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2014年01月22日

いいものが、もっとよくなる魔法の言葉たち?! 「いいね」「うまいね」「さすが」「すごい」! 《矢作直樹の人を生かす13の言葉》より  ★レッドソックス上原・田沢、安倍首相を表敬訪問  


2011.11.16 和泉川 ベンチに枯葉


人に言ってお互い気持ちのいい、賞賛の言葉。
人のよいところを褒めるのは、よいことが更に広がっていき、よいものがもっとよくなっていきます。

今日、紹介する言葉は、ぜひ毎日使ったらよい言葉かなぁと思います。
状況や個性に合わせ、使いこなす達人になっていきたいですね。



「いいね」「さすがですね」
 生きる活力を増大させる

「いいね」「上手だな」「さすがですね」「すごいな」などの言葉には、相手の長所を引き出す魔法の力が存在します。
こうした褒め言葉は、相手を育てると同時に、自分に跳ね返る感謝のエネルギーも増大させます。

@ 「いいね」「いいですね」
(何かにつけて「いいですねぇ」という人がいるのですが、その人いわく)世に明らかな犯罪や人の嫌がるような行為を除けば、人間の営みというのはどれもダイナミックで面白く、それらを総称すると「いいですねぇ」と言わざるを得ないということです。

相手がなにかの決定をした時など、「それでいい」ではなく、「いいね」と言い換えてみてください。雰囲気がガラッと変わります。(「それでいい」という表現には、消去法的なイメージがあり、そう言われると、何だか拍子抜けするやら苦労を水の泡にされたようで、腹が立つものです。)

A 「上手だな」「うまいね」
この言葉にはある種の尊敬の念が込められます。それは子どもに対しても親に対しても同じ効果があります。
私たちは本当に好きなことに対しては、どんな些細なことでもいいから誰かに褒められたい、と無意識に思っています。
「うまいね」「上手ですね」と言われると、人はつい嬉しくなって本気モードに入ります。

B 「さすが」「さすがですね」
手術後の患者さんが、「さすがですね」のひと言で自信を持ち、強い回復力を見せる方が大勢いるのを、目の当たりにしています。
そのフレーズの持つ「音(響き)」によって相手の生きる活力を増すのだと感じます。

広い社会で生きていく上で強力な武器となります。このひと言だけは覚えておいて損はありません。
この言葉にはリスペクト(尊敬)が込められます。目上にとっても目下にとっても嬉しい言葉なのです。

C 「すごいな」「すごいですね」
「さすが」の仲間のフレーズ。言葉の重みを尊重すると、使用頻度は4番目になる。

矢作直樹
『「あの世」と「この世」をつなぐ お別れの作法』
第四章「幸せなお別れを約束する言葉」より



矢作先生が紹介している言葉を、まとめ直しながら、もしかして先生が言われるそれ以上に、いい言葉かもしれないと思うのです。
矢作先生、ありがとうございます。

日本人はあまり言いませんが、英語では、そういうリアクションの言葉は多く存在するかと思います。
グッド、ブラボー、グレート、エクセレント、ナイス、クール…。
ブラボーはもともとフランス語でしょうか。
欧米人の開放的で率直な、オーバーにも思える表現は、言われるほうから見たら、嬉しく心を開く表現です。見習うべきものがありますね。

フェイスブックなどでは、「いいね!」をする、というのが、それを認めたり、褒めたりする意志表示になっていますね。
これは、英語では「like」つまり好き、好みだ、という意味となるかと思います。「私はいいと思う」という端的な表現というのでしょうか。
皆を夢中にさせているもの、それがフェイスブックでは「いいね」と「シェア」です。シェアは共有し、伝達していくこと、いいことを広めていく、だから発展し、続いていくのでしょう。

これからも、「いいですね」「さすがですね」は使っていきたいですし、矢作先生はめったに使うべきじゃないと言われていますが、「すごい」という言葉も、子どもや若い世代にはグッとくる、わかりやすい表現ではないか、と思います。


今日もいい一日を

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レッドソックスの上原と田沢、安倍首相を表敬訪問


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2014年01月21日

言われて嬉しい言葉?! 「頼りになるね」「楽しそうだね」 《矢作直樹の人を生かす13の言葉》より  ★大寒、園児たちは元気に屋外活動 都内の幼稚園


2013.11.21 山手 石畳


矢作直樹先生の著書に紹介された言葉を「自分を活かし相手を生かす13の『言葉』」として紹介してきました。

それらには、「ありがとう」に代表される感謝の言葉、「大丈夫」など前向きに肯定する言葉があります。

今日紹介するものは、言われて気持ちのいい言葉であり、相手を認め、褒め、喜ばせる言葉といえるでしょうか。



「頼りになるね」「楽しそうだね」
 「なのね法則」を上手に利用する

私たちが言われて嬉しい言葉は、世の中のほとんどの人が言われて嬉しい言葉です。

言われて嬉しい言葉の一つに「頼りになるね」というフレーズがあります。
基本的には世代を問いませんが、特に若い人にとってこの言葉はくすぐったくもあり、同時に力のみなぎる言葉でもあります。
何かの拍子に「頼りになるね」と言われると、自分の意識の中でひっそりと膝を組んで座っている「自信」が立ち上がります。
褒められた経験が次の意欲を生み出す源泉となるのです。


世代を問わずその場の雰囲気を明るくする言葉に、「楽しそうだね」というフレーズがあります。
楽しそうだね、と言われた途端、その場の全員がしょげ返ることはありません。
矢作直樹
『「あの世」と「この世」をつなぐ お別れの作法』
第四章「幸せなお別れを約束する言葉」より



先回ご紹介した「なのね」法則も、すぐに活用できるのではないでしょうか。私もすでに、多用する習慣がついています。

「頼りになるね」「頼もしいね」これは、うつむきがちな自信のない人を、変えてしまいそうな言葉ですね。

また、「楽しそうだね」という言葉、これも意外によいフレーズだと思いました。
人に対しても使えますが、いろんな場所や状況に対しても使えます。

言葉は言霊。「楽しそうだね」「楽しいね」と言ったら、今までより更に輝きを増し、楽しいものになるのではないでしょうか。
そう考えたら、楽しい瞬間が増えていきそうな気がします。



今日もいい一日を

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2014年01月20日

現代のジャンヌ・ダルク?! マララ・ユサフザイ、国連で感動のスピーチ!! 16歳誕生日がマララ・デーに!! 《スピーチ全文》


2013.07.28 和泉川 サルスベリ 花弁


タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。
彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです。
でも失敗しました。


テレビ番組でマララさんを紹介していました。
彼女の生き様に触れると、みな感動するんですよね。ブログにも反響があるかと思います。

この16歳の誕生日を迎えた当日の、マララさんのスピーチを聴いて、感動せざるを得ませんでした。

彼女は現代のジャンヌ・ダルクといってもいいでしょう。
ジャンヌ・ダルクも、韓国の柳寛順も、若い命を絶たれましたが、マララ・ユサフザイは、瀕死の重傷を受けたものの、奇跡的に助かりました。

マララさんが巻いていたピンクのスカーフは、自爆テロに倒れた母国パキスタンの女性指導者、ベナジル・ブット元首相が愛用したものだということ。

今までマララさんに関しては、何度も記事に書いてきて、ノーベル平和賞の候補となっているということも聞いていましたが、今回初めて、彼女の話す言葉と声を聴くと、その理由が分かった気がします。

彼女の言葉が心を打つのは、それが切実な真心からくるものであり、真実だからでしょう。

この世に、彼女という人が存在していることが、素晴らしいと感じます。

報復に継ぐ報復で、多くの命を奪うテロリストたち。彼女は命の危険があったにもかかわらず、彼らを恨んでいないと言い切りました。

イエス・キリストや仏陀、マザー・テレサなども「許し」を訴えたといいながら、マララさんは、そういう人たちの域に達しているし、宗教や国や民族の枠をとうに超えているな、と感心するばかりです。

国連でもこれまで、テロをいかに武力で攻略するか、ということばかり話してきたといいます。
武力に武力で対抗しても、お互いに傷つくばかりです。
そんな大人たちに、彼女の真実の言葉は、心に響いたようです。

タリバンにしろ、どんなテロであっても、もはや彼女には勝つことはできないでしょう。
たとえ、何度傷つけられても、命を奪われても、彼らを恨むこともしないのですから、それより強いものはありません。


慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において。

パン・ギムン国連事務総長、ブク・ジェレミック国連総会議長、ゴードン・ブラウン国連世界教育特使、尊敬すべき大人の方々、そして私の大切な少年少女のみなさんへ、アッサラーム・アライカム(あなたに平和あれ)。

今日、久しぶりにこうしてまたスピーチを行えてとても光栄です。このような尊敬すべき人たちと共にこのような場にいるなんて、私の人生においても、とてもすばらしい瞬間です。そして、今日、私が故ベナジル・ブット首相のショールを身にまとっていることを名誉に思います。

どこからスピーチを始めたらいいでしょうか。みなさんが、私にどんなことを言ってほしいのかはわかりません。しかしまずはじめに、我々すべてを平等に扱ってくれる神に感謝します。そして、私の早い回復と新たな人生を祈ってくれたすべての人たちに感謝します。

私は、みなさんが私に示してくれた愛の大きさに驚くばかりです。世界中から、温かい言葉に満ちた手紙と贈り物をもらいました。それらすべてに感謝します。純真な言葉で私を励ましてくれた子どもたちに感謝します。祈りで私を力づけてくれた大人たちに感謝します。私の傷を癒し、私に力を取り戻す手助けをしてくれたパキスタン、イギリス、アラブ首長国連邦の病院の看護師、医師、そして職員の方々に感謝します。

国連事務総長パン・ギムン氏のGlobal Education First
Initiative(世界教育推進活動)と国連世界教育特使ゴードン・ブラウン氏と国連総会議長ブク・ジェレミック氏の活動を、私は全面的に支持します。みなさんのたゆまないリーダーシップに感謝します。みなさんはいつも、私たち全員が行動を起こすきっかけを与えてくれます。

親愛なる少年少女のみなさんへ、つぎのことを決して忘れないでください。マララ・デーは私一人のためにある日ではありません。今日は、自分の権利のために声を上げる、すべての女性たち、すべての少年少女たちのためにある日なのです。

何百人もの人権活動家、そしてソーシャルワーカーたちがいます。彼らは人権について訴えるだけではなく、教育、平和、そして平等という目標を達成するために闘っています。
何千もの人々がテロリストに命を奪われ、何百万もの人たちが傷つけられています。私もその1人です。

そして、私はここに立っています。傷ついた数多くの人たちのなかの、一人の少女です。

私は訴えます。自分自身のためではありません。すべての少年少女のためにです。

私は声を上げます。といっても、声高に叫ぶ私の声を届けるためではありません。声が聞こえてこない「声なき人々」のためにです。それは、自分たちの権利のために闘っている人たちのことです。平和に生活する権利、尊厳を持って扱われる権利、均等な機会の権利、そして教育を受ける権利です。

親愛なるみなさん、2012年10月9日、タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。私の友人も撃たれました。彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです。でも失敗しました。私たちが沈黙したそのとき、数えきれないほどの声が上がったのです。テロリストたちは私たちの目的を変更させ、志を阻止しようと考えたのでしょう。しかし、私の人生で変わったものは何一つありません。次のものを除いて、です。私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。強さ、力、そして勇気が生まれたのです。

私はこれまでと変わらず「マララ」のままです。そして、私の志もまったく変わりません。私の希望も、夢もまったく変わっていないのです。

親愛なる少年少女のみなさん、私は誰にも抗議していません。タリバンや他のテロリストグループへの個人的な復讐心から、ここでスピーチをしているわけでもありません。ここで話している目的は、すべての子どもたちに教育が与えられる権利をはっきりと主張することにあります。すべての過激派、とりわけタリバンの息子や娘たちのために教育が必要だと思うのです。

私は、自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。私が銃を手にして、彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。
これは、私が預言者モハメッド、キリスト、ブッダから学んだ慈悲の心です。
これは、マーティン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラ、そしてムハンマド・アリー・ジンナーから受け継がれた変革という財産なのです。
これは、私がガンディー、バシャ・カーン、そしてマザー・テレサから学んだ非暴力という哲学なのです。
そして、これは私の父と母から学んだ「許しの心」です。
まさに、私の魂が私に訴えてきます。「穏やかでいなさい、すべての人を愛しなさい」と。

親愛なる少年少女のみなさん、私たちは暗闇のなかにいると、光の大切さに気づきます。私たちは沈黙させられると、声を上げることの大切さに気づきます。同じように、私たちがパキスタン北部のスワートにいて、銃を目にしたとき、ペンと本の大切さに気づきました。

「ペンは剣よりも強し」ということわざがあります。これは真実です。過激派は本とペンを恐れます。教育の力が彼らを恐れさせます。彼らは女性を恐れています。女性の声の力が彼らを恐れさせるのです。
だから彼らは、先日クエッタを攻撃したとき、14人の罪のない医学生を殺したのです。
だから彼らは、多くの女性教師や、カイバル・パクトゥンクワやFATA(連邦直轄部族地域/パキスタン北西部国境地帯)にいるポリオの研究者たちを殺害したのです。
だから彼らは、毎日学校を破壊するのです。
なぜなら、彼らは、私たちが自分たちの社会にもたらそうとした自由を、そして平等を恐れていたからです。そして彼らは、今もそれを恐れているからです。

私たちの学校にいた少年に、あるジャーナリストがこんなことを尋ねていたのを覚えています。「なぜタリバンは教育に反対しているの?」。彼は自分の本を指さしながら、とてもシンプルに答えました。「タリバンはこの本の中に書かれていることがわからないからだよ」

彼らは、神はちっぽけで取るに足りない、保守的な存在で、ただ学校に行っているというだけで女の子たちを地獄に送っているのだと考えています。テロリストたちは、イスラムの名を悪用し、パシュトゥン人社会を自分たちの個人的な利益のために悪用しています。

パキスタンは平和を愛する民主的な国です。パシュトゥン人は自分たちの娘や息子に教育を与えたいと思っています。イスラムは平和、慈悲、兄弟愛の宗教です。すべての子どもに教育を与えることは義務であり責任である、と言っています。

親愛なる国連事務総長、教育には平和が欠かせません。世界の多くの場所では、特にパキスタンとアフガニスタンでは、テロリズム、戦争、紛争のせいで子どもたちは学校に行けません。私たちは本当にこういった戦争にうんざりしています。女性と子どもは、世界の多くの場所で、さまざまな形で、被害を受けています。

インドでは、純真で恵まれない子どもたちが児童労働の犠牲者となっています。ナイジェリアでは多くの学校が破壊されています。アフガニスタンでは人々が過激派の妨害に長年苦しめられています。幼い少女は家で労働をさせられ、低年齢での結婚を強要されます。

貧困、無学、不正、人種差別、そして基本的権利の剥奪――これらが、男女共に直面している主な問題なのです。

親愛なるみなさん、本日、私は女性の権利と女の子の教育という点に絞ってお話します。なぜなら、彼らがいちばん苦しめられているからです。かつては、女性の社会活動家たちが、女性の権利の為に立ち上がってほしいと男の人たちに求めていました。
しかし今、私たちはそれを自分たちで行うのです。男の人たちに、女性の権利のために活動するのを止めてくれ、と言っているわけではありません。女性が自立し、自分たちの力で闘うことに絞ってお話をしたいのです。

親愛なる少女、少年のみなさん、今こそ声に出して言う時です。

そこで今日、私たちは世界のリーダーたちに、平和と繁栄のために重点政策を変更してほしいと呼びかけます。
世界のリーダーたちに、すべての和平協定が女性と子どもの権利を守るものでなければならないと呼びかけます。
女性の尊厳と権利に反する政策は受け入れられるものではありません。

私たちはすべての政府に、全世界のすべての子どもたちへ無料の義務教育を確実に与えることを求めます。
私たちはすべての政府に、テロリズムと暴力に立ち向かうことを求めます。残虐行為や危害から子どもたちを守ることを求めます。
私たちは先進諸国に、発展途上国の女の子たちが教育を受ける機会を拡大するための支援を求めます。
私たちはすべての地域社会に、寛容であることを求めます。カースト、教義、宗派、皮膚の色、宗教、信条に基づいた偏見をなくすためです。女性の自由と平等を守れば、その地域は繁栄するはずです。私たち女性の半数が抑えつけられていたら、成し遂げることはできないでしょう。

私たちは世界中の女性たちに、勇敢になることを求めます。自分の中に込められた力をしっかりと手に入れ、そして自分たちの最大限の可能性を発揮してほしいのです。

親愛なる少年少女のみなさん、私たちはすべての子どもたちの明るい未来のために、学校と教育を求めます。私たちは、「平和」と「すべての人に教育を」という目的地に到達するための旅を続けます。誰にも私たちを止めることはできません。私たちは、自分たちの権利のために声を上げ、私たちの声を通じて変化をもたらします。自分たちの言葉の力を、強さを信じましょう。私たちの言葉は世界を変えられるのです。

なぜなら私たちは、教育という目標のために一つになり、連帯できるからです。そしてこの目標を達成するために、知識という武器を持って力を持ちましょう。そして連帯し、一つになって自分たちを守りましょう。

親愛なる少年少女のみなさん、私たちは今もなお何百万人もの人たちが貧困、不当な扱い、そして無学に苦しめられていることを忘れてはいけません。何百万人もの子どもたちが学校に行っていないことを忘れてはいけません。少女たち、少年たちが明るい、平和な未来を待ち望んでいることを忘れてはいけません。

無学、貧困、そしてテロリズムと闘いましょう。本を手に取り、ペンを握りましょう。それが私たちにとってもっとも強力な武器なのです。

1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。教育こそがただ一つの解決策です。エデュケーション・ファースト(教育を第一に)。ありがとうございました。





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