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2012年10月28日

Happyなの?!ハロウィンって何でしょう??【2012年版ハロウィーンニュース】


Halloween.




食べちゃうぞ!アレッ、食べられちゃうぞ…?独動物園



もうすぐハロウィンですね。
(ハロウィーンの方が、向こうの発音には近いですが。)
東京ディズニーランドでイベントを始めてからか、だんだん日本でも浸透し始めて、今では、クリスマス、バレンタインデーに継ぐ第三の商戦と、お菓子業界でも言われるほどになりました。

キリスト教由来のもの(?)とも思われるのに、ヨーロッパではどこの国でもやるわけではありません。

私も在欧期間中にハロウィンに触れる機会はありませんでした。
アメリカのものと思っていたくらいです。

たまたま時期を外してしまったのかとも思っていたのですが、実際、ヨーロッパでは、アイルランド、スコットランド(英国の一部)が主と知って納得です。元々ケルト人のお祭り(収穫感謝祭)だったのです。


ハロウィーンは、ケルトの暦で言うところの“大晦日”
春に咲いた花が実を結び、秋の収穫を終え
大自然が長い休息の季節を迎える……
その始まりとなる日です
この日は、精霊や亡くなった人の魂が息づく“異界”と
私たちの住む世界との境界があいまいになり
“あちら側”から“こちら側”へ
さまざまなものたちが流れ込んでくると考えられています
(もちろん逆もあるのですが!)
中には人間に悪さをするものも多いため
それを追い払うために恐ろしげな格好をしたのが
ハロウィーンの仮装の起源と言われているのです

こんな日は、私たちのインスピレーションが高まったり
普段にない予言の力や
未来のヴィジョンを見通す力が強まるとも言われています

ハッピー・ハロウィン・フロム・アイルランド
アイラ・アリスさん(ケルト占いの第一人者)の解説から抜粋


ハロウィンにはカボチャというイメージですが、それは米国から始まったもので、ケルトではりんごを食べるのがいいそうですよ。

語源は、キリスト教の11月1日の諸聖人の日(万聖節)の前夜祭、"All Hallows"のeve(ハロー・イブ)ということらしいのですが…。

すでに4世紀には、名前のごとき、全ての聖人の祝日がありました。
11月1日になったのは、8世紀前半といいます。古いんですね。
以後、聖人や殉教者の日となり、死者を祈ったりもされてきました。

その中でケルト人のお祭りとごっちゃになったんでしょうね。
クリスマスもそうですから。

しかし、プロテスタントでも、カトリックや正教でも、ハロウィンは祝いません。完全にキリスト教からは切り離された形ですね。
特に正教では、ハロウィンを嫌う傾向もあります。

日本にも、米国の映画などから、影響を受け、入ってきたものでしょう。

イングランド(英国)やドイツなどでも、日本と同様にここ十年くらい、
季節感のあるイベントとして取り上げられるようになったようです。
世界中、アメリカ文化の影響は強い!

アイルランドにも、ジャック・オー・ランタンが逆輸入(?)されているようです。

米国でも最近は、子供主体の楽しい行事ですね。
そして、妖精や野菜のイメージのファンタジー要素の強いものが多くなったようですが、そもそもは、「死」そのもののイメージに結びつく恐ろしいもの、不気味なものがテーマとなっていました。

仮装するものは、精霊、妖精、幽霊、魔女、悪魔、黒猫、ゾンビ、魔神、不死の怪物、伝承の怪物、そしてドラキュラ、フランケンシュタインなど文学作品に登場する怪物まで様々…。

本来は家の周りを徘徊する悪霊たちを追い返すためのものだったようですが、
子どもたちがお化けに扮するようになり、どちらがどちらかわからなくなっている感がありますね。

日本でも今では、たとえばアニメなんかでも、当然のようにハロウィンが取り入れられています。
小さな子が大好きな「アンパンマン」にも、ハロウィンマンというキャラクターがいますし…。

子ども時代だったら、お菓子をもらうために、仮装で家を回るなんて、楽しみになりそうな行事ですね。
お菓子好きの長女は、「なんで日本にはないの〜」と、米国の様子がうらやましいようです。

楽しいからま、いっかですが、もともとの意味からは遠のき、イベント化していますね。日本でも仮装パーティーで、衣装に火がつくという事故もありました。

本来は、精霊がやってくる時期なので、霊的感性が高まるそんな雰囲気が満ちてくる時です。日本で言うお盆のように、見えない存在が訪ねて来るのかもしれません
「アンパンマン」でも、「本当は悪い魔物を追い払うお祭りだよ」って説明してくれていました。(Thank you!)

でも何で、“Happy”なのか、今のところ不明です。誰か教えてください(笑)。
“Happy Birthday”“Happy New Year”が“Happy”なのは、新しい年を迎えるからかもしれません。ケルトの新年に当たるということですから。
バレンタインにも“Happy”をつけますし、日本のおめでとうと同じなのでしょうか。

クリスマスがなんで“Merry Christmas”なのかと同じくらい、愚問かもしれません。
ただ単に、楽しいお祭りだからでしょうか。「わっしょい」の意味を聞かれても…、困りますしね。ということかと。

では、Happy halloween!! あるいは、モバQ Trick or Treat〜!!


今日もいい一日を!

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こちらの記事を再編集しました

kuri-maの参考記事
 大正時代のカッコいい日本人の話?!〜パリでのエピソード+ハロウィンニュース

 ハロウィンの季節は霊的感性が高まる?!


参照: ハロウィン - Wikipedia
    諸聖人の日- Wikipedia


2012年10月27日

日本にしかない「十三夜」にちなみ《月のお話とニュース》 巨大隕石がくだけて月になった?!etc.


9728399月夜 by coco-A.jpg


今日は十三夜です。
中秋の名月がキングの月なら、
十三夜はクイーンの月。
お見逃しなく◇




月が美しいのは、自分で輝くのではなく、太陽の光を反射しているからというのは、とても不思議な事実です。太陽と地球と月の関係性の中で、月は満ち欠け、神秘的な光で夜を照らしています。

この月は、実は巨大隕石が、地球にぶつかってできたのではないか、これはひとつの説ですが、実証がかなりつかめてきたようです。

想像してみるとすごいことです。大きな隕石がぶつかって、それがなぜか、丸い月になったということが。
そして、どうして誕生したにしても、それが地球から見たときに、15日で満ち、15日でまた欠けてというサイクルを作るように、地球の周りを回るようになったということ。
これって、偶然でできたのとしたら、できすぎに素晴らしいことでしょう。

月がない世界なんて、なんと味気ないものか、と思ったときに、お月様は神様から地球にいる私たちへの最高のプレゼントだなぁ、と思うのです。

そして、何よりも太陽。
太陽がなければ、私たちの命すら、生まれることはなかったし、月があっても、輝くこともなかったのです。こうして、熱すぎず、寒すぎない位置関係にあることは、神業としか思えません。太陽をここに置いてくれたのも、やはり神様ではないか、と思うのです。

月はもともと丸いのに、その姿をいつもは現すことはできません。三日月だったり、半月だったり月のイメージはいろいろです。
一方、私たちが太陽の絵を書くとき、まん丸に書きますね。
実際、太陽というのは、宇宙の中で、一番、まん丸なのだそうです。つまり、ほとんど誤差もなく完全な球の形に近いのだということです。

円満、という言葉があるように、まん丸なもの、というのは完全性の象徴でしょうか。
逆に、月は満ちては欠けていく、移ろうものの典型のようですが、その満ち欠けが情緒を生みます。


十三夜はまん丸ではありません。その不完全さに美を見出すということが、日本人の美意識なのかもしれません。

旧暦の毎月13日の月が十三夜ではあるのですが、ある意味、9月13日は、特別です。“THE 十三夜“ともいうべき風流な月なのです。これは、わが国固有のものだと言われています。

