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2012年07月18日

(再UP)猿は人間の先祖ではない?!「心」を説明できない進化論

ホーキング氏が言うように「私達はどこにでもある恒星の、マイナーな惑星に住む、血統の良い猿にすぎない」のでしょうか。
進化論で考えるとそうなりますね。
好評により、4月の記事を再度UPします。

3150181猿 by ちゃんぷ.jpg


原始以来、
神は幾億万人いう人間を造った。
けれども全く同じ顔の人間を、
決して二人とは造りはしなかった。


萩原朔太郎







日本では、学校で事実として教えられている「進化論」。
アメリカではキリスト教から来る「創造論」の影響が強く、進化論を信じている人はわずか40%であるということです。

米国では進化論を教えることは罪とされる長い期間がありましたが、1987年、最高裁で、聖書の天地創造説を学校で教えることを強制するのは、違憲であるとの判断を初めて示して以来、逆に教師が進化論に意義を唱えることができなくなる傾向になっていました。
テネシー州の法案が通ると、創造説を支持する9番目の州となるということです。

日本では進化論教育の成果で、90%が進化論を信じているといいます。おそらく、正しくないと思ってみることもないでしょうね。
動物の番組など、メディアの取り上げ方を見ても、進化論を基本として取り上げています。

私は米国などで進化論に反対する人の考え方に近く、科学の中でもまだまだ論証の余地がある、一つの論説に過ぎない進化論を、全くの事実のように子どもたちに教えるのには、とても違和感があります。

ダーウィンは「進化」という言葉すら使っていないようですが、彼が発表した一つの説、一つの論理が、歴史にうまく利用されてきたのではないでしょうか。

ダーウィンは、進化論について、特に晩年は発表したことを後悔していたということです。
それが、白人の優位性を説き、植民地政策に更に有効に用いられるようになったから、ということもあるでしょう。
しかしそれ以上に、進化論の論理が完全無欠でないことに、気づいていたからだといいます。

ダーウィン本人が、今の日本で教えている内容を見てどう思うでしょうか。
亡くなって肉体がなくなってみて、やはり人間はそんな偶然でできた、価値のない存在だといえるかどうかです。

人間の肉体は、バクテリアから気の遠くなるような長い歳月を経て、進化発展してきたその結果と見えるかもしれません。
それでは、私たちはいつ、突然変異で進化できるのでしょうか。気が遠くなるほどの歳月を経て、もし、進化できるとしたら、今の私たちの文化、私たちの考え、思いというのは、どうなるのでしょうか。私たちの子孫たちが、いつの日にか、進化して、旧人類を淘汰するようになるのでしょうか。
人間の先祖が猿であるというのを、生理的に納得するのと同じくらい、これも理解しかねることではないでしょうか。

進化論は、一つの説にすぎなく、一部の自然現象を見て、証明できると錯覚しただけのものにすぎない、と私は思います。実際、マダガスカル島で、見たこともない不思議な生物を目にしたダーウィンが、これで証明できる、と思ったのだといいますし。

地球上には、多くの生物が存在します。発生過程は、進化の過程に近いものがあるかもしれませんが、バクテリアが、人になることは、同じ年月がかかっても無理なのではないでしょうか。

偶然というものから、奇跡が生まれるように見えますが、奇跡を起すのは偶然ではありません。

また、奇跡を感動する心がなければ、奇跡も無意味です。サルやバクテリアに起こったとしても、感動できるのは人間だけです。
奇跡というのは、そんな人間に、見えない神さま(か、なんらかの存在)が下さるものだと思います。
自然や大自然、といってもいいのですが、その大自然の背後に意図を感じると、神さまという血の通った呼び方につながってきます。

最大の奇跡といえば、生命の誕生でしょう。
生物が生まれる、ことに人間が誕生するということは、それぞれが奇跡だと思います。
科学で生み出せるものは、形に過ぎないでしょう。精巧なロボット、アンドロイドができたとしても、それがいくら優秀でも、血が通い、魂を持った人間にはなれない、それを、進化論は教えてはくれません。

進化論も気候変動も否定、米大統領選に名乗り上げたペリー氏
国際ニュースAFPBB◇
(ペリー氏は現テネシー州知事。
大統領戦からは撤退しました)

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写真は:猿 by ちゃんぷ さん
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2012年07月17日

シリヤの凄惨な虐殺続く?! ニュース+ダライ・ラマの言葉


2012.07.14 和泉川 サクラとモミジ


考え方さえ前向きであるならば、
たとえ四方を敵に囲まれたとしても、
心の平穏を失うことなどないのです。


ダライ・ラマ14世












シリヤの悲惨な状況というのは、ニュースで頻繁に報道されていますが、敢えてあまり紹介しないできています。
政府は民間人は巻き込んでいないとか、虐殺についても否定しているようです。
政府軍なのか反乱軍なのかどちらがどうなのか、どちらが正義なのかよくわからない状態に見えますが、これは政府軍がメチャクチャなようです。UNも調停できない泥沼状態ですから、話し合いなど応じるはずがありません。
悲惨さを報道で伝えるのが精一杯で、世界中が手をつかねて見守る状況ですね。

マリのイスラム系反政府勢力の横暴ぶりのニュースも添付しました。世界遺産であるモスクの霊廟を破壊し尽くしているというものです。アルカイダ系の組織と関係があるようですが…。
悪魔に憑かれたとしか言いようのない行為ですね。

また一方、ダライ・ラマが訪れたインド・カシミール地方のチベット人コミュニティーの歓迎の様子をトップに載せました。
イスラム教の地域だからか、チベットの人たちのはずなのに、イスラムの衣装ですね。美しい少女の写真もありました。

今回どんな話をされたかまではわかりませんが、検索して出てくるダライ・ラマの言葉の数々には、国に入ることのできない無念さは表には出さないまでも、中国に虐待され続けているチベットの人々と、きっと心は一つなのでしょう。
このニュースと共にチベットの状況を考えると、イスラムともどこか共存しているチベット仏教の、懐の深さといいますか、生命力の強さを感じますし、今は封じ込まれていて逃げ場はないように見えますが、これはなかなか強い民族だと思うのです。

イスラム圏も、特にシリヤは大変な状況ではありますが、必ず収束の道はあるはずだと思いたいです。

最後にダライ・ラマの言葉をいくつか紹介しましょう。



幸福は
思いやりの心から生まれるものであって、
怒りや憎しみからは
決して生まれることはないのです




誰もが生まれつきの敵であったり、
友であったわけではありません。

「敵」も「友」も、
自分が人々とどう接するかで生まれるのです。




もし人間の本性が憎しみや人を殺すことにあったのなら、
人類はすでに滅亡しているはずです。


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posted by kuri-ma at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東・イスラム圏、インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月16日

「朝顔」を見ながら、小時間旅行?! *柴田トヨの「だれにも朝はやってくる」20


1900517ブルー朝顔 by kokkon.jpg


今年も朝顔の季節となりました。
朝顔を見るとき、何を思い出しますか?



「 朝 顔 」


家の垣根に朝顔が
ひとつ ひっそり
咲きました
次の日 ふたつ
咲きました

三つ咲いたら出稼ぎの
夫の便りが届くでしょう

そんな昔を思い出す
朝顔 私の
好きな花


柴田トヨ
「百歳」より


新種の朝顔もいいものですが、昔ながらの朝顔はやはりそれで情緒がありますね。

今年も変わらなく朝顔が咲き、懐かしいあの頃の情景がさっと甦る。

何にも変わっていないような錯覚。

小さい頃の私、若い頃の私に戻ったかのような思いにとらわれて、その感覚が、なんかとても心地がいい。

昔のままでないことは、よくよくわかっている。

年を重ねた自分自身、それも幸せと思って日々を過ごしている。

時は戻らないけれど、昔を呼びおこしてくれる朝顔は、かわいく、いじらしく思えるのです。

今にも懐かしい声が私を呼ぶのが聞こえてくるんじゃないかと、ほのかな期待の中、昔に浸って朝顔を見るひととき。


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