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2013年09月27日

「憂い」がないのではありません、語らないだけなんです?!  《相田みつをの言葉》 ★「Buy my Abenomics!」は犯罪者の台詞から?首相、米スピーチ


少女は一人でぼんやりと座った。


澄んだ瞳をもつ人には、
文字にも言葉にも到底表せない深い「憂い」がある…。

私たちは、ままならない、
自分の思いどおりにならない出来事を通過しながら、

理不尽に思うこと、
悔しいと思うこと、
腹の立つこと、
悲しみ、
苦しみ、
辛さ、
痛み…

諸々の思いを、どうすることもできずに、
人生を歩んでいます。


DSC03211元.jpg


「 憂い 」
                          

むかしの人の詩にありました

君看よ双眼のいろ
語らざれば憂い無きに似たり


憂いがないのではありません
悲しみがないのでもありません
語らないだけなんです

語れないほどふかい憂いだからです
語れないほど重い悲しみだからです

人にいくら説明したって
全くわかってもらえないから
語ることをやめて
じっと こらえているんです

文字にもことばにも
到底表わせない
ふかい憂いを
おもいかなしみを
こころの底ふかく
ずっしりしずめて

じっと黙っているから
まなこが澄んでくるのです

澄んだ眼の底にある
ふかい憂いのわかる人間になろう
重いかなしみの見える眼を持とう


君看よ双眼のいろ
語らざれば憂い無きに似たり
語らざれば憂い
無きに似たり


 
相田 みつを

「じぶんの花を」より



「憂い」
そういう思いをシェアして、分かってくれる人がいるなら、きっとずっと楽になることでしょう。

お釈迦様が「生老病死」と言いましたが、人はそういうものに集約される不幸を抱えています。
不自由ない一国の王子の立場に生まれ育ちながら、人々の不幸を解決したいと願われたお釈迦様。その悟りによって、多くの、私たちに役立つことを教えてくださいました。
そういうお釈迦様のような、たった一人の人によって、多くの人が癒され、救われるということもあるのです。

相田みつをさんも言います。
「澄んだ目の底にある、深い憂いのわかる人間になろう。重いかなしみの見える眼を持とう」と。
きっと、ご自身に向かって言っておられる言葉なんでしょうが、私たち自身に向けられたメッセージとして受け止めていきたいです。

人の憂い悲しみは、人しかわかってあげられません。

わかろうとしても、本当の意味でわかることはできないのかもしれませんが、まずこの人には憂いがあるんだなぁと、そのことだけでも、察してあげられればいいかなぁと。

どんなに幸せそうに見える家にも、何かしら「生老病死」に関わる憂いがあります。
死に向かわない人はいないし、老いない人もいません。

病気に縁のない健康な人も、家族や周囲に一人も病気の人がいないということはないでしょう。ひとりでも、病気の人がいれば、労わりや配慮というものも必要になります。
現代は、心の病も急増してきました。そっちの方が、実は深刻かもしれません。

現代っ子と言われながら、いつの間にか育ちきってしまいました。
また、今の子も、現代っ子と呼ばれるのでしょうか。
現代っ子は悩みがなく、幸せだ、というのは一方的なものの見方ではないかと思います。
最近の子どもは、衣食住には困りませんが、心を健康にするための環境、人との関わりが持ちにくくなり、不健康な引きこもりになる要素が増えていると思います。

人の抱える「憂い」は、どうしようもできないものかもしれませんが、具体的に解決する、しないではなく、人と人との温かい関係の中で、瞳の「憂い」の色がずいぶん変わるのではないか、と思うのです。



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「Buy my Abenomics!」は犯罪者のせりふから?官房長官が擁護



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posted by kuri-ma at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 相田みつをの言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月26日

戦後の日本を復興させた天皇の祈り! そして今も?! ≪感動≫昭和天皇の涙 ★4歳児「お前は悪者だ」、実行犯「許してくれ」 ケニア襲撃事件


2013.09.24 和泉川 ヒガンバナへアキアカネ


先日、「天皇とは祈る存在」という竹田恒泰さんのお話を紹介しました。そして「国民一人ひとりの幸せ」を祈っておられる天皇なのだと。

まさにそれがよく分かる、エピソードを紹介します。
戦後間もなく、昭和天皇が取られた決断と行動、その背後には、日本国民への深い慈愛がありました。

昭和天皇に関しては、以前も日本を救ったのはこの方だったという感動エピソードを紹介しましたが、戦後、焼け野原の中、日本に復興の思いを起させたのも、やはりこの方だったようです。

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【昭和天皇の涙】

昭和20年8月の終戦後、
日本は未曾有の食料危機となりました。
物価も高騰しました。
食料の配給制度は人々の生活を賄うに足りず、
不衛生で暴力が支配する闇市があちこちに立ち並びました。

それまで、東亜の平和を願い皇国不滅を信じていた人々は、
価値観を根底から否定され、いかに生きるべきか、
どう生きるべきかという規範さえも失い、
呆然とし頽廃と恐怖と飢えが人々を支配していた。

そんな日本人が、ある事件をきっかけに、
国土復旧のために元気になって立ち上がった。
そのきっかけとなったのが、
昭和天皇の全国御巡幸だったといわれています。

昭和天皇の御巡幸は、昭和21年から、
神奈川県を皮切りに昭和29年の北海道まで、
足かけ8年半にかけて行われました。

全行程は3万3000km、
総日数は165日です。

この御巡幸を始めるにあたり、
陛下はその意義について次のように述べられています。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−

この戦争によって祖先からの領土を失い、
国民の多くの生命を失い、
たいへんな災厄を受けました。
この際、わたしとしては、
どうすればいいのかと考え、
また退位も考えた。
しかし、よくよく考えた末、この際は、
全国を隈なく歩いて、国民を慰め、励まし、
また復興のために立ちあがらせる為の
勇気を与えることが自分の責任と思う。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−
そして昭和24年5月。
九州への御巡幸でのこと。

この日、陛下は、たってのご希望で、
佐賀県三養基郡にある因通寺というお寺に御巡幸されています。

このお寺には洗心寮という引き揚げ孤児の寮がありましたが、
戦災孤児や引き揚げ者の境遇を気にかけておられた昭和天皇は、
ここを佐賀県での最初の御巡幸先にされたのです。

その洗心寮で見られたのが次のような光景でした。
孤児たちには、あらかじめ陛下がお越しになったら、
部屋できちんと挨拶するように申し向けてありました。
ところが、一部屋ごとに足を停められる陛下に、
子供達は誰一人、ちゃんと挨拶しようとしない。
昨日まで、あれほど厳しく挨拶の仕方を教えておいたのに、
みな、呆然と黙って立っている。

すると陛下が子供達に御会釈をなさるのです。
頭をぐっとおさげになり、
腰をかがめて挨拶され、
満面に笑みをたたえていらっしゃる。

それはまるで、陛下が子供達を
御自らお慰めされているように見受けられたそうです。

そして陛下は、ひとりひとりの子供に、お言葉をかけられる。
「どこから?」
「満州から帰りました」
「北朝鮮から帰りました」

すると陛下は、この子供らに
「ああ、そう」
とにこやかにお応えになる。

そして、
「おいくつ?」
「七つです」
「五つです」
と子供達が答える。

すると陛下は、子供達ひとりひとりに
まるで我が子に語りかけるようにお顔をお近づけになり、
「立派にね、元気にね」
とおっしゃる。

陛下のお言葉は短いのだけれど、
その短いお言葉の中に、深い御心が込められています。

この「立派にね、元気にね」の言葉には、

「おまえたちは、遠く満州や北朝鮮、
フィリピンなどからこの日本に帰ってきたが、
お父さん、お母さんがいないことは、
さぞかし淋しかろう。悲しかろう。
けれど今、こうして寮で立派に
日本人として育ててもらっていることは、
たいへん良かったことであるし、私も嬉しい。
これからは、今までの辛かったことや
悲しかったことを忘れずに、
立派な日本人になっておくれ。
元気で大きくなってくれることを
私は心から願っているよ」
というお心が込められているのです。

そしてそのお心が、短い言葉で、
ぜんぶ子供達の胸にはいって行く。

陛下が次の部屋にお移りになると、
子供達の口から
「さようなら、さようなら」
とごく自然に声がでるのです。

すると子供達の声を聞いた陛下が、
次の部屋の前から、いまさようならと発した子供のいる部屋までお戻りになられ、
その子に
「さようならね、さようならね」
と親しさをいっぱいにたたえたお顔でご挨拶なされるのです。

こうして各お部屋を回られた陛下は、
一番最後に禅定の間までお越しになられます。
この部屋の前で足を停められた陛下は、
突然、直立不動の姿勢をとられ、
そのまま身じろぎもせずに、
ある一点を見つめられます。

それまでは、どのお部屋でも満面に笑みをたたえて、
おやさしい言葉で子供達に話しかけられていた陛下が、
この禅定の間では、うってかわって、
きびしいお顔をなされた。

入江侍従長も、田島宮内庁長官も、
沖森知事も、県警本部長も、
何事があったのかと顔を見合わせます。

重苦しい時間が流れる。

ややしばらくして、
陛下がこの部屋でお待ち申していた女の子に、近づかれました。
そしてやさしいというより、
静かなお声で、引き込まれるように

「お父さん。お母さん」
とお尋ねになったのです。

一瞬、侍従長も、宮内庁長官も、
何事があったのかわからない。
陛下の目は、一点を見つめています。

そこには、女の子の手には、
二つの位牌が胸に抱きしめられていたのです。

陛下は、その二つの位牌が
「お父さん?お母さん?」とお尋ねになったのです。

女の子が答えます。
「はい。これは父と母の位牌です」

これを聞かれた陛下は、
はっきりと大きくうなずかれ、
「どこで?」
とお尋ねになります。

「はい。父は、ソ満国境で名誉の戦死をしました。
母は引揚途中で病のために亡くなりました」
この子は、よどむことなく答えました。

すると陛下は
「おひとりで?」
とお尋ねになる。

父母と別れ、ひとりで満州から帰ったのかという意味でしょう。

「いいえ、奉天からコロ島までは
日本のおじさん、おばさんと一緒でした。
船に乗ったら船のおじさんたちが
親切にしてくださいました。
佐世保の引揚援護局には、
ここの先生が迎えにきてくださいました」

この子が、そう答えている間、
陛下はじっとこの子をご覧になりながら、
何度もお頷かれました。

そしてこの子の言葉が終わると、陛下は
「お淋しい」
と、それは悲しそうなお顔でお言葉をかけられた。

しかし陛下がそうお言葉をかけられたとき、
この子は口元を引き締め
「いいえ、淋しいことはありません。私は仏の子ですから」

陛下は少し驚いて女の子の目を見つめたが、
女の子はひるまずに続けた。

「仏の子は、亡くなったお父さんとも、
お母さんとも、お浄土に行ったら、
きっとまたあうことができるのです。
お父さんに会いたいと思うとき、
お母さんに会いたいと思うとき、
私は御仏さまの前に座ります。
そしてそっとお父さんの名前を呼びます。
そっとお母さんの名前を呼びます。
するとお父さんもお母さんも、
私のそばにやってきて、
私を抱いてくれます。だから、
私は淋しいことはありません。
私は仏の子供です」

こう申し上げたとき、
陛下はじっとこの子をご覧になっておいででした。

この子も、じっと陛下を見上げています。

陛下とこの子の間に、
何か特別な時間が流れたような感じがしたそうです。

そして陛下が、この子のいる部屋に足を踏み入れられます。
部屋に入られた陛下は、
右の御手に持たれていたお帽子を、
左手に持ちかえられ、
右手でこの子の頭をそっとお撫でになられました。

そして陛下は、
「仏の子はお幸せね。
これからも立派に育ってくださいね」
と言葉をかけられた。

そのとき、陛下のお目から、
ハタハタと大粒の涙が一つ、二つ、
お眼鏡を通して畳の上にこぼれ落ちた。

すると、ふいに女の子は、小さな声で
「お父さん?」
と呼んだそうです。

これを聞いた陛下は、
深くおうなずきになられた。

その様子を眺めていた周囲の者は、
皆、言葉をなくして顔を覆った。

東京から随行してきていた新聞記者も、
肩をふるわせて泣いていた。

もはや陛下はあふれる涙を隠そうともしない。
陛下にはこらえられぬ事のない
剛の風を備えた武人の一面もあった。
が、この時ばかりは、ついにこらえるのを
あきらめてしまったようだった。

寮を去るまで付いてきてしまった大勢の子どもたちに見送られ、
天皇は因通寺を後にした。

皇居にお帰りになられた昭和天皇は、
この時のことをこう詠まれました。

「みほとけの教へまもりてすくすくと
生い育つべき子らに幸あれ」

この御製は因通寺の梵鐘に刻まれているそうです。


参照:ぼやきくっくり,ねずさんの ひとりごと

------------------------------

日本の皇室は世界で最古であり
日本は世界最古の独立国とも言われます。
東日本大震災もそうですが、
戦後の日本が復興できたのも
天皇の存在やご巡幸は
とても重要だったと思います。

日本の歴史の中で天皇という存在は
きっと日本国民の心の中深くに、
存在してきたのではないでしょうか。

【昭和天皇の涙】
あなたが輝く幸せのことば より


「私は仏の子ですから」と言った女の子もすごいですし、天皇陛下の、深い祈りの蓄積と愛情ゆえに、きっと不思議なことが起きたのでしょう。

祈ってくれる存在がいるということ、それはどんなにありがたいことでしょうか。

こういう貴重な日本だから、私たちもお互い祈り合い、幸せになっていきましょう。


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2013年09月25日

風に吹かれて 信じて見つめた・・・「遠い空」?! 《♪尾崎豊の求めていたもの》 ★東京の地下鉄、世界に誇る正確なダイヤ

毎月25日は月命日(つきめいにち)
尾崎豊のメモリアル・デーにしています◇

岸壁&空 3


風に吹かれて 歩き続けて
立ちつくす人の間を 失いそうな心を
風に吹かれて 歩き続けて
信じて見つめた 遠い空




タイトルは「遠い空」ですが、このサビに出てくる「風に吹かれて」というフレーズからはボブ・ディランを感じます。当然意識して作ったものでしょうね。

それにしても、いいですね。
「立ち尽くす人の間を 失いそうな心を」とか、「かすかな明日の光りに 触れようとしている」とか…。

「やがて静かに消えていく二人」は、いったいどこに行ったのだろうと気になりますが…。

でもあきらめていないのです。たとえ、裏切られても。
遠い空を信じて見つめているのです。




「 遠い空 」


世間知らずの俺だから 体を張って覚えこむ
バカを気にして生きる程 世間は狭かないだろう
彼女の肩を抱き寄せて 約束と愛の重さを
遠くを見つめる二人は
やがて静かに消えていくのだろう

風に吹かれて 歩き続けて
かすかな明日の光りに 触れようとしている
風に吹かれて 歩き続けて
心を重ねた 遠い空

なれない仕事をかかえて 言葉より心信じた
かばいあう様に見つめても 人は先を急ぐだけ

裏切りを知ったその日は
人目も気にせずに泣いた
情熱を明日の糧に 不器用な心を抱きしめてた

風に吹かれて 歩き続けて
立ちつくす人の間を 失いそうな心を
風に吹かれて 歩き続けて
信じて見つめた 遠い空

風に吹かれて 歩き続けて
立ちつくす人の間を 失いそうな心を
風に吹かれて 歩き続けて
信じて見つめた 遠い空

Woo Woo Woo
Woo Woo
Woo Woo Woo


尾崎豊






東京の地下鉄、世界に誇る正確なダイヤ



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