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2012年12月23日

終末とは?! マヤ暦の最後の日、私たちは…?! 《ノアの箱舟の話》2


朝日に向かい今日の無事を祈る。








その当時、ノアの家族以外は全てが全滅したのです。まさしく世の終わりが来た、ということでしょう。
しかし、実際は、世界の中の、ある地域の出来事でした。

地平線は平らに見えるように、ある一部分を見れば、それがすべてです。それが世界としか思えません。私たちが歩いていける範囲すべての地は、水平にしか見えません。
実は、大きく見れば、丸いのだということを、誰も気づきはしません。

この世の終わりには、洪水、地震、火山の爆発など、天変地異が起こるというイメージもあります。

大昔から見たら、全世界にも相当する広い地域で、災害が起こり、多くの人が犠牲になるということも、昨今、頻繁に起こっています。

今世紀を迎える頃から、終末を信じる人たちが騒いでいますね。そういう霊的な集団の人たちを、私は単におかしな人たち、とは見られません。
残念ながら、彼らを指導する人が、地球規模、世界的・宇宙的な観点で終末を理解することができないから、そういう騒動につながっていると思います。

現代があらゆる意味で、終末といえるのでしょう。霊的に敏感な人はそういうものを察知するのです。
ただし、その人の世界観・宗教観でしかとらえることができないので、スポットに行こうとしたり、箱舟を作ろうとするのでしょう。

そういう人たちを笑えないけれど、付いてはいけない。でも、もしも本当に終末となったらどうしたらいいのでしょうか。

ある意味、終末は近づいている、あるいは、もう来ていると私は思います。

それは多くの災害が起こっている状況を見ても、普通ではありませんし、実際、霊界が騒いでいるというか、とんでもないことが起こる、という予感のようなもので満ちています。
そう言って脅かしても意味はありませんね。この地球から私たちは逃れることはできないのですから、うろたえても仕方がありません。

私たちの生き方が大切だと思います。

まず、そもそも、なんでこの世の終わりが来るのでしょうか?

ノアの時代に洪水審判を起こしたのは神様でした。地が暴虐に満ちたからです。
淫乱に満ちたソドムとゴモラという大都市も、硫黄の火で焼かれました。(その地方の火山噴火があったと検証されています。)

神様は喜んでそれをしたのではないのです。目に余ってそうしたのです。その災害で亡くなった人の中には、そんなに悪い人とも思えない、私たちと同じような人たちがきっといたことでしょう。
昨年の東日本大震災にしても、その人たちが、神様から見て特別目に余るような悪い人たちだったか、と言えばそうではないでしょう。罪作りな生活をしているのは、東京などの大都市に住む人たちが圧倒的に多いはずです。東北の純朴な人たちは、だったら、私たちの代わりに犠牲になったのでしょう。

そうして、洪水審判の後、ノアの家族は新天新地に足を踏み入れます。つまり、新しい時代が出発したのです。
神様がこの世を滅ぼす、終末とは、新しい時代を迎えることを意味します。

終末というのは、つまり新しい時代の幕開けということでしょう。
いろんな意味で、これまでの歴史を清算して、新しく出発する時、とも考えられます。

私たちはもともと、限りある命しか持っていません。自分の努力で体を健康に保つことはしても、いざという時の寿命はどうしようもありません。
また、体を健康に保つ以上に、魂をきれいに保つ努力も必要ですね。

大洪水でノアの家族が助かったのは、ノアが義人だったからで、家族は彼に従ったからです。
ソドム・ゴモラが一夜にして焼け落ちる時、神様は義人が多くいれば滅ぼさないと言ったのに、10人もいなかったので、かろうじてロトの家族だけが難を逃れました。彼らは義人だったということでしょうか。
アブラハムの甥がロトです。アブラハムは信仰深い義人でした。彼ゆえに、神様はロトも捨てられなかったのでしょう。

ですから、義人になるか、義人に従うしか、終末の時に救われる道はないということです。
義人というのは、分かりやすくいえば、正義の人です。そして、神様から信頼の篤い人です。自分が救われようと躍起になる人ではないような気がします。

私たちも、自分も義人になるか、そうでなかったら、義人に従っていけば難を逃れられるのではないでしょうか。
そして、新時代を作っていくのです。

ちょっと分からない話になりましたが、実際、終わりの日を恐れることはないでしょう。
プーチン大統領が「(太陽が寿命を迎える)45億年後に全てが終わる」と言ったということです。
彼と同意見というわけではありませんが、その時までには、第2の地球に移住する技術ができていることでしょう。
ただ、いずれにしてもその前に、みんなあの世に行きますよ。

私たちがどうして生まれてきたのか、人や宇宙が、神様によって作られた、ということを理解できれば、わざわざ滅亡におびえることもないのですが…。

終わりの日を恐れるのではなく、私がどのように生きているかを恐れるべきです。
いつか必ず死ぬ私たち。その時は魂ひとつしか持っていけないのですから。

終末がいつどこを襲おうが、私は私のできることを生のある限りやり続けるしかない、ということではないでしょうか。一生懸命、世のため人のために生きる、そういう人が、14万4千人に入る人ではないのでしょうか。


今日もいい一日を

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写真は:朝日に向かい今日の無事を祈る。
by (C)芥川千景さん
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