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2012年06月27日

人生のプロは「けれど…」という言葉は使わない?!「けれど」《相田みつをの言葉》+【少年たちのニュース】2


2012.06.26 和泉川 紫陽花流れ


人生のプロは
けれど…という
ことばは使わぬ


相田みつを



人が聞いて、一番嫌なものは何かというと、言い訳だと思います。聞き苦しい言葉が、言い訳です。でも、何かと言いたくなるのが、言い訳です。
誰も聞きたくないのに、言い訳する本人だけが言いたいのです。言えば言うほど、かっこ悪くなるのですが…。

要するに、自分の人生を自分で責任をもっていない、何かのせいにしている、それが「けれど…」に続く言葉なのでしょう。

本当にこれは申し訳ないことをした、と反省し切っている時、あるいは二度と失敗しないと心に誓うような時は、言い訳はしないのではないでしょうか。

そういう風に、いさぎよく、爽やかに生きたいですね。(と言った後、「けれど…」と、その後に続けそうになりますが。)
相田みつをさんの言葉の最後にある、「これは誰にいうセリフでもありません。くちばかりで身体の動かぬ、怠け屋のわたし自身への戒めです」という言葉と、まったく同感の私です。

私感ですが、相田さんのいう「いのち」という言葉は、「たましい」とも置き換えられる使い方をされることが多いと思います。生命→魂→人生とも通じるかもしれません。
なにげなく使われている「いのち」という言葉ですが、そういう深い意味で、読んでみてください。



「けれど」


いつかK先生が
何かに書いておりました

「けれど……」という奴は
結局は何もやらない−と
ほんとにそうだ
ほんとにその通りだ

「けれど……」の次に来ることばは
必ず弁解と言いわけだ
それは
やれなかった理由ではなくて
やらなかった弁解だ

自分がやらなかったことを
なんとか、やれなかった
ことにするための
体裁のいい言いわけだ。

しようと思ったのですけれど……
やらなければいけないと
考えたんですけれど……
思うだけ、考えるだけでは
具体的な形にならぬ

やれなかったのじゃない
要するに
やらなかったのだ

やらなかったことに
「けれど…」なんて
余分なものをつけることはない

あとにもさきにも
かけがえのないたった一ツのいのち
明日知れぬ
はかないいのち−
と、いうことを
骨身に感じながら
生きている者は
「けれど…」なんて
おまけはつけない

具体的にやるか、やらぬか−
二つに一つの選択だけ
余分なおまけを
つけているひまがないのだ

やらなかった時は
やらなかった−
ただそれだけでいい
それでおしまいにすればいい
一切おまけはつけぬこと

そうすれば
毎日の生活が
どんなにさわやかに
なることか
毎日のいのちが
どんなにはつらつと
なることか

人生のプロは
けれど…という
ことばは使わぬ

これは誰にいう
セリフでもありません
くちばかりで
身体の動かぬ
怠け屋のわたし自身への
戒めです


相田みつを
「しあわせはいつも」より

  昨日の記事に付けてもよかったのですが、
  下に【少年たちのニュース】を添付しました。

今日もいい一日を

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写真は:紫陽花流れ
by (C)ひでわくさん
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kuri-maの参考記事
 Boys, be ambitious?! 13歳の天才シェフ等【少年たちのニュース】1



posted by kuri-ma at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 相田みつをの言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする