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2012年08月23日

死の瞬間まで撮影続けた、山本美香さんのジャーナリスト魂 






危険な取材だと覚悟はしていたでしょうが、そういう命がけの思いを持っていた一人のジャーナリストが亡くなりました。

銃撃で死亡した山本美香さんの父孝治さん(77)は21日、山梨県都留市の実家で報道陣の取材に応じ、「美香は紛争地帯で弱い立場にある女性と子どもを報じることをテーマに掲げていた。『戦争ジャーナリスト』ではなく、『ヒューマンジャーナリスト』だった」と娘の死を悼んだ。
孝治さんによると、山本さんが第一線での現場取材に関心を持つようになったのは、1991年に起きた雲仙・普賢岳の噴火災害での取材経験だった。その後、イラクやアフガニスタンなど世界各地の紛争地域に出向き、東日本大震災の被災地にも足を運んだ。
 小中学生向け月刊誌の9月号には、「キミは人に銃を向けられるか」とのタイトルで記事を執筆した。孝治さんによると、これが最後の記事だといい、「銃は自分に向けられてしまった」と肩を落とした。
(2012年8月22日09時00分 読売新聞)
山本さん最後の記事は「人に銃を向けられるか」


政府軍と反体制派の衝突が激しさを増す中、現地から入ってくるのは「戦闘の映像ばかり」というもどかしさがあった。常に、紛争で最も犠牲になることが多い女性や子供の視点で取材をしてきた山本さんは、「多くの人が激戦の中でとどまって生きている。彼らが何を思い、どんな暮らしをしているのかを伝えたい」と話していたという。
読売


ずっと娘さんの安否を祈ってきたというお父さん。祈らずにはいられないほど、死と隣り合わせの仕事だったのです。予感を感じ続けていたんでしょうね。
新聞記者だったお父さんの血を受けて、ジャーナリストとなった山本さんですが、最後の瞬間まで撮影をしていたのだろうといいます。素晴らしいことです。

今回の山本さんの早すぎた死は、「殉難者」と表現していた人もいた通り、ただの個人的な死でないでしょう。
いつか死を迎える私たちですが、自分のためだけに生きている私たちと違い、国を越え、人々の幸せな姿を求め続けた山本さんの死は、尊いといえますね。

人の命はみな同じ重さのはずじゃないか、価値のある命、無価値な命というのは、差別しているという人がいるかもしれません。
もともと、無価値な人はもちろんいませんが、尊いはずの自分の命の価値を下げるような生き方をしてしまうことも多いですね。
命の価値というものがあるとしたら、それはその人の生き方で決まるのではないでしょうか。どんな生き方をしてきたか、どんな人だったのか、それがそのままその人の魂であり、命の価値になります。

キリスト教には殉教者というのが存在して、そういう人たちは、聖者と崇められます。
山本さんは、そういう殉教者に並ぶような生き方をされたということです。だから、殉難者。聖者と言ってもいいでしょう。

惜しむらくは、伴侶を得て、子供さんをもっていたなら、と思われます。
独りではないと、死をかかわるような仕事は続けられなかったということでしょうが。

受け継ぐ、血を分けた子どもさんはいなかったとしても、亡くなったからこそ、彼女の志は、多くの人に伝えられていくに違いないと思うのです。


今日もいい一日を

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 逃げ惑う子どもたち「まるで中世の大虐殺」《シリア・ホムスのニュースなど》
 「命を掛ける意味?!」シリアで犠牲の記者etc.《ジャーナリストのニュース》
 ↑ この記事は、山本さんの前の犠牲者となっていた2人のジャーナリストについて述べています。


posted by kuri-ma at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・イスラム圏、インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする