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2013年05月25日

「人は幸せになるために生きている」?! 尾崎豊の天分を引き出したプロデューサー、須藤晃さんインタビュー 〈♪尾崎豊の求めていたもの〉


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またも25日。毎月尾崎豊さんの月命日に、できるだけ記事をあげようとしてきました。
今日は趣向を変えて、彼の初期のプロデューサーであり、生涯にわたってよき理解者だった須藤晃さんのインタビューから、抜粋して掲載します。

昨年、没後20周年(21回忌)を迎えた後の、ものですね。その頃発見したと話題となった尾崎豊の創作ノート(50冊)の内容についても交えながらの内容です。


【結局、人って幸せになるために生きている】

Q.彼は何を追求していたんでしょうか?

「自分探し」ってよく言うじゃないですか。本当に分かりやすいんですけど、尾崎豊は「自分がいったい何なんだろう、いったい僕は何のために生まれてきたんだろう」と。

尾崎さんは、自分探しをしているなんてことは一度も言わなかったけれども、彼は作品を発表する段階になってから「自分って一体何だろう」と探し続けていたような気がしますね。

考えると嫌な気分になることっていっぱいあるじゃないですか、人間って。普通に友達と遊んでいればいいのに、一体俺たちはなんのために生まれたんだと言われたらしらけちゃいますよね。楽しんでいるのに。そんな感じの人なんですよね、尾崎豊って。常に一回本質に目を向けないと気が済まないというか。

Q.今回のノート、読み進めていくと、「諦念」のようなものも感じます。

大人ってものごとをどんどん諦めていくじゃないですか、妥協することで次に進めるじゃないですか。彼は常に諦めたり妥協したりするプロセスの途中にいるわけです。尾崎豊って、頑張ろう、夢を諦めないで、みたいなことは言わないんですね。もっと深いというか、「人は愛の前にひざまずく」みたいなことを言ってしまう。励まされるのではなくて、普通人間が考えると嫌だなということを考えさせられるというか。「人はなぜ生きているのだろう?」ということの裏返しって「どうせいつか死んでしまうだろう」ということですよね。

命に限りがあるのに人はなぜ一生懸命生きようとするんだろうということを尾崎豊が言うと、すごく虚しい気持ちになりますよね、普通に考えると。そういうことを考えずに生きていたいですよ、みんな。時折ひとりでいる時にそういうこと考えても、まあいいか、考えても仕方がないや、となるところを、考えなさいよ、と言う人だから。

本当の幸せってなんだろうって思う。でも尾崎さんといつも言っていたのは、「人って結局幸せになるために生きている」ということ。自分だけが幸せというのではなく。家族がいれば家族と幸せを共有したいし、仲間とも幸せを共有したい。でもひとりひとりの人間の価値観も違うし、人生観も違う。だから自分がまず自由でなければならないという。哲学家ですよね。「どう生きるべきか」ということを常に言い続けていた。アリストテレスやソクラテスが自分の著書を表す前にメモを書いていたら、こういうメモだったんだと思いますね。彼は自分の考えていることを表現するのに音楽というメディアを選びましたが、音楽じゃなくて彼がもし作家みたいなことやっていたら、とても難解なものだったし、ここまでいろんな人の共感を得たかどうかわからないですよね。でも哲学的な部分というのが人の心に入り込んでいって、尾崎豊への興味を支えていると思います。


【“反逆の歌”じゃない魅力】

Q.亡くなって20年経っても、若い人でファンになる人がいますね。

今の中学生や高校生に「尾崎豊を何で知りましたか?」と聞くと「インターネットの動画サイトで見た」「すごくかっこよかった」って言われるんですよ。音楽をやっていて、彼自身見た感じがかっこいいしね。あらゆる人が持っている尾崎豊というイメージが音楽とオーバーラップしていくので違和感がない。しかも深刻な感じを与える。決して軽いものじゃない。時折青春小説を読んだ時に「わー、心の中に入ってこられちゃった・・・」って、ふっとため息をつく。そういう感じに似ていると思います。だから尾崎豊の作品って忘れられないものになるんじゃないですか。

Q.ノートを読むと、「反抗」という印象をあまり受けない。とても内省的な印象です。

尾崎さんの作品というのは71曲分しかないけど、この作品になったものを読んでも彼は現実を現実として受け止めようとしていますからね。受け止めようって。受け止めるところからすべてスタートすると。

「卒業」みたいな歌があると、みんなプロテストソングだと言う。体制に対する、学校教育に対する、親の抑圧に対する、ティーンエイジャーのプロテストソングだと言う。そうではなくて、無力な自分に対する内省的な歌だととれます。でも実際は、自分もいつか親になり、いつかものを教える先生になる、でも必ず、どうなっても人間というのは何かの支配からは卒業することはできないんだって結論の歌なんですよね。高校を出る、中学を出る、嫌な先生がいる、明日テストがある・・・そういうところから卒業したら天国みたいな世界がある、という歌じゃないですからね。結局人間というのは、そこで生きていく限り、なにがしかの抑圧の中、誰かの支配の中で生きていくしかないんだと歌っていますから。全然プロテストソングじゃないですよね。





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posted by kuri-ma at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 尾崎豊の求めていたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする