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2012年06月23日

私は私の時間を生きているか?! 「松も時なり竹も時なり」《相田みつをの言葉》


2012.06.08 大和 泉の森 菖蒲田


おんなじ神様から与えられた時間、一日24時間。確かに寿命は一人ひとり違うけれど、今日一日は、おんなじように皆に与えられています。
時間は人生と同じ価値です。

この貴重な時間を、愚痴と泣き言ばかりで、終わってしまうのか、と相田みつをさんは問います。

時間をどう過ごすかということが、その人の魂をどういう風に作っていくかを決めていきます。
同じ時間なら、人のようになれないからといって、無駄な焦りをすることもありませんね。
思い通りにならないことが多いのは、当然ですが、だからといって、気持ちを奪われ、時間を奪われるのは、確かにバカらしいです。
なかなかそのようにはできないのですが…。

ちょっと、相田みつをさんの言葉で、リフレッシュしましょう。


松も時なり竹も時なり − いのちと時間
                

すこし理屈ッぽいこといいますが、ごめんなさいね、
道元禅師のことばに、
 松も時なり、竹も時なり
というのがあります。
松は松の時間を生きる、竹は竹の時間を生きる
山口さんは山口さんの時を生き、
田中さんは田中さんの時を生きるということです。

人間がね、
便宜上作った一日二十四時間という時間にですねえ
或場合は拘束されたり
或場合は追いまわされたりしながら
毎日を夢中で生きているわけですが
道元禅師の言われる時間はそういうものではないんです。

山口さんは山口さんの時間を作りながら生きる
田中さんは田中さんの時間を作りながら生きる
だから山口さんの時間と、田中さんの時間は全く別
それが道元禅師のいう時間です。

生きるいのちがそのまま時間
生きた時間がそのままいのち
自己のいのちと時間はいつでも一ツ
それが道元禅師の考え方です。

恋人を待つ間の一時間は、とてもとても長いのに
恋人と一緒にいる時間は大変短い
アッという間に過ぎてしまう
同じ一時間でも生きた中味によって
時間の長さと密度が全く違う。

ぐちと泣きごとばかり言っている人は
ぐちと泣きごとの時間を作りながら生きている人
言いわけと弁解ばかりしている人は
言いわけと弁解の時間を作りながら生きている人
そして−
明るくさわやかに充実したいのちを生きている人は
明るくさわやかに充実した時間を作りながら
生きている人です。

どういう時間を作りながら生きるか−?
それを決めるのは、だれでもない
「いつでもこの自分!!」
「じぶんの花を」(文化出版局)より



今日もいい一日を

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写真は:大和 泉の森 菖蒲田
by (C)ひでわくさん
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posted by kuri-ma at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 相田みつをの言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする