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2013年08月25日

尾崎豊がカリスマだった理由(わけ)?! 尾崎豊のファン層って・・・! 【尾崎豊の求めていたもの】 ★「私には夢がある」キング牧師の演説から50年!米首都で集会


そら


「学校にも家にも帰りたくないんだ、
ティーンエイジャーのドロップアウトしていく人の
代弁者、その代表、カリスマみたいに言われる。
須藤さん、僕はそうじゃないよね?」
と彼が聞いてくる。
「全然そうじゃないですよ」と僕が言う。


須藤晃(尾崎豊)



尾崎豊さんの月命日、25日がまた来ました。
毎月、尾崎デーのようにして、彼を思い出し、研究する日になっています。

不思議なことに、彼の生前、そこまでのファンではなく、コンサートにも行ったことのなかった私が、このようなことをしているのです。尾崎豊という人がいかに人を惹き付けるものを持った人か、ということです。

彼は「10代のカリスマ」と言われることに抵抗をもっていたということですが、カリスマ的な魅力は抑えようがなかったともいえますね。

ファンではないと言いましたが、それでもいつも気になる存在であったことは確かです。
最初の三枚のアルバムは、新譜を待って買いましたから、それでもファンじゃないのかというと、ただ私のスタンスが、熱心なファンの人から見たらおこがましく感じるので、控えめに言っている部分もあるのだと考えてみてください。

気になる存在だった尾崎豊、それは音楽としての作品が気になるということもありますし、大丈夫かな、どこに行ってしまうのかな、壊れてしまわないだろうか、とどこか心配しながら見ていたという感じでしょうか。
つまり、尾崎に追随していく人の中には入っていなかったですね。
同年代ではあるのですが、彼がティーンネイジャーの代弁者としてスタートした頃、私は成人した頃でしたし、常に年下の気になる存在という感じでした。

須藤晃さんのインタビューから、尾崎豊のファンはどういう人か、また「カリスマ」と呼ばれることについて、彼自身はどう思っていたのかについての部分を抜き出してみます。

【“反逆の歌”じゃない魅力】
Q.亡くなって20年経っても、若い人でファンになる人がいますね。

今の中学生や高校生に「尾崎豊を何で知りましたか?」と聞くと「インターネットの動画サイトで見た」「すごくかっこよかった」って言われるんですよ。音楽をやっていて、彼自身見た感じがかっこいいしね。あらゆる人が持っている尾崎豊というイメージが音楽とオーバーラップしていくので違和感がない。しかも深刻な感じを与える。決して軽いものじゃない。時折青春小説を読んだ時に「わー、心の中に入ってこられちゃった・・・」って、ふっとため息をつく。そういう感じに似ていると思います。だから尾崎豊の作品って忘れられないものになるんじゃないですか。

Q.そういう意味で、ノートにあった「壁づたいに歩けば」とか、「しがらみの中でも」という言葉が気になります。

世の中のしがらみがあって、人間はしがらみの中、壁づたいに歩いていく。それを16、17歳の子が言うわけです。僕は彼よりひとまわり上だけど、「須藤さんも結局上司に言われたらそうするんでしょう?そうしてるんですよね?だって自分はこうしたいと思っていても、そうできない状況があったら、そうするんですよね?」って言われているような気がして。考えて見れば、それはそうですよね。人間って何かの壁にぶちあたると、その壁を、電気ドリルでぶち壊して、ランボーみたいに進むということはできないですよね。何かに妥協して、何かを諦めて、みんなとシェイクハンドして、着地点を見つけて、それに向かっていく。だから人生における壁みたいなものはぶち壊すんじゃなくて「壁づたいに歩いていく」と。すごい詩だなと思ったんですよ。目から鱗が落ちるというか。そういう詩を僕は見たことがなかったので。60歳くらいの人に、人生いろんな壁があるけど結局壁づたいに歩いていくだけなんだよと言われたら、ああそうなのかとも思いますが。そうであっても、いや、俺の若さで壁をぶちやぶってみせる、と歌っているのが基本的にロックンロールですけどね。音楽のスタイルは非常にロックンロールでしたけど、歌っていることは非常に成熟した人生観を感じさせましたね。なぜ彼がそういう風に思うようになったのかということは分からないですけど。

Q.でも、その上で「強く生きる」とも歌っていますよね。ノートにもそういう言葉がある。

彼にとって10代の頃は「強く生きる」というのがキーワードなんですよね。僕が僕であるためにも、勝ち続けなければならない、強く生きなければならない。強く自分の考えをもって、生きなければならないと自分を励ますわけですよね。強く生きなさいとは言わない。全部自分の問題。強くなくてはならない、弱くなってはいけない、そう自分に言い聞かせている歌ばかりなんですよね。でもその言葉を歌として聞いた時に「そうだな、自分をごまかさないで、強く生きなきゃだめだな」ってみんなが思うんですよね。

つまり社会との問題や対人関係の問題じゃなくて、「これは自分の問題なんだ」ってことなんですよね。私小説を書いている小説家みたい。世の中を変えたいんだ、ではない。メッセージが外に向かっていないというか、尾崎豊という人は常に内に向かっているっていうか。それを聞いた人たちも、全部自分のこととして受け止めていくという。

だから尾崎さんのコンサートでは家でノートに自分の気持ちをずっと書き綴っているというような人がメインなんです。何かを破壊したり、徒党を組んでいるような人が集まっているのではなく。見た感じも地味で弱々しい感じの人たち。そういう人が「私もそうよ」って集まっている感じ。普通はサウンドもハードでシャウト系の音楽って、わーっと、コンサートにもバイクで連なってやってくるというイメージがあるけど、尾崎さんのコンサートには内省的な人が集まったという印象がしました。

【カリスマのイメージに苦しむ】
Q.尾崎さん、世間とのイメージとのギャップに苦しんだということをよく言われますが、「反逆する十代の旗手」みたいなことを言われることについてご本人は何か言っておられましたか?

「違う」って言っていました。「学校にも家にも帰りたくないんだ、ティーンエイジャーのドロップアウトしていく人の代弁者、その代表、カリスマみたいに言われる。須藤さん、僕はそうじゃないよね?」と彼が聞いてくる。「全然そうじゃないですよ」と僕が言う。彼は別にそういう人を引き連れてアジテートしたいじゃないですよね。自分はこうだということをさらけ出しているという感じ。腹をかっさばいて内蔵を人前で見せているのではないですけど、僕に言わせると心の中を全部さらけ出している気がするんですよ。それはとても勇気がいることだし、人はそれを見て痛々しい感じにも見たと思うんです。でもそこまでやっている尾崎豊にみんなが惹かれたんだと思います。そこまでやらなくたってという感じですよね。

世の中にそんなに深刻なことがなかった時代なんですよね。バブルに向かっていた。今みたいな未来に対する大きな不安に包まれてもいなかった。それこそ世の中って全部良い方に向かっているって、みんなが信じ込んでいた時代じゃないですか。そんなときに「そんなことより心の問題だ」「物質文明みたいなところで、欲望を満たすことに奔走していると、そのうち空っぽの心を持ったような人間しか生まれてこなくなるよ」と。彼はそんなことを一生懸命言っていた気がしますよね。今でこそ、震災が起こったり、それに付随するいろんな事が起こって、一回自分たちが大切だと思っていたことを見直そうということになったけれど。だから本当に今はみんな尾崎さんが残した未来への提言みたいなものが身にしみるんですよね。身近にいた僕もこのところ彼の曲を聞き直すことが多い。なんか彼の作品を聞いた時に胸の中に残るのって、鏡を目の前にして自分をずっと見ているような気分。「いま幸せですか」って聞かれているような気分。そっちにいくのが正しいと思ってみんなで来たけど「そっちに進んで幸せでしたか?」って言われている感じ。そして尾崎豊の作品を聞くと何か「自分が自分らしく生きるためには強くなければならない」という単純なメッセージが身にしみるんですよね。



尾崎豊 十七歳の地図

(MC)
この街で一番愛を求めていく上で必要なことは
自分にかかわる
全ての人や物を
自分の鏡として
見つめてみることだ。
その中にある物事の真実を
自分と照らし合わし、
自分が求める愛の姿を
もう一度
俺はよく考えてみた
そして
愛するものというものが
自分の命を掛けて
立ち向かえなければ
いけないということに気づいたんだ。
少なくとも
今日ここに集まってきてくれた
お前らの中に
俺と一緒に
本物の愛や真実を
見つけようと
歩いてゆく連中がいるならば
俺はそいつの為に命を張る。



今日もいい一日を

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posted by kuri-ma at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 尾崎豊の求めていたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月24日

神さまへの参拝もアポイントを取る?! パワースポットで願いを叶える秘訣  ★米小学校で銃乱射防いだ女性職員、国中から賞賛の声


ヤブラン♪


昨日、祈りについてのお話しました。

そもそも、お祈りってどうしたらいいの、と思われる方もおられるでしょう。

今日は、日本人には馴染みの深い、神社でのお祈りの仕方を、パワースポットの記事を編集してお伝えします。
お祈りで願いが叶う方法も以前お伝えしていますが、今日の内容も併せて知っておくとよいかと思います。



パワースポットとは

パワースポットとは、エネルギースポット、気場と呼ばれるもので、霊的なパワーに満ちた場所です。霊的パワーは、気とかエネルギーとか波動とか呼ばれるものですね。それによって癒されることは確かだと思いますよ。

癒される理由の一つは、その地の持つ大地や自然のエネルギーが豊富なこと。水や木や、鉱物、磁気などの影響もあるでしょうし、小高い峰や山に多いことも霊気の高い要因になります。

奉ってあるものや、建造物にパワーがあることも。仏像や、神社・仏閣ですね。それは霊的・宗教的なパワー(スピリチャル・パワー)が主です。

日本のパワースポットは、神社が多いですね。神社は人を奉ってあるものも多いのですが、それは、並みの人ではなくその時代でもずば抜けて運勢の強い人だったりします。そういう人を尊敬し、あやかりたい、ということでしょうか。
いずれにしても、多くの人に長い期間に渡って慈しまれたというのは、それだけでも価値のある場所ですね。

ただし、自分の都合のいいように願いが叶うかどうかは別です。
パワースポットから何かをありがたく頂いて、あなた自身の生き方や姿勢も変われば、大きく願いが成就することもあると思いますヨ。あなたをプラスにさせる助けになると思えば、行っても損な場所では決してないでしょう。

パワースポットと言われていてもいろいろで、いいものだけでなく、邪気もあったりします。その場所にはなかったとしても、人が連れて来るんですね。人が多ければ空気が汚れるように、霊気も侵されます。

ただ行けば、よいことがある、というような単純なものではありません。
パワースポットに行くからには、願いが叶ったらいいと思うのですが、どうしたらいいでしょうか。

パワースポットと願掛けはセットのようになっていることがありますね。
行けば誰でも願いが叶うなら、行ってみたい気がしますが、そんなに簡単ではない。どうせ行くなら叶えたい、という方に秘訣をお話ししましょう。



邪気を受けず、願いを叶える参拝の仕方

1 神さまにアポイントを取る
    〜日時、参拝の目的(願い事の内容)を事前に祈っておく


特に神社などのスポットの場合、邪気を受けないためには、よく、行く目的を明確にして、なんとなく行って来ないことです。
事前に「いついつこういう目的で伺います」と、心の中でお祈りしてから行く。神様にもアポイントを取った方がいいのです。


2 参拝は神さまへの挨拶から

また着いたら、しっかり挨拶するのが参拝のマナーです。
別に声に出さなくても、「おはようございます。誰それが伺いました」とかいうふうに。ジェスチャーをつける必要はないですが、印象的に挨拶してみましょう。

その後にお祈りに入りますが、くどくど回りくどいのはよくありませんが、心配なことなど、具体的にわかりやすく祈っていきます。
最後にお願いを言うのが、神様に聞いてもらえるコツです。

というか、普通の人に話すのと同じですよね。いきなり「〇〇をお願いします」と言われても、まぁ聞かないわけではないでしょうが…、ちょっとぶしつけかも。どこの誰がどういう切実な事情があって、お願いするのか、神様にもわかるように、つい、聞いてあげたくなってしまうお祈りをしてみましょう。


3 早朝がよい

時間的には、早朝ほど霊気は強く神聖です。できるだけ午前中に行った方が、邪気を受けなくていいかと思いますよ。早朝の方が、混まなく、静かだし、スムーズに行って来られるという利点もありますね。
また、日の光からもいいパワーを得られるので、晴れた日の早朝、というのがベストです。


4 願った内容について、神頼みだけでなく、自分自身も最大限の努力をする
  
(今日は割愛します。こちらの記事をどうぞ
祈ってからが肝心、神様に祈った願いを叶えるためには?!


5 忘れてはいけない「感謝」と報告

そして願いが叶ったら、出来ればお礼参り≠ノ行くといいのですが、行かなくても最低、感謝のお祈りはした方がいいでしょう。
人間社会でも、お礼をする時は、直接が誠意があっていいのですが、電話かメールでも、すぐにした方がいいのと同じです。それが更に幸運を引き寄せる鍵にもなるでしょう。

なかなか願いが叶わなくても、途中経過を報告する。
叶う途上にある願いもあるはずなので。いずれにしてもいいものを受けた感謝の思いは、持ち続けた方がいいですね。
うまく事が運ばないからといって、間違っても、恨み言は言わないように。せっかく頂いたパワーが無駄どころか、あだになる場合もありますよ。

神様がおしおきしたり、ということではなく、願いを叶えるのは、その本人の、本気の思い、そして誠意のある行動次第だったりするので、罰当たりな言葉や行動は、墓穴を掘ることになるということです。
バチが当たるといいますが、誰がするのではなく、自業自得だったりするわけですね。


最後に、
パワースポットとなる神社などで願掛けをすることもよいですが、普段から神さまによく祈り、経過報告をし、また爽やかな行動を積み重ねることが、本当の意味での願いの成就につながるかと思います。
パワースポットはその助けにはなるかもしれませんね。
いずれにしても、その人次第ということです。

神社などのパワースポットは、人が良く祈っているばしょなので祈りやすいということはあるでしょう。いく機会があれば、お祈りしてみてくださいね。
祈りというのは、私は自分の家がやはり祈りやすいですが、いつでもどこでも、できるものかとも思います。

幸せをお祈りいたします。


今日もいい一日を

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米小学校で銃乱射防いだ女性職員、国中から賞賛の声



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2013年08月23日

自己中の祈りは効果がない?! 誰かのための小さな祈りを!! ★イチロー、日米通算4000安打達成!!


2013.08.22 和泉川 カボチャ


この世で最も素晴らしく最も美しいものは、
目で見ることも手で触れることもできません。
ただ、心で感じられるだけです。


ヘレン・ケラー



私たちは、自分で息を吸って、自分の足で立って歩き、すべて自分の力で生活しているつもりになったりしますが、自分ひとりでは生活できないことを知っています。

心の拠り所となる絆がなければ、人は力がわきません。

どんなに素晴らしい能力を持った人でも、それを発揮する場があり、認めてくれる人がいて、人の役に立っている、そういうことがなければ、何の意味も感じないでしょう。
ただ鏡に自分の美しさを映しているだけでは、意味はないですね。

自分を必要とし、大切に思ってくれる人がいるだけで、力が沸いてきますし、そういう人たちのために、生きているのではないでしょうか。

力を得る方法は、3つあります。

まず、何かを達成した時、自分の中で満足感が生まれます。
しかし、ただ自分の素晴らしさに酔いしれて鏡を見つめるだけでは、つまらないですね。

2番目は、誰か大切な人のために生きるとき、もっと大きなパワーが充満しますね。

そしてもう一つは、目に見えない神様、サムシング・グレートから力を得る方法です。

まっすぐに正しく生きている人は、宇宙の法則に沿った生き方を、自然にしていますから、常に、宇宙や無形の神様から知らず知らずのうちに力を授けられています。

私たちは、気づかないけれど、たとえ「神様はいない!」と叫ぶ人であっても、その神様から多くのエネルギーを与えてもらっているということですね。

そして、その神様から積極的にパワーを得る方法が「祈り」です。

神様というのが抵抗のある方々は、そのパワーの源を「神」と断定しなくてもいいので、瞑想など、自分に適した方法でしてみられたらいいかと思います。

そして祈りは、自分のためではなく、人のためにするときに更に力が注がれるようです。

今日もフェイス・ブックからの情報を紹介します。


アメリカの研究で
こんな実験がありました。

末期がん患者を無作為に選んで、
AとBの2つのグループに分けます。

彼らから遠く離れたところに住む
10人の健康な人に、Aグループの患者さん
10人の名前を伝えて回復を祈ってもらいます。

Bグループの患者さんには、まったく何もしません。

その結果は、驚くべきものでした。

祈ってもらったAグループの患者さん
(自分が祈ってもらっているとは知らない)は、
あきらかに回復率が高かったのです。

祈っている人は、相手が誰かも知らないし、
祈ってもらっている人は何も聞かされていない
にもかかわらず、です。

何回実験しても、また
ニューヨークの病院の患者さんでも
ロサンゼルスの病院の患者さんでも
同じ、という結果になりました。

祈りの効果には、距離も関係がないことが
わかったのです。

現代の科学では、そのメカニズムは
まったく解明されていませんが、
その効果は、科学的に証明できたわけです。

それほどまでに
祈りには力があるのです。

私がおもしろいと思ったのは、
祈るほうも
たいして信心深い人ではなく、
特別に気合いをいれて(!?)
祈ったわけでもないのに、
効果があったという点です。

キリスト教や仏教の熱心な信者でなくても、
自分の祈りの効果を信じていなくても、
効いたというのですから驚きです。

自分のために祈っても
無心の状態にはなれませんが、

誰か自分よりも大変な人を思い浮かべて
祈ってあげると、一生懸命になれます。

あなたよりも経済状態が悪かったり、
病状がひどかったり、
人間関係に苦しんでいたりする人のために、
ぜひ祈ってあげてください。

そういう人が
まわりに思い浮かばない人は、

外国で戦争やテロの犠牲になったり、
食べ物を満足に食べられない
子どもたちのために

祈ってあげてください。

すると、不思議なことに、
心が安らかになってきます。

無心になって人の幸せを祈ると、自分にも
それが返ってくるからです。

愛は、差し出すことで、
いくらでも自分の中から湧いてくるという
不思議な性質を持っています。

でも、相手からその見返りが欲しいと
思った途端、
愛が返ってこないと感じてイライラしたり、
落ち込んだりします。

欲しいと思うと手に入らないのに、
他人にあげようと思った途端に
手に入るとは、ユニークな仕組みです。

人間の心に、この仕組みが
プレインストールされているのなら、

宇宙の摂理が
そうなっているのかもしれません。

もし神様がいるとしたら、
ユーモアのセンスがありますね。

「与えるものは、与えられる」
のです。



自分ひとりでパワーを得ようと鏡を見ても、つかの間の喜びで終わってしまいます、人のために何かをする時、何より人のために祈るとき、不思議と自然に力をもらうことができる。
これは宇宙の原理のようです。

力を得て、更に人のために、ちょっとした祈りをしてみましょうか。


今日もいい一日を

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posted by kuri-ma at 09:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする