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2014年04月17日

あきらめず祈りましょう!  ★「愛してる」「また会おう」、沈没する韓国船から届いた生徒らの声 〈ニュース追加〉


西伊豆の夕陽(2)


祈りは…力
祈りは…愛
祈りは…希望
祈りは…命
祈りは…
それらすべてを生み出す




「愛してる」「また会おう」、沈没する韓国船から届いた生徒らの声◇


実は昨日から、この事件のことが気になって胸がワサワサして仕方がありません。東日本大震災の時もそうでした。
その時と被害の規模は違うものの、同じ種類の胸の動悸が止まらないのです。

私のFBを通じて《祈りましょう》と提案したりして、一時ワサワサはやや治まったのですが、一部の生存者リストが発表されたとか、様々なニュースにより、救助がとても厳しい状況であると知ると、また落ち着かなくなっています。

特に今回は、修学旅行中の高校2年生が300人も乗船していたとのこと。その御両親はどんな気持ちだろうか、若い生徒たちがどんな状況だろうかと、もちろん、親御さんの気持ちとは雲泥の差があるでしょうが、ずっと心配が続いています。

私は胸がワサワサだけですが、知り合いのもっと霊的な人は、船内の様子が見えたといいます。
生存者たちの様子。ほとんどあきらめが広がった中に、神様に祈る声も聞こえたが、だんだん弱くなっていっている、というような内容でした。

ただ心配ばかりしていても、なんの力にもなりませんから、もっと祈っていきたいです。
多くの人に訴え、そして祈る、これしかできませんが、祈りは大きな力を生みますので、あきらめないで続けていきたいと思うのです。


今日もいい一日を

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取り残された乗客助かるか 「危険な状況」の見方も…船内に空気注入で生存環境広げる
2014.4.18 00:15


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posted by kuri-ma at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月16日

テロリストは自分を正義と思っている?! 決定的決裂を解かすのは、「真実の愛」!  ★イスラム過激派が女子生徒100人以上を拉致 ナイジェリア 


2014.04.14 和泉川 ハナダイコン 葉桜の頃


大人気の映画「アナと雪の女王」で、
頑なになった姉の心を解かし、また、
魔力によって凍り付いた妹の体を解かしたのは、
愛の力でした。
絶対難しい状況が、まさしく氷が解けるように、
ハッピーエンドとなりました。




他を認めるって、とても大変なこと。
自由社会の比較的同じ思想の国同士でもなかなか理解は難しいです。

日韓の関係を例にあげて、先日も「悪口」「両親の喧嘩」についてのお話をしました。→ 人の悪口=自己紹介?! 悪口を言うと気分が悪い理由(わけ)?!
今日は、悪口や口喧嘩より深刻な内容です。

自分だけが正しいと思い込んでいると、相手は理解できず、怒りや、時に暴力や犯罪、事件、暴動や戦争にまで発展することがあります。

その昔、日本というのも危険な国でした。日本人すべてが危険な人だったわけではないですが、一部の特に若者の中で、今のテロと変わらないような、危険なことをした人たちがいました。

桜田門外の変がそうであり、2.26事件がそうでした。
第一次世界大戦のきっかけとなったサラエヴォ事件はセルビア人が起こしましたが、そういうけして豊かでない国で起こることが多いのではないでしょうか。

もっと全体を見て、狭量な思いにとらわれなければそんな事件は起こさなかったでしょうが、その時には彼らを止めることができませんでした。彼らは自分が正しいと思っていたのです。

「悪口」を言うのは、つまらないからだ、といいます。
貧しい、厳しい国の状況下では、「つまらない」状況をはるかに越えています。
ちょっと肩が接触しただけで、怒りが爆発することも起こってしまうのかもしれません。

現代でも、中東、そして下に挙げたニュースのように、ナイジェリアでも、西洋の教育、特に女子の教育を許せないものとする考えがあるのです。教育は罪というようなトラワレですね。そういう考えの人たちが、テロ事件を起こしています。

日本も戦時中には、敵国のものはすべていけないと禁止されたということですが、今、欧米を敵であり、悪であると考える人たちにとっては、欧米式の考え方、教育、文化、すべてが敵であり、悪としか考えられないのでしょう。

自分の考え方が正しい、という思いがあまりに強いと、それにそぐわない者は、目障りであり、邪魔者であり、悪い者にしか映らないのかもしれません。

最も大切であるべきはずの人々の命、尊厳性というものを一切無視して行う、私たちから見れば、危険で横暴で温かい人間の心を感じない無慈悲な行為だと思うのですが、その人たちからすれば、それを正しいと思っているのです。

我が家の兄弟喧嘩でも止まらない時が、多々あります。
その時になだめて調停する人が必要ですね。

どちらか一方のことばかり肩を持つ人では、なかなか調停はうまくいきません。
広い心をもった親のような立場の人でしか、最悪にこじれてしまった兄弟喧嘩を収めることはできないでしょう。

子どもが保育園時代、物事の道理が分からない、自己中の塊の幼児たちに対して、先生がしてくれたのは、繰り返し、自分の気持ちを理解してくれるのと同時に、相手の気持ちをわかりやすく代弁してくれたのです。
大体はおもちゃの取り合いとかが多いのですが、
「本当に、悔しかったね。もう少しこれで遊びたかったんだね。でもね、〇〇クンもね、遊びたかったんだよ」

親の立場は、どっちの子どももかわいいから、早く仲良くしてほしい一心なわけです。静かになってほしいという思いもありますが、それは世界平和を考えるのと同じです。
家庭の平和のためには、子どもたち、それぞれにうまく納得してもらわなければなりません。

子どもが一番安定する言葉は、「大好きだよ」という言葉です。私はあなたを愛している、理解している、それがすべてを解くのではないでしょうか。

誰かに分かってもらったという思いは、相手を理解する余裕を生みます。
「大好きだよ」という言葉が全てを解くのは、単純な子どもだからだけではないでしょう。

次に心をほぐすために、気分転換を図れる提案をします。
おもちゃを取り合っていたなら、本を読んであげるとか、「あっちでボール遊びをしよう」とか、場所を移したり、体を動かすと、気分が変わり、さっきの喧嘩はどこにいったかというような仲良しに戻れるのです。

別の遊びを提案するのが一番ですが、私の場合は、大体は食べ物で釣りますね。おいしいものを食べると、それでさっきの気分はリセットされる、ということもあります。

愛情と、それから、何かおいしいものがあれば、うまくいくはずです。


今日もいい一日を

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冒頭の記事について:
日中関係については、思想が絡むので、単純にうまくはいかないかと思います。
あれほど尽くした相手なのに通じない、それは愛を愛と捉えられないんですね。
なぜかというと、中国の今の思想というのは、「心」は大切ではないのです。
唯物論というのはそういうことです。日本の常識がなかなか通じないのです。
そんな中、公平に日本のことを捉えてくれる人もいると、感心しました。
(これは2014年1月22日に中国の掲示板に書かれ話題になったものだそうです。)



イスラム過激派が女子生徒100人以上を拉致 ナイジェリア



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posted by kuri-ma at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月14日

天国と地獄ってあるんでしょうか?  あの世は3つに分けられる?! 《霊界ってあるんでしょうか7》  ★チリで大規模な山火事、住宅500棟余り全焼


2012.08.24 駅前 富士山


人が死を迎えると、40日ないし49日の期間を過ごしてから、本格的な霊界ライフのスタートとなります。
つまり自分のあの世での居場所が決まるのです。

霊界というのは、その人の魂、人となりで決まるとお話してきました。私たちの心、人格的なもので、自然とその内容にあった場所にいくようになるということです。

私たちは、この世で四苦八苦の生活をしながら、あるいは栄耀栄華を極める生活をしながら、人に成功者、落伍者と言われながら、実は、あの世の場所、霊界での自分の家を準備しているのです。

私たちは、死後、どんな場所に行き、どんな生活をしていくことになるのでしょうか。
できれば、よい場所に当たればいいけど、と思いますが、そのようなくじ引きのようなもので決まるのではなく、公平に、その人の中身で決まるということです。

あの世、霊界とはどのようなところなのでしょうか。一口に霊界といっても、あまりに広く、漠然としていますね。
すべての人が、死んだ後は苦しみも悩みもない、そんな暮らしができるのでしょうか?

天国と地獄ってあるんでしょうか?
それは、はっきりあるということです。



キリスト教には、楽園(パラダイス)という言葉もありますが、天国と地獄の2つに分けて話すことが多いですね。
天国と地獄とは、諸宗教や、世界中に通じる共通の概念のようです。

仏教では、あの世を六道というものに分けて言っています。

天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の6つに分かれているというのです。
  天道というのは、天人の世界。
  人間道は、人間の世界。四苦八苦に悩まされるが楽もある。
  修羅は、戦いに明け暮れる世界。
  畜生は、使役を強いられる世界。本能のままに生きることしか知らない。
  餓鬼は、飢えと渇きに悩まされる世界。
      他人のことを思いやらなかった人などが行く。
  地獄は、罪を償わせるための世界。

六道の修羅・畜生・餓鬼・地獄は、いわゆる地獄と考えられます。
ですから、わかりやすく言うと、霊界は三つに分かれているといえます。
キリスト教でいう天国と地獄だけでなく、その中間の霊界も存在するということです。


死んでも行きたくないと思う、地獄。
そして、通常の人間世界と変わらない、悩みと労働からは切り離されない世界が、中間の世界。
そして、誰もが羨む天国。

私たちは、死後、どこに行けるでしょうか。天国には行きたいけれど、方法がないと行けないですね。
この世でも中流家庭だから、あの世でも中間の霊界で、いいやと思うでしょうが、そうでしょうか。

天国、中間霊界、地獄、この3つに大きくは分類はされるのですが、その中は実に複雑にいろんな階層に分かれているといいます。
実は、この中で膨れ上がっているのが地獄だということです。

地獄行きにはなりたくないですが、中でも死後すぐに居場所が決定するのは、地獄に行く人たちだということです。
地獄というのは刑場のようなものなので、看守や、刑の執行人、あるいはその手下のような人たちに、さっと連れて行かれてしまうとか。

どんなことをしたら地獄に行かなければならないのか、これも知っておくべきポイントがあると思います。

今後、天国、中間霊界、地獄について、詳しくお話していきますが、そんな中で、私たちのこの世でも生き方も、見えてくることでしょう。


今日もいい一日を

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チリで大規模な山火事、住宅500棟余り全焼


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