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2012年07月21日

ブログ更新をしばらくお休みします


2012.07.20 和泉川 ヒマワリ


梅雨明けとともに、真夏が来たと思ったら、ここ数日は涼しい日が続く関東です。

実は、引越し準備に追われております。
家族6人、大荷物。子どもとはさみは使い様、と言いますが(ちょっと違うか…)、うまく使いこなせず、直前に迫って、焦り気味です。おまけに皆3食よく食べる…。
出来る限り、「理想のお引越し」にするために、ひたすらに、捨てては整理しての繰り返し、普段5Sのできていない報いですね。
涼しくなってくれたのは、天の助けかもしれませんが、洗濯物のためには晴れてほしいところでもあります。

私のブログ更新は、一応公約ですが、かといってあまりに不本意な記事を出したくもない、ということで、何日間か記事の更新をお休みさせて頂きたいと思います。

「理想のお引越し」のためには、どのような準備ができるか、に尽きます。本当なら、前倒しでやるべきですが、もう猶予がありません。ともかく、頑張ってみます。

よい結果をおしらせできたらいいのですが。。。

では、皆さん、暑さ涼しさで体調をくずされませんよう、また大雨などの災害にもお気をつけください。



よい、一日一日をお過ごし下さい。

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2012年07月20日

「七人ミサキ」に狙われないためには?!


「七人ミサキ」って知っていましたか?

2012.07.19 和泉川 キチョウ 木陰


実は私は知りませんでした。最初は、長男が、ブログネタにしろと、熱心に勧めるので、書いてみました。
おかげさまで順調にアクセスを続けていますので、記事を再編集して紹介することにしました。


「七人ミサキ」とは

「七人ミサキ」の「ミサキ」は、怨霊とか憑き物という意味のようですね。比較的、大物の怨霊をそう呼ぶようです。

「七人ミサキ」がどんなものかといいますと:
七人の集団の幽霊たちが現れると、なぞの発熱があり、取り殺されてしまう。殺された人は新メンバーとなり、七人の中の古参の一人は成仏できる。
それでいつまでも、「七人ミサキ」の数は変わらない、というのです。




「七人ミサキ」に狙われないためには

さて、「七人ミサキ」の餌食にならないためにはどうしたらいいと思いますか?

1 恨みを持たない、持っても次の日まで、持ち越さない生活をする

「七人ミサキ」になるということは、かわいそうな事情があるのでしょう。
しかし、そういうものに、同情しつつも、同類にならないことです。恨みを持ってもしかたのない状況だとしても、早めにその恨みを切り替えてしまわないと、怨霊となってしまうのです。

恨みを持たない、持っても次の日まで、持ち越さないこと。そういう器量のある人、あるいは脳天気な人は、怨霊たちとタイプが違うので、あまり寄って来られないでしょう。


2 ターゲットになっても、7人目には絶対にならない  

万が一、取り殺されるようなことになったとしても、仲間には入らないことです。七人目には絶対ならない
そして、彼らを恨まず、『自分の寿命もここまでだったか』と思って、自分の行くべきあの世の場所に行くのです。つまり、これが本当の成仏です。
こういう人ばかりだと、怨霊も困るでしょうね。

1、2とわけましたが、つまりは「恨まない」ということになりますね。
「うらめしや〜」となる人が怨霊つまりミサキになるわけです。なかなかできませんが、いつか死ぬ人生ですから、切り替えてみて下さい。あの世のハッピーライフのためには、「恨み」は禁物です。


3 「七人ミサキ」のカラクリを見破る

「七人ミサキ」の一人が、新メンバーのお陰で成仏できるということですが、それはあの世に行けるだけであって、七人の仲間を離れて、一人先に「地獄行き」ということになるでしょう。
他の人を取り殺して、自分が成仏できるということはありえません。地獄の連鎖に乗せるための口実です。

こういう、いわゆる「連鎖もの」は、「〇〇の手紙」などもそうですが、誰かが断ち切らないと、いつまでも続き、更に増殖します。




チェック!
「七人ミサキ」になりやすい人


反対に、すでに何か恨みに執着しているような人は、同類ですから、「七人ミサキ」に狙われやすいということになります。
また、何か無念のうちに亡くならなければならない人も同じです。
あと、ボーッとした人も、危険かも。何かに疲れて気力がなく、目的も生きがいもない、そういうボーっとした人は、亡霊に憑かれやすいとか。(亡霊だけにぼうっとした人が合うようです。)冗談ではなく本当に。




「渋谷七人ミサキ」というのもあるようですね。
援助交際していた女子高生たちの、中絶した水子たち七人が怨霊になったという話のようです。

この場合は、恨みの矛先は、赤ちゃんたちの母親、そしてもしかして父親ということになりますよね。心当たりの人は、ご用心のほどを。


では、またこんなブログ名にふさわしいお話も追々していきましょう。


今日もいい一日を

  恨みの連鎖は自分で断ち切ろう。
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今日の記事は、七人ミサキの情報として下記のブログの内容をかなり参考にさせて頂きました。詳しいので、関心のある方はどうぞ。
 「実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話」
  七人ミサキ (その4まであります)


以上、こちらの記事を再編集して、お送りしました。
 “七人ミサキ”に狙われないためには?!

ラベル:七人ミサキ

2012年07月19日

落下子どもを見事ダイビング・キャッチ?! 3階・10階・8階より


奇跡?!8階から落下の赤ちゃんをキャッチ!この瞬間も守り続けている親の手
10階から転落女児をダイビング・キャッチ、その時親は・・・?!
2つの記事を再編集し、新しいニュースを加えました


kure-omen.


人生にとって幸福な音が三つある。
一、夫が家にいて、
静かに本を読んでページをめくる音
二、その傍らに妻がいて、
何かを作っている音
三、その夫婦の側で、
子供が元気に遊び戯れている音


西洋のことわざ









どうして、このようなことが…!

今回の動画を付けた3階から落下した少女は自閉症のようです。室外機かなんかの上で踊っていて、落ちる瞬間も笑顔だったとか。受け止めた男性は腕を骨折したということですが、女の子には何の怪我もありませんでした。

また、昨年の中国のニュースは、10階から2歳の女の子を、通りがかりの赤ちゃんをもつという女性がダイビングキャッチしました。やはり、女性は腕を骨折しましたが、重態だった女児は無事回復したかどうか…。

そして、一昨年のニュースはパリで8階のバルコニーから、1歳8ヵ月の男児が落下したというものです。
その時の私の記事を編集し、掲載します。


どうして、このようなことが…!
子どもが住むには、危険そうなバルコニーです。
ベランダというものがなく、いきなり柵があるだけ。(あるいは狭い部分があるのかもしれませんが。)

両親は不在だったようで、警察に身柄を拘束されたとのこと。

奇跡に奇跡が重なって、この小さな男の子(1歳6ヵ月)は助かりました。

あんなところに子どもが、と見つけて「助けなければ」と思った通行人の医師がキャッチしたのですが、ダイレクトではなく、一階のカフェの日よけでバウンドしたということ。
記事の写真にある赤い日よけのことでしょう。
事故当日は休業日だったにも関わらず、なぜか(日よけを畳む装置の故障で?)男の子の体を支えました。

確かに奇跡でしょう。
奇跡はどうして起こるのか、本当に偶然のように見えることが重なって、奇跡となるのです。
単なる偶然では済まされないことが、実際に起こります。


そもそも、最初の疑問に戻ります。どうして、こんなことが起こったのかということです。

1歳6ヵ月といえば、まだ赤ちゃんのようなものです。よちよち歩きを始めた頃か、とにかく目が離せない時期です。

3、4歳の子どもでも判断力がなく、道路を急に飛び出したり、考えられない行動をします。しかし、1、2歳の怖いところは、本人自体が怖いもの知らずだということです。高いバルコニーの柵にぶらさがるなど、考えられないことですが、行ける所までいってしまうのです。

そういう子どもには、目を離さず愛情を持った大人が側にいるのが普通です。

彼らにとって、8階の高さの窓も、パパの抱き上げてくれる高さも、変わりはありません。落ちそうになっても必ず受け止めてくれる逞しい腕があると、どこかで信じているのでしょうか。
今回は、心ある男性の腕に受け止められて、本当によかったですが。

この子は、またいくらでも、柵をよじ登ろうとするはずです。懲りることを知らないのですから。
その時、支えられる腕があるかということよりも、そこに行くまでに止めてあげる優しい腕が必要なのではないか、と思います。

私は、てっきり八階の窓から、肝をつぶした親が胸を撫で下ろしただろうと思ったのに、どうも不在だったらしいことに驚きました。

この男の子は、バルコニーから落ちる前にすでに、とんでもない危険からいくつも守られていたんではないかと思いました。

私もかなり、子供は伸び伸び育てていて、放りっぱなしの方ですが、一歳の子を、そのままにしてはおけませんし、そもそも子どもが放れません。
例えば昼寝中だったから出掛けたのか、それくらいしか考えられませんが、事情はわからないのでこれに留めます。

本来、子どもにとっての親は、危険なものを事前に排除し、また何かの時には守ってあげる、偉大な存在です。
子どもたちは、そんな親の手によって、奇跡的に守られているのです。
私たちも、今生きているのは、無鉄砲な時期も守っていてくれた親や、親に代わる大人がいてくれたからだなぁと感じてしまいました。

ある面、奇跡はこの瞬間瞬間に、私たちの身の上に起き続けていると思うのです。


なお、奇跡となったのは、キャッチした人たちがいたからです。心から敬意を払いたいです。
彼らは、いちように落ちそうな子どもを見た途端、助けなければならないと決意しています。なかなかできない行為ですが、こんなとき、後先を考えている余裕はないでしょう。
子どもたちのイザという時、何をおいても助けたい、何をおいても子どもを守る、というものがあってこそ、子どもは生きて行けるんですね。

子どもたちというのは、大体は親や保護者が守るものですが、こういう瞬間に助けてくれる人がいたということは、すごいことです。
運がよい、運勢がつよいといえますね。

子どもたちというものは、本来こういう風に、温かい大人に見守られていくべきものなんですね。

また、追々こんなお話も。

今日もいい一日を

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