「919年(延喜19年)の醍醐天皇の月の宴に始まるとも、宇多法皇がこの夜の月を無双と賞したのにもよるという」と「広辞苑」にあります。

観月の風習は中国から伝わり、それは十五夜のことを言います。
“THE 十五夜“、キングの月が、いわゆる中秋の名月です。

旧暦の8月15日ですから、お盆の時期です。日本では旧暦でお盆をすることがなくなってしまい、月見だけ残ったのですが、今でもアジア各国ではこの時期にお盆を奉りますね。中秋節と呼ばれています。
韓国ではこのお盆のことを秋月と書いてチュソクと呼び、大切にしています。中国でも民族大移動になりますね。

始まりは天皇家の風流な観月の宴(お月見)だったのかもしれませんが、江戸や明治の頃にはすでに庶民にも伝わっていました。

中秋の名月がキングの月なら、十三夜はクイーンの月…。

いつの頃からか、十五夜(中秋の名月)と十三夜の両方を、同じ場所で同じ人と見ないと、片見月とか片月見と言って、縁起が悪いとされてきました。
私のブログでは、毎年十三夜だけ取り上げる形になってしまい、これも縁起が悪いのでしょうか。。。

十五夜とセットのような十三夜ですが、宇多法王が「無双」(並ぶものがない)と言われたしたら、さもありなん、と思いますし、ずっと長い年月愛されてきたのも納得の、美しい月です。

満開を迎える前の、蕾をほぼ開いた状態の花が美しいように、満月よりもやや早い、少し欠けている様子が風情があるということでしょう。
昨日も月を見ましたが、それなりにきれいだと思いました。少々欠けすぎという感じでしたが、きっと今日は絶妙になるのでしょう。楽しみですね。

今日もいい一日を

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十三夜については過去の記事もどうぞ。
 十三夜、片月見は縁起が悪い?!
 今夜は十三夜、「片月見」は縁起が悪い?!(2)


尚、こちらのサイトを参考にしました
 http://www.soumei.org/artist-information/thirteenth-night.html

2012年10月26日

なぜ人は祈るのか?! メッカ巡礼、今年は300万〈ハッジのニュース〉など


すすき♪


真剣に祈る人の心を止めることはできないでしょう。
人はなぜ祈るのでしょうか。







以前ビッショ・イジュテマを取り上げましたが*、今回はハッジです。今年は300万の参拝だそうです。いずれにしても、すごい人なのは変わりありません。

人はなぜ祈るのか、という命題ですが、個々の目的はそれぞれ違うのですが、例えば切実に祈る人、祈りを習慣化している人についていえば、彼らは祈らずにはいられないのでしょう。

よく祈る人は、まるで呼吸するように祈るのです。ですから、祈らないではいられないのです。
祈らなければ息苦しい、そう感じて、また祈るのです。

祈りは神様との触れ合い、神様との会話、と私は考えています。
神様ではなく、時々、亡父や姑に話しかけるのも、私のお祈りです。

神様が抵抗あるなら、ご先祖様でもいい、大自然でもいい。とにかく無形のものに向かって、語りかける。
やってみたらわかりますが、やる前より確実に元気になりますよ。

祈りの効果はまたお話したいと思いますが、おしゃべりな人が、ずっと黙っているのが苦痛なように、食事を抜くのが辛いように、息を止めたら数分も持たないように、祈らずにはいられないものなのではないでしょうか。
3度の食事やデザートをおいしく頂くように、祈りも、やってみないとよさはわからないかもしれませんね。

アッラーへのお祈りの仕方はよくわかりませんが、亡くなった大切な人に語りかける、そんなところからお祈りは始められると思いますよ。



今日もいい一日を

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kuri-maの参考記事
 *人はなぜ祈るのか?!ひれ伏し祈る人の波、バングラデシュ「ビッショ・イジュテマ」

posted by kuri-ma at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする