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2012年08月28日

天国と地獄ってあるんでしょうか?! 霊界(あの世)とは? 《霊界ってあるんでしょうか7》


2012.08.24 駅前 富士山


「霊界ってあるんでしょうか」のシリーズ、長らく止まったままでしたが、その続編です。

人が死を迎えると、40日ないし49日の期間を過ごしてから、本格的な霊界ライフのスタートとなります。つまり自分のあの世での居場所が決まるのです。

霊界というのは、その人の魂、人となりで決まるとお話してきました。私たちの心、人格的なもので、自然とその内容にあった場所にいくようになるということです。

私たちは、この世で四苦八苦の生活をしながら、あるいは栄耀栄華を極める生活をしながら、人に成功者、落伍者と言われながら、実は、あの世の場所、霊界での自分の家を準備しているのです。

私たちは、死後、どんな場所に行き、どんな生活をしていくことになるのでしょうか。
できれば、よい場所に当たればいいけど、と思いますが、そのようなくじ引きのようなもので決まるのではなく、公平に、その人の中身で決まるということです。

あの世、霊界とはどのようなところなのでしょうか。一口に霊界といっても、あまりに広く、漠然としていますね。
すべての人が、死んだ後は苦しみも悩みもない、そんな暮らしができるのでしょうか?

天国と地獄ってあるんでしょうか?
それは、はっきりあるということです。

キリスト教には、楽園(パラダイス)という概念もありますが、天国と地獄の2つに分けて話すことが多いですね。
天国と地獄とは、諸宗教や、世界中に通じる共通の概念のようです。

仏教では、あの世を六道というものに分けて言っています。
天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の6つに分かれているというのです。
  天道というのは、天人の世界。
  人間道は、人間の世界。四苦八苦に悩まされるが楽もある。
  修羅は、戦いに明け暮れる世界。
  畜生は、使役を強いられる世界。本能のままに生きることしか知らない。
  餓鬼は、飢えと渇きに悩まされる世界。
      他人を慮らなかった人などが行く。
  地獄は、罪を償わせるための世界。

六道の修羅・畜生・餓鬼・地獄は、いわゆる地獄と考えられます。
ですから、わかりやすく言うと、霊界は三つに分かれているといえます。
キリスト教でいう天国と地獄だけでなく、その中間の霊界も存在するということです。

死んでも行きたくないと思う、地獄。
そして、通常の人間世界と変わらない、悩みと労働からは切り離されない世界が、中間の世界。
そして、誰もが羨む天国。

私たちは、死後、どこに行けるでしょうか。天国には行きたいけれど、方法がないと行けないですね。
この世でも中流家庭だから、あの世でも中間の霊界で、いいやと思うでしょうが、そうでしょうか。

天国、中間霊界、地獄、この3つに大きくは分類はされるのですが、その中は実に複雑にいろんな階層に分かれているといいます。
実は、この中で膨れ上がっているのが地獄だということです。

地獄行きにはなりたくないですが、中でも死後すぐに居場所が決定するのは、地獄に行く人たちだということです。
地獄というのは刑場のようなものなので、看守や、刑の執行人、あるいはその手下のような人たちに、さっと連れて行かれてしまうとか。
どんなことをしたら地獄に行かなければならないのか、これも知っておくべきポイントがあると思います。

今後、天国、中間霊界、地獄について、詳しくお話していきますが、そんな中で、私たちのこの世でも生き方も、見えてくることでしょう。


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2012年08月27日

韓国で反響を呼んだベストセラー「この世でいちばん大切なものは」より、孝行息子が父に見せた初試合?!


2012.08.24 駅前 月


人が人を愛することよりも
大切なことはありません。
一人の人間は、
この世界よりも
もっと貴いからです。


キム・ホンシク



以前韓国でベストセラーになったという牧師さんの書いた心温まる書「この世でいちばん大切なものは」。
図書館で返済期限を過ぎて借り続けながら、このブログでも紹介したことがあるのですが、自分で購入した途端、安心してしまい、一回も書いていませんでした。
ひとつひとつ感動的な実話を元に話されていますので、これからまた紹介していきたいと思います。



サッカー少年のヒョンスは、高校のサッカー部に入っていましたが、特別うまくはありませんでした。練習試合以外は試合に出ることはありませんでしたが、毎日欠かさず練習参加していました。

時々、父親が練習を見に来ると、彼は手をつないでグランドを楽しそうに歩きました。家族思いの子だと、監督は思っていました。

そして、卒業前の最後のシーズンのこと。彼のチームの決勝戦を控えたある日、3年間練習を休むことのなかったヒョンスが、父の危篤で練習を休みました。

試合当日、ヒョンスは監督に、今日の試合にどうしても出たいと申し出ました。
3年間真面目にやってきた彼をおもんばかり、監督はわずかな時間だけのつもりで出場させました。

すると、最初の攻撃のボールが、小柄でさして目立たないヒョンスのところに飛んでくるではありませんか。
監督が「まずいぞ!」と思った瞬間、ヒョンスは思いがけない攻撃をしかけ、成功させました。
興奮した監督は、ディフェンスのボールをヒョンスに集めるよう指示すると、それが的中し、その日の試合で、彼は勝利の立役者となりました。

その後の報道では、相手チームに、ヒョンスの情報がなかったのが、勝敗の原因だとされ、「なぜあのように有能な選手を、三年間でたった三分しか試合に出さなかったのか、まったく不思議だ」とも書かれていました。

試合後、監督がヒョンスに尋ねたところ、この時初めて、ヒョンスが父親と手をつないでグランドを歩いていた理由を知ることができたのです。

「僕の父は目が見えなくて、僕のプレーを見ることができませんでした。でも今はもう、天から僕のプレーを見ていてくれる…。そんな父のために最善を尽くした、ただそれだけです」

「お父さん、あなたが大好きです」より(要約)



それまで、試合に出られなくても、友達とワイワイ仲良く、出られない試合も楽しむだけで満足していた少年が、「亡くなった父が天から見ている」その思いで、どうして出して欲しいと願い出て、父のために最善を尽くし、一心にプレーしたら、思いがけない結果を出しました。

彼が、欲を持った、ということもひとつあります。天国の父に見せたい、そんな切実な思いがあったからです。

もうひとつは、継続の力です。
彼は大好きなサッカーを、認められなくてもコツコツと3年間一度も欠かさず練習に参加していました。そこで大きな力をつけていたんですね。試合にはベンチを温めることしかできず、それでも多くを学んだことでしょう。

また、最後の試合でも、「自分は今までこれだけやってきて、十分力は付けたから、試合に出してくれ」という要求はしませんでした。

特に高校生というのは、練習や試合の積み重ねの中で、短時間で急成長することがあるでしょう。
日本の高校野球、甲子園でも、無名の高校の球児たちが、一試合ごとに、見る間にたくましく力を付けていく姿を毎年見ることができます。
韓国ではなんといっても、サッカーが人気です。サッカー好きの裾野はかつての日本の野球好きのように広いようです。

ひとつの試合で華々しい活躍をしたヒョンス。
そして、彼の活躍は、きっと天国のお父さんが力を与えてくれたということもあるのではないでしょうか。
生きている間は障害をもっていて、肉眼ではわが子の姿を見ることができなかったお父さん。孝行息子のお陰で、あの世から、最高の活躍を見ることができたことでしょう。


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2012年08月26日

セックス・スキャンダルと権力との関係?! 愛情と心の正しさがすべての鍵(再)


up, up, and away. (こっそり訂正。)


もしわたしが羅針盤をもっていたら、
この嵐だってなにほどのこともありませんし、
もしわたしに良心というものがあれば、
いくら大事件が起こっても、
びくともするものではありませんよ。


ヴィクトル・ユゴー





以前、タイガー・ウッズのセックス依存症を取り上げましたが (愛としつけの欠如「ノーラブ」と「ノールール」の行き着く処は?!〜タイガー・ウッズとセックス依存症〜)
、頂点を極めている時に、セックス・スキャンダルによって破滅に直面した数々の男性たちがいましたし、彼もその一人なわけです。
昔ならば、その権力で思うがままだったはずですが、現代は、そんなスキャンダルは命取りと分かっていても、暴露されるまで繰り返してしまうんですね。


上の記事では、タイガー・ウッズの他にもジョン・エドワーズ上院議員(元大統領候補)、イスラエルのモシェ・カツァブ前大統領、ドミニク・ストロスカーン(IMFの専務理事)、アーノルド・シュワルツェネッガー(米カリフォルニア州前知事)、ビル・クリントン元米大統領、イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ首相の名前があがっています。

この人たちを見ていると、それはやはり、依存症だといえる、ということです。
どうしてこういうことになったのか、わかりやすく言うならば、まず、地位が高く、強大な権力を持つ男性は、ものすごいストレスとプレッシャーを抱えていることです。

そこから感情のバランスを崩し、感情的にもろくなることがあります。欲しい物は何でも手に入れられる、自分にはそんな力があるという、そんな思いから、一線を越え反社会的な行動に走ることもあるというのです。
つまり自己管理能力の欠如です。感情をコントロールできない、自分の弱さに打ち勝てないのです。
ただ強さ弱さというよりは、上手にリラックスできない不器用さもあるでしょう。

そして、そのような人たちには、精神的支えや、親密な人間関係がない場合が多いといいます。
そんな中で、家族や地元の親しい人から離れた生活を強いられることが多いため、それに拍車が掛かります。相談する人もいない上、パートナーの目が行き届かない環境があります。
更に幼少時のトラウマが絡んでいたりするのだそうです。
以上記事の内容まとめ(専門家の見解)


ストレス、プレッシャーは大なり小なり誰でも抱えるものでしょうが、私が感じるのは、その人たちを支える人がいなかったことの悲しさです。
こういう大きな権力をもった人であるならば、どうしてそれがわからなかったのだろうか、と疑問ではないですか。
「英雄、色を好む」というように、許されることと思ってしまっている思い上がりの心があるとしたら許せませんが、もしもその人が奥さんを大切に思っていて、いつも家族のことを考えれば力が出るというように、精神面での強い支えがあったとするならば、こうはならなかったのではないでしょうか。

どうにもならないところまでいってしまった、というのが現状なのでしょう。

一般の人にとっても、浮気はバレなければいい、というものではありません。
セックスというのは、とても特別なものであって、愛情を育み、幸福につながるものです。
しかし、愛情が伴わないと、毒になります。大事なのは相手です。相手が間違っていたら正しい愛の関係ではありませんから、毒になるのです。
愛とルールがないセックスは、毒になるのです。

本当は愛とルールというのは、幼少時から家庭で身につけていくものです。愛されながら感じ、正しいことを躾られ、立派な大人になるのです。家庭での愛情と躾が行き届いていると、学校や社会での人間関係が円満になり、スムーズに行きやすいです。自然に人と交われるようになるんですね。
家庭が円満でも、悪い環境によって人間不信になったりすることもあり得るのですが、家庭の深い絆があるほど、様々な問題も越えていきやすいはずです。

言い換えれば、愛情と心の正しさですね。冒頭のユゴーの言葉ではないですが、羅針盤のように何があってもブレない良心というものに従えるかどうかです。

セックスの問題、これは中毒にもなるし、人を殺す猛毒にもなるのですが、実は愛情問題なんですね。愛情不足が正しい思いをキープできなくて、間違った相手と間違った関係を持ってしまうことです。

それはもっと寂しく辛い道へ行くことになるでしょう。

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【kri-maの参考記事】
 愛としつけの欠如「ノーラブ」と「ノールール」の行き着く処は?!〜タイガー・ウッズとセックス依存症〜


posted by kuri-ma at 13:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛と幸福 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする