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2012年09月09日

「生きることにあきた」なんて言うな?! 「自分で見つけながら」若者たちに語り掛ける宮澤章二の詩13


楽しいことがない、
やりたいことがない、
何もかも意味がないと思う、
生きることにも飽きた。。。
若者たちにくすぶるそんな思いは、
いったいどこから来るのでしょうか◇

キンセンカとセセリン♪


自分で見つけながら


生きることにあきたな なんて言うな
花の乱れ咲く春が毎年めぐって来るように
流れる汗を楽しむ夏も毎年めぐって来る

生きていても楽しくないな なんて言うな
泉のようにあふれ続ける 若い命の力
その力が尽きぬ限り 楽しさも必ず湧く

やりたいことがないよ なんて言うな
やっても仕方がないよ なんて言うな
どうしてもやらなければならないことが
人間のつくる社会には 無限にある

それはなにか それは どこにあるか
みんなが 自分で見つけながら生きている
楽しい遊びを 笑いを よろこびを
幼児たちさえ自分で見つけるではないか


宮澤章二



小さい子どもというのは、飽きっぽくて我慢性がない、という面もありますが、一方、何かに夢中になると、時を忘れて、熱中します。
それはよくできたおもちゃだから、というわけでもなくて、なんでもない、家庭に転がっているものだったりします。

テレビやビデオにお守りされているうちに、高価なゲームを与えられているうちに、いつの間にかそういうものがないと時間が過ごせなくなってしうのかもしれません。

思春期の少年少女たちが、楽しくない、とか、やりたいことがない、とか、そんなのやってなんになるの、とか冷めたことを言ったりするのですが、それはとりあえずでも打ち込むことができることを持つことで、解消できるんですね。
若い頃は、特に体を動かしたり、何でもいいから、夢中になることを持たせてあげないと、くさってきてしまいます。

大人でもそうですよね。仕事や家事があるということは、そういう意味ではありがたいことかもしれません。
やることがない時間というものほど、つまらないものはありませんから。

そして、挙句の果てに「生きているのにあきた」なんて、そんな思いになってきたりして。

一生懸命やるものを持つためには、誰かと楽しく過ごす時間も必要かもしれません。楽しいことは何か、ということが問題ではなく、ともに過ごす誰かが問題です。

つまらない用事や、疲れる仕事であったとしても、家族のためと思えば、また誰かの役に立っているという思いがあれば、力になります。

いい友だち一人がもてれば、思春期の若者たちの倦怠感は即解消できるのです。
ちょっとした会話、ちょっとしたスキンシップが必要なんでしょう。思春期の子供たちは、いつもじゃれあって、おしゃべりばかり、それくらいがいいのかもしれません。

そういうものがあった上で、さらに、本気で打ち込むものを持ってほしい、というのが親の願いですが。。。


今日もいい一日を

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写真は:キンセンカとセセリン♪
by (C)ヨマさん
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ラベル:宮澤章二