとイヴが腰に付けたのが、無花果の葉でした。


夏至は、神様が訪れる、神聖なものを感じる時。そして、男女の関係(結婚)や、命の宿りに関連するもののようです。
古来より、生命の誕生は神聖なもの、という思いがあったのでしょう。

そして、人生の節目と言われる、結婚、そして亡くなったときのお葬式、こういう時には必ず、神様の前での儀式を行います。
本来、その中でも人の誕生が最も大切なので、その時ほど、神様を通して生まれてくるように、なっている、昔の人はよく知っていたのではないでしょうか。

この時期は、やはり霊的な力が迫るときなので、悪い霊の影響を受けないように、清い精霊や、神様の霊によって導かれるように、していきたいと思うのです。


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英ストーンヘンジの夏至祭り、今年は4万人集結

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「夏至祭」 夫婦岩で朝日を拝む
NHKニュース



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2014年06月21日

「決断」とは、決めただけでなく、大切なものを絶つこと?! 《ひすいこたろうの漢字セラピー》  ★ブルガリア(バルナ等)で大洪水、子ども等10人死亡


紫陽花五態 −味彩−


「決断」とは、「決めて」「断つこと」。

何かを決めるときには、
ひとつ何かを断ち切る。

すると新しいものが手に入ります。


ひすいこたろう



そうですね。
何かを決めても、すぐに流される私たち。
断ち切ったもの、犠牲にしたものがないから、決断となれないんですね。
決断してしまうと、けっこう清々しくて、今までうだうだしていたのが、嘘のように心が定まってきたりします。
そして、そこからが出発。

決断の連続の人生ですが、そうしないでいると、断ち切れなかったものも、ボロボロになって役に立たなくなり、自分はずっと変わらないままで、大きなものを失ったと、その時に気づくことになるかもしれません。

決断というのは、逃げる決断、というのはあまりありません。
立ち向かっていくこと、責任を取るとハラをくくること、でしょうか。

今までそうできなかったことを、我ながら反省し、心から清算しようと思うとき、それは今までの後悔ではありません。
そうやって、悔い改めたとき、「決断」し、再出発することができるでしょう。

何かを断ち切ったとき、つまり、自分の中の過去に決別しようとしたとき、どうせ変えられないこの環境なら、私がやりましょう、という思いが沸いてくる。

今日は晴れでも雨でも、嵐でも、決断した者は強いのではないでしょうか。
捨て身の者は、怖いもの知らず、きっと新しいものをゲットできることでしょう。

同じ朝日を浴びるなら、前向きに決断した人には、そのエネルギーをもっとよく得られるのです。
あきらめないことです。



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不思議ですね、先回の《ひすいこたろうの漢字セラピー》でも、
ブルガリアのニュースをあげたのでした。
この被害のあるバルナは私も住んでいたことがあります。
ブルガリアで大洪水、子どもなど10人死亡


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