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2013年03月19日

信じることから全てが始まる?! 人の道の根本は「信じる」こと! 聖徳太子の十七条憲法(9)


2013.03.08 和泉川 コウバイ


信じることは、人の道の根本です。
善と悪、成功と失敗は
「信」があるかないかで決まる。
信じ合っていれば、なんでもできる。
信じられなければ、何事もうまくいかない。


聖徳太子
(十七条憲法9条)



 

九に曰く、信はこれ義(ぎ)の本(もと)なり。事毎(ことごと)に信あれ。それ善悪成敗(ぜんあくせいばい)はかならず信にあり。群臣(ぐんしん)ともに信あるときは、何事か成らざらん。群臣信なきときは、万事(ばんじ)ことごとく敗れん。

 【現代語訳】信(真心、誠実)は人の道の根本である。何事にも信がなければいけない。善とか悪とか、成功とか失敗とかの成否は、すべて信のあるなしにかかっている。群臣ともに信があるならば、どんなことも達成できるだろう。群臣に信がないなら、どんなこともことごとく失敗するだろう。

 この九条では「信」の重要性を訴えている。

 儒教では親子、夫婦、君臣などの間で守らなければならない道として、「仁」「義」「礼」「智」「信」の五常を説く。聖徳太子も十七条の憲法では、四条で「礼」、六条で「仁」、この九条で「義」「信」、十四条で「智」と五常こそ、役人としての道筋と記している。なかでも「信」がすべての根本であるとしている。


この9条の中にこう書かれています。「信は義の本である」
信じることは、「義」(正義、道義)つまり「人の道」の根本になるということです。

以下、9条を分かりやすい言葉で、噛み砕いてみますと、こうなります。

信じることは、人の道の根本です。
善と悪、成功と失敗は
「信」があるかないかで決まります。
信じ合っていれば、なんでもできます。
信じられなければ、何事もうまくいきません。


「信」という言葉は実に深い意味があります。
信じるという言葉から出る熟語も、様々あります。「信頼」「確信」「自信」「信仰」「信用」…。

信じることはすべての根本、つまり、信じることから全てが始まるんですね。
「信」の字を中央におけば、自信も確信も生まれ、信頼も信用も、そして信仰や信心も生まれるのではないでしょうか。

正しく生きるためには、まず信じるところから始めるしかありません。
そして、自分だけの「信」ではなく、人と人が信じ合うときに、「絆」というものや未来に発展していく信頼関係、いろんな力が生まれてくるのではないかと思うのです。


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posted by kuri-ma at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 聖徳太子 十七条の憲法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月18日

新法王ってどんな人?! アルゼンチンから出た熱き(?)清貧の人、フランチェスコ1世!


夢想花。


これは単なる政治闘争ではない。
神の計画の破壊だ。


ベルゴリオ枢機卿(法王フランチェスコ1世)
アルゼンチンにおける同性婚法制化の際















新法王フランチェスコ1世は初めてのミサでこのように語られたと言います。

「私たち全員に、主の面前を歩んでもらいたい。歩むこと、作り上げること、告白することは簡単ではない。時には震えにも襲われるだろう」

穏やかな庶民派だということですが、心には熱いものをもった方であるようです。

朝は4時半起床、9時には就寝。食事は自炊し、公共のバスを利用し、自炊する。また、枢機卿として与えられる豪邸ではなく集合住宅の一室に住んでいたといいます。
社交好きで11時に夕食を取ったりする多くのアルゼンチン人とは異なる、まさしく「清貧」というイメージの方のようですが、地元のタンゴ・クラブとサッカーチームには熱い情熱をもっているとのこと。

新法王は、フランシスコ会の創設者「アッシジの聖フランシスコ」に由来する法王名を選び「フランシスコ1世」と名乗った。清貧な生涯を送ったとされるこの聖人同様、今も清貧を心がける人物と言われる新法王は1936年12月17日、鉄道員の父と主婦の母を持つイタリア移民家庭に生まれた。

 国営の学校に通った後は化学技師を目指していたが「17歳のときにサン・ホセ・デ・フローレス教会の告解室で啓示を受け、聖職への道を選んだと、友人のガブリエル神父は語る。22歳でイエズス会に入り哲学の学位を取得。さらに神学を学び、69年に聖職を授けられた。チリや、後にはドイツで学んだこともあり、イタリア移民という家庭背景やドイツへの留学経験が、「コンクラーベ(ローマ法王選出会議)」の場での高い評価につながったとの見方もある。

ベルゴリオ枢機卿のより広範な神学的立場は、中南米で広がりつつあった左派寄りの「解放の神学」を抑える対抗運動を法王として指揮したヨハネ・パウロ2世ら主流派の見解に沿うものだ。このヨハネ・パウロ2世によって92年、ブエノスアイレスの補佐司教に指名されたことから、法王への階段を上り始めた。



「アッシジの聖フランチェスコ」については前の記事をお読みください。
ちなみに「フランチェスコ」と「フランシスコ」、前者は、イタリア語の読み方で、フランシスコはスペイン語読みかと思います。(英語はフランシス)

人の名前については、言語通りの呼び方をするのが、一般的なことかと思うのですが、日本のキリスト教会では、フランシスコとしているようです。(なぜに???)
フランシスコ・ザビエルはスペイン語の読みに従うのでフランシスコで正しいと思うのですが。
アルゼンチンがスペイン語圏だからでしょうか。。。

前の記事では、産経新聞の表記に従って「フランチェスコ」としましたが、AFPでは「フランシスコ」とあり、各誌分かれているようで、困りますね。
人の名前と言うのは、カタカナにしづらいというのはありますが、今回は違う問題のような…。
私としてはフランチェスコがなじみ深いので、とりあえずは私の文章に限ってはそのように統一しておきます。

なお、フランチェスコ1世というのも、他に法王フランチェスコはいないので、正式には1世をつけないのだそうです。後代フランチェスコ2世を名乗る法王が現れた時に、初めて1世を付けるのだということです。
でも、各誌1世付きで呼んでおられるようです。その方が法王らしい感じがするからでしょうか。




このニュースについては、バチカン広報の主張するように、カトリック教会の信用失墜を狙った中傷的な運動に過ぎず、新法王は「独裁政権下で人々を救うために尽力した」というのが正しいのではないかと思います。


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kuri-maの参考記事
 新ローマ法王、フランチェスコ1世誕生! 由来となった聖フランチェスコって?!

 ぴかぴか(新しい)ローマ法王退位、15万がお別れ! 12億のカトリック?! 知っておこうキリスト教の教派(…プロテスタント、正教って?)
 普通のおじいちゃんに戻りたい?! ローマ法王退位にまつわる波紋・・・!







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2013年03月17日

ザ・タイタニック!! 遺品のバイオリンの秘話?! 日本人唯一の乗客が卑怯者として生涯を終えた理由(わけ)?!


犬もオジサンも駆け回る。








1997年の映画の大ヒットとともに、脚光を浴びた観のあるタイタニック号。
1912年4月14日に沈没しましたから、昨年で100年経ったということで、また話題になっていましたね。(今日知りましたが、4/14は息子の誕生日です。)

今回、タイタニック犠牲者とともに遺品として引き揚げられていたバイオリンが、本物と鑑定されて、オークションに出されるだろうということです。
このバイオリンに込められたストーリーは感動を呼ぶものでしょうから、きっと大きなお金が動くことでしょう。

「ウォレスへ、婚約を記念して マリアより」と刻まれた銀製の飾り板のついたバイオリン。
タイタニック船上で演奏されたかもしれないこのバイオリンは、犠牲となった婚約者の男性の身につけたバックに入っていたと考えられています。そして、女性の元にいきました。この女性は生涯独身で、17年後に亡くなりました。

このタイタニックの事故で、亡くなったのは1513人と言われています。
生存者数はちょっと探せなかったのですが、犠牲者の方が多かったと思います。
救命ボートが足りなくて、海に投げ出された人たちは、冷たい海で、ほとんど数分あるいは20分以内に亡くなっただろうということです。当時、最大の海運事故と言われました。

事故原因については、いまだに諸説や陰謀説が飛び交っています。



事故当時日本人で唯一乗船し、助かった人がいます。
長い間「他人を押しのけて救命ボートに乗った卑怯な日本人」と誤報(あるいは虚報)が伝えられ、生涯そのことについては口を閉ざしていましたが、死後、映画「タイタニック」の上映に併せたかのように、それは間違いだったという記事が産経新聞に掲載されました(1997年)。

その話は聞いたことがあったような気がするのですが、その人が、音楽家の細野晴臣さんのお祖父さんだとは、今回調べて知りました。

実際のところは、本人の事故直後の手記によると、人を押しのけたわけではないが、かなりの幸運と言えるでしょうか。実際、男性の生存者は少なかったので、当時皆よくは言われなかったようです。

手記から一部抜粋します。

(自分の)命も今日で終わることを覚悟して、慌てず、日本人の恥になるまじきと心掛けつつ、機会を待っていた。この間、船上から危機を報せる信号の花火を絶えず上げており、その色は青く、その音はすさまじかった。何となく物悲しさを感じた。船客はさすがに一人として叫ぶ者はなく、皆落ち着いていたことは感心すべきことだと思った。ボートには婦人たちを優先的に乗せた。その数が多かったため、右舷のボート4隻は婦人だけで満員になった。その間、男子も乗ろうと焦る者も多数いたが、船員は拒んで短銃を向けた。この時、船は45度に傾きつつあった。ボートが順次下りて最後のボートも(乗客を)乗せ終え、既に下りること数尺、その時に指揮員が人数を数え「もう2人」と叫ぶと、その声とともに1人の男性が飛び込んだ。私はもはや船と運命を共にするほかなく最愛の妻子を見ることもできないと覚悟して悲しみに耽っていたが、まだ1人が飛ぶのを見て、この機しかないと短銃で撃たれる覚悟で数尺の下にある船に飛び込んだ。幸いなことに、指揮者はほかの事に取り掛かっていて深く注意を払っていなかったし、しかも暗いために男女の区別もつかなかったのか、飛び込むと共にボートはするすると下りて海に浮んだ。

 そそり立つような大船が、異常なほどの音を立ててその姿を海に沈めた。今、目前にあったのを見たのに、もう陰も形もない。何と有為転変の世の中であることか。沈んだ後、溺死しそうになっている人々の叫び声が実にすさまじく、ボートの中では、その夫や父親を案じている婦人たちの泣く声もまた盛んで、ああ、自分もどうなることかと思う時は気も心も沈んだ心地だった。


最後のボートの最後に乗った人だったんですね。
細野氏がなぜ、真実を語らなかったのか、武士道精神とも言われていますが、死を覚悟した中で、ぎりぎりで助かったわけですから、犠牲になった人たちのことを考えても、自己を正当化する言葉は語ることができなかったのではないでしょうか。


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