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2013年08月22日

「東洋には素晴らしい国がある、日本だ!」 硫黄島に散った日本兵たちの魂?! ★都内で2万本のひまわりが満開に 


浄土ヶ島、遊覧船


昨日は昭和天皇のエピソードをお伝えしましたが、その当時の日本人の魂は、実に崇高で素晴らしいと分かるエピソードです。

現代の日本にはそぐわない生き様をした30名の青年たちのお話です。


「アメリカの青年達よ。東洋には、すばらしい国がある。
それは日本だ。
日本には君達が想像もつかない立派な青年がいる。
ああいう青年がいたら、やがて日本は世界の盟主になるに違いない。奮起しろ!」

硫黄島での戦いの時に第五艦隊司令長官としてアメリカ海軍を指揮したレイモンド・A・スプルーアンス海軍大将の言葉です。

彼は戦後、この言葉を伝えるべく全米各地を公演して回りました。
彼が、このように日本の事を言うようになったのは、次のようなエピソードがあったからです。

1ヶ月近く激戦を繰り広げ、多大な犠牲者を出して、アメリカ軍が硫黄島を占領したあくる日のことです。
岩山の穴の中から負傷した日本の陸軍少佐が降伏のしるしのハンカチをもって出てきた。

彼は
「司令官はいないか。穴の中には、有能な30名の青年達が残っている。彼らを日本のため世界のために生かしてやりたい。私を殺して彼らを助けてくれ。」といいました。

少佐を引見したスプルーアンスが
「お前も部下達も助けてやろう」というと、彼は
「サンキュー」といって絶命しました。

その後、アメリカ軍は、青年達が残っている穴の中に煙草や缶詰を投げ入れたりして、残された青年達に穴から出てくるよう勧告をしますが、彼らはそれに応じず抵抗を続けました。

数ヶ月間の抵抗の末、やがて何名かが餓死し、最後に残された者たちは手榴弾で自決して果てました。

その爆発がした時に、スプルーアンス司令官が穴の所に飛んで行くと、穴の入り口に英語と日本語で書かれた手紙がおかれていました。

「閣下の私達に対する御親切な御厚意、誠に感謝感激に堪えません。
閣下より戴きました煙草も肉の缶詰も皆で有り難く頂戴いたしました。
お勧めによる降伏の儀は、日本武士道の習いとして応ずることができません。
最早(もはや)水もなく食もなければ、十三日午前四時を期して、全員自決して天国に参ります。
終りに貴軍の武運長久を祈って筆を止めます。」
昭和二十年五月十三日
日本陸軍中尉 浅田真二
米軍司令官スプルーアンス大将殿

旧日本兵2万2000人が戦死。今だに1万3000人あまりの遺骨がみつかっていない。

(祖国と青年 平成7年6月号)
震えるほど泣けてくる



彼らが死を選んだのは、正しいことだったのかは分かりません。生きる道もあったことでしょう。
現代に生きる人たちには、まねはしてほしくないし、できないでしょう。
死を美化するという意味で紹介したわけではありません。

ただし、彼らの生き方、死に様を通して、スプルーアンスという人の心を大きく動かしたことは確かです。
自分の命を掛けても、決して屈しない姿勢からは、戦後の平和ボケの私たちが学ぶべきものがあると思うのです。


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2013年08月21日

(感動実話)日本の今があるのは?! 「天皇陛下は磁石だ。私の心を吸いつけた!」 ★ジョージ王子初の公式写真、王子はすやすや 夫妻は笑顔 


2013.08.04 富士市 甲子祭 屋台 胡瓜


終戦直後、終戦とは言っていますが、敗戦、それも無条件降伏という状態の日本は、まさにまな板の上の鯉であり、アメリカを中心とする連合国家、更に終戦間際に参戦して油揚げをさらっていこうとするソ連とで、いかように料理されようと、なされるがままでした。

当時の状況からいけば、日本は4つくらいに分断され、植民地化されても仕方のない状態だったということです。そうなれば、北海道はまるまる共産政権下のソ連のものとなっていたことでしょう。
「北海道はでっかいどう」などと言われることもなく、自由に旅行に訪れることもできない地になっていたことでしょう。

しかしなぜか日本は、今の日本のまま丸ごと残されることになりました。

この事実は、日本人として知るべきことであって、とても感動する内容です。いろんな思想や思惑の人たちに遮られて、今まで一般常識であるべきこの事実を、知る人ぞ知る段階で留められてきてしまったことは悲しいことです。

私は知っている内容でしたが、フェイスブックでシェアされてきて、また感動しました。知っている人も、知らなかった人もどうぞお読みください。

何が日本の命運を分けたのか。その秘密が分かるエピソードです。


「…(終戦時において)陛下に対する
占領軍としての料理の仕方は、四つありました。

一つは東京裁判に引き出し、
これを絞首刑にする。

一つは共産党をおだてあげ、
人民裁判の名においてこれを血祭りにあげる。

三番目は、中国へ亡命させて中国で殺す。
そうでなければ、
二〇個師団の兵力に相当するかと怯えた彼らです。

また第四番目は、闇から闇へ、
一服もることによって陛下を葬り去ることでありました。

いずれにしても、
陛下は殺される運命にあったのです。

天皇は馬鹿か、気狂いか、偉大なる聖者か、
いつでもつかまえられる。

かつては一万八〇〇〇人の近衛師団に
守られたかもしれないが、
今や全くの護衛を持たずして、
二重橋の向こうにいる。…

陛下の割腹自刃の計画は、三度ありました。
貞明(皇太后)様は、(侍従に、)
陛下から目を離さんように命じました。

じつに一番悩まれたのは、
陛下でありましたでしょう。

九月二七日、
陛下がただ一人の通訳を連れて、
マッカーサーの前に立たれたことは、
皆様方もよくご承知の通りであります。

ついに天皇をつかまえるべき時が来た。

マッカーサーは、
二個師団の兵力の待機を命じました。

マッカーサーは、
陛下は命乞いに来られたものと勘違いし、
傲慢不遜にもマドロスパイプを口にくわえ、
ソファーから立とうともしなかった。

陛下は直立不動のままで、
国際儀礼としてのご挨拶を終え、こう言われました。

『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります』

――弱ったのは通訳でした。その通り訳していいのか

――しかし陛下は続けました。

『しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』

天皇は、
やれ軍閥が悪い、
やれ財界が悪いと言う中で、
一切の責任はこの私にあります、

絞首刑はもちろんのこと、
いかなる極刑に処せられても…
と淡々として申された。

このような態度を見せられたのは、
われらが天皇ただ一人であったのです。

陛下は我々を裏切らなかった。

マッカーサーは驚いて、
スクッと立ち上がり、
今度は陛下を抱くようにして座らせました。

そして部下に、
「陛下は興奮しておいでのようだから、
おコーヒーをさしあげるように」と。

マッカーサーは今度は一臣下のごとく、
直立不動で陛下の前に立ち、
「天皇とはこのようなものでありましたか!天皇とはこのようなものでありましたか!私も、日本人に生まれたかったです。陛下、ご不自由でございましょう。私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」と。

陛下は、再びスクッと立たれ、
涙をポロポロと流し、
「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。この私に何の望みがありましょうか。重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」と。

そののちマッカーサーは、
陛下を玄関(ホール)まで伴い、見送ったのです。

皆様方、日本は八〇〇〇万人と言いました。
どう計算しても八〇〇〇万はおらなかったでしょう。

いかがです?
一億の民から朝鮮半島と台湾、樺太をはじめ、すべてを差し引いて、どうして八千万でしょうか。

じつは六六〇〇万人しかいなかったのです。

それをあえて、マッカーサーは、
八〇〇〇万として食糧をごまかして取ってくれました。

つまりマッカーサーは、
いわゆる、陛下のご人徳にふれたのです。

米国大統領からは、
日本に一〇〇〇万の餓死者を出すべしと、
マッカーサーに命令が来ておったのです。

ただ一言、マッカーサーは、
『陛下は磁石だ。私の心を吸いつけた』
と言いました。

彼は陛下のために、
食糧放出を八〇〇〇万人の計算で出してくれました。

それが後で、ばれてしまいます。
彼が解任された最大の理由はそれであった
というのが、事の真相です。

---------------------------------------

あの戦争は昭和天皇でさえ止められない程、
巨大な力がうごめいていました。

憎むべきは昭和天皇でなく、アメリカでもなく、
軍部でもありません。人の際限なき欲望なのです。

ただ、現在日本国で日本人が生活できてるのは
先人達のおかげだということは素直に感謝し誇りに思います。

このような事実を知らない多くの人々に
伝えるためにシェアお願いします。

この出来事は決して遠い昔の話ではありませんでした。だから考えさせられます。




日本人が有能だからではなく、働き者だからではなく、もちろんそれもあるのですが、日本が今あるのは、亡き昭和天皇というたった一人の人の、自らを犠牲にしても国民を生かそうとする切実な思いでした。
そしてマッカーサーという人との出会いが、日本の行く末を変えたのですね。

そうでなかったら、今の日本が、北朝鮮以下の生活をしていたとしてもおかしくはなかったのです。少なくとも、アジアの他の貧しい国々よりも貧しくても何の不思議もなかったということでしょう。

私も、こんな風にブログを書いていることも、きっとなかったでしょう。
これは、単なるラッキーではなく、心から感謝することだと思います。ありがとうございます。


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2013年08月20日

「心が諦める事を許さなかった!」 夏の高校野球応援歌?! コブクロ♪「ダイヤモンド」  ★聖なる山の頂上で舞う信者たち ブルガリア・リラ山


夏景色。


涙を 拭った 袖口 隠しながら
夢だけ 信じて 輝く ダイヤモンド
魂 削りながら 刻んだその傷跡 光を呼ぶ




今年も、夏の高校野球の熱戦が繰り広げられていますね。
よくもまぁ、この猛暑の中を戦っているなぁと、それだけでもすごいことだと思います。

父の生前中は、家にいる時はいつも掛かっていました。
その点はうちの主人も同じで、短い夏休みは大抵、私の実家への帰省で終わってしまいますから、実家にいる時はいつも高校野球をかけています。
こうやって歴史は繰り返されていくんですね。
(お正月休みには箱根駅伝に替わるのです。)

子どもたちは2階の弟家族の部屋で過ごすことが多いのですが、娘は、千葉県の代表と、知り合いの選手が出ている学校は熱心に応援していました。もう負けてしまいましたが。
今年は「あまちゃん」の主題曲が演奏されたりして、盛り上がっていました。

高校野球は応援する人たちの様子も感動的ですよね。もう負けそうというときなど、先に控え選手や、女子学生が泣き出している姿など、いいなぁと思います。この熱い思い、一体感。。。

私も高校時代、ブラスバンド部でしたので、ボロ負けの県予選の1回戦を3年連続応援しました。そういうことも蘇りますね。

今日はコブクロのこの曲を紹介するのですが、下に付ける動画は、松井、松坂、まぁくんや、ダルビッシュなどの懐かしい姿が映って、よい映像ともなっています。お楽しみください。





「 ダイヤモンド 」


何度でも 何度でも 
やり直せる事 ばかりじゃない
もう二度と ここには 
戻れないんだと 今を胸に吸い込む

さぁ行こう 今日までを 
一瞬に刻む 場所に着いた
どんな日も 心が 
諦める事を 許さなかった
立ち上がれなかった日は その手が
教えて くれたよ 一人じゃないって

涙を 拭った 袖口 隠しながら
夢だけ 信じて 輝く ダイヤモンド
魂 削りながら 刻んだその傷跡 光を呼ぶ

転がる 無数の 
石ころのように 集まった僕等
似た様な 顔をした 
石ころはどれも どうしようもない程
己を知らぬまま くすぶってる
その手で その目で 殻 突き破れ

終わりは いつでも 待ってる 君の前に
でもまだ 本当の 自分を 知りたいなら
頑張れ 頑張れ 
輝き放つ日まで もう 少しなんだ

涙を 拭った 袖口 隠しながら
夢だけ 信じて 輝く ダイヤモンド
自分を 信じて 必ず たどり着くと
魂 削りながら 生き抜いて見せてやれ
頑張れ 頑張れ かっこ悪くても良い
その姿が 光を呼ぶ
さぁ 走り抜けろ ダイヤモンド


作詞・作曲 小渕健太郎



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「聖なる山の頂上で舞う信者たち ブルガリア・リラ山」
↑これ、ブルガリアでは有名です。
ベジタリアンなんですよね。
ちょっと不思議な霊的な宗教団体です。
インドのヨガに通じるようなイメージ。
ブルガリアの知り合いや、その知り合いのような人も
影響を受けている人、多かったです。
知ってはいたけれど、初めて拝見しました。
やっぱり霊的雰囲気ムンムンですね。
ブルガリアは、霊的な人の多い国なのです。



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posted by kuri-ma at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ♪歌の心(音楽と歌詞) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする