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2012年10月06日

祈ってからが肝心、神様に祈った願いを叶えるためには?! 


2012.09.28 追分市民の森 ドングリ



祈りは神を変えず、祈る者を変える。

キルケゴール





今日は、神様に祈った内容、その願い事を叶えるためにはどうしたらいいか、お話したいと思います。

実は先日、スティーブ・ジョブズの記事を書きながら、このお話をしようと思ったのです。
彼が神に祈り、願った内容が、なぜ叶えられたのかといえば、人一倍の努力の人で、それを達成するまであきらめなかったからでしょう。

私たちは、普段は神様のことを考えたこともなく、時には神様なんかいない、なんてうそぶいてしまうこともありますね。
いるんだか、いないんだか曖昧で、いない、とはっきり言わないまでも、見えないだけに、もどかしかったりしますね。

神様は確かにいます。
私たちにはわかりにくいので、亡くなったお祖父ちゃん、お祖母ちゃんなど、身近な人を思い浮かべるのもいいかと思います。

日本人はあまり、「神よ」と祈ってこなかったのがDNAが染み付いていますが、先祖は大切にしてきました。
日本の神社信仰は、神といっても、人を祀っていることが多いのは、そういうことなんではないでしょうか。徳川家康とか菅原道真とか。

だから、どうも曖昧な神様に祈るのが、無理、というなら、先祖に祈る、亡くなった大切な人に祈る、というのでいいでしょう。その時に、先に「神さま」と言ってから、祈るのがいいかなぁと。
神社などでの祈り方は、以前パワースポットの時に紹介しましたが、その辺は割愛して、祈った後のことをお話します。

私たちは、どこか有名な神社にお参りして願掛けをしたからと、もうこれで済んだつもりになっていますが、これが大間違いで、実はお祈りしてからが問題なのです。

スティーブ・ジョブズはガンを宣告されたとき、「神と契約した」と言っています。彼は瞑想はしますが、神さまにいつも祈る人ではありません。切実な思いが、神さまがいるなら、と契約するような祈りをさせたのですね。

彼はとても的を得ていたというか、切実な時、人はそういう行動を取るのでしょう。実は、お祈りとは、イコール契約と言ってもいいかもしれません。
お祈りは、つまり神さまと約束すること、と考えたらいいと思います。

自分の願いを明確にして、「このために一生懸命頑張りますから、神さま、導いてください」というのが、お祈りの意味です。
その人が口にしなかったとしても、一生懸命その人のできることは尽くす、というのが大前提、暗黙の了解事項なのです。

神さまに祈るということは、自分も努力するという約束になるのですね。

ということは、願い事をしても、それで満足していたら、ダメなんだということですね。つまり、せっかく神さまが手伝おうと計画したことができませんから、願掛けも無駄になるということです。

降ってわいたように、願いが叶うのではない、ということですね。

ですから、普段から努力の人で、プラスの行動(善行・徳積み)をしている人は、祈ったら即叶うということもありえます。

また、緊急性の祈り、今すぐ命が危険、という時の祈りは、即叶わなければ命がないわけですから、叶ってもらわなければ困りますね。
もちろん普段の蓄積、先祖の蓄積にもよると思うのですが、先に神さまが叶えてくれて、約束を後で果たす、ということもこの場合はあり、かと思うのです。

神様はわかっていても、聞き届けられることと、そうでないことがあります。
また、中には無茶な願い事というのも最初からあります。

それでも神様に願って、本人も真剣に努力したとします。
奇跡的に叶うこともありますし、そうでない時にも、本人の中に不思議な充足感が生まれ、「ああ、叶わない願いだった。それでいいんだ」あるいは「仕方がなかったんだ」というように、納得する思いが沸いてくるのです。
「気づき」ですね。それもひとつの結論でしょう。
祈った結論は、必ず与えられるものです。

しかし、ただ願いっぱなしでは、それがありません。
お祈りをしたけれど、自分はそれすら忘れて遊び暮らしている、それでは薄っぺらいお祈りだと言っているようなものです。

祈りは、祈った本人が、いかに真剣なのか、試される機会でもありますね。自分の決意を決めるために祈る、とも言えるかもしれません。

「この世に神などいない」と思うような悲惨な状況も、世界にはたくさんあるし、もしかしたら私たちの身にも降りかかるかもしれません。
しかし、神がいないのではなく、神様が手の施しようもない状況を作り出したのは、人間だ、と思うのです。また神様は導いていても、手足がありません。動くのは人間なのです。

祈ってみましょう。
神さまに丸投げではなく、どうしたら解決できるか、どうしたら実現するか、切実に祈る中で、解決への糸口がひらめくはずです。きっと。

さて、祈りの内容が、悪いものであった場合。
たとえば人を冒涜したり、人類滅亡や世界制覇を祈るような自己中心的なものであった時、その祈りに神さまは耳をふさがれ、一緒に聞いていた魔(サタン)がさっとそれをもっていき、自分との契約としてしまいます。
神さまに祈ったつもりが、悪魔との契約だったりして…!
ご注意のほどを。


今日もいい一日を

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写真は:ドングリ
by (C)ひでわくさん
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posted by kuri-ma at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする