さあ夢を叶えましょう

無料カウンセリング
を募っています。詳しくはこちら
まずは記事にコメントをお寄せくださるか
あるいは→のファンより
メッセージをお寄せください
お待ちしています

2012年06月16日

「なぜ人は宗教に走るのか?!」 オウム菊池容疑者、両親のコメント


2012.06.152012.06.15 追分市民の森 カタツムリ







菊地直子容疑者の両親のコメントは
下に全文を掲載◇


「なぜ人は宗教に走るのか」という命題は、「なぜ人は恋愛に走るのか」という命題とよく似ています。
宗教というと日本では、何かしら偏見の思いが混じりますが、もともとは尊敬され大切にされるべきもののはずです。

それでは、なぜ人は間違った宗教に走るのかという命題に変えてみましょうか。その方がすっきりしますね。
間違った宗教、というのは、わかりやすく言えば、オウム真理教が自分勝手な理屈で人を不幸にしたように、彼らはそれを理想世界のためとしていたのですが、目的がみんなの幸福でも、神さまでもない、自己中なもの、ということです。

ワンチュク国王の言葉にならえば、祈りは自分のためにするものではなく、誰かのためにするもの、つまり人や世の中全体をよくし、幸福になることを祈ってこそ、神様に通じるのです。
当然、宗教=悪ではありません。過去の歴史は、優れた宗教家のお陰で助けられてきたのではないでしょうか。
もともと悪くないはずの宗教がなんで恐ろしいものになるかというと、先ほど言ったように、方向性、動機が、自分にあるからです。

どうして、そんな変な宗教に走るんだ、もっと安心で健全な宗教もあるのに、と思うのは当然です。間違っている、悪い宗教だと、常識ではわかっているはずなのに、オウム真理教(あるいはアルフ)の信仰をやめない人がいるのはどうしてか、不思議に思いますよね。
菊池容疑者のご両親も、必死でオウムから娘を引き離そうとしたのに、難しかったのです。

だから、それは「なぜ人は恋愛に走るのか」という命題と似ているというのです。
人を好きになるときに、危険な人だ、悪い人だとわかっていても、その人にとってはその人しか見えない現象がよく起こっています。「私にはこの人しかいない」と思わせるものが、恋愛の不思議なものです。
恋愛というのは、一種の霊的な現象なのです。魔法に掛かったように、その人に惹き寄せられ、自分の運命の人だ、と思う。何もかも捧げても惜しくないと思うのです。心中ということがよくあるのは、死んでもいい、と思うからでしょう。

何かに恋している人を、相手をけなしたところで、相手の悪い点をいくらあげて、分かるだろう、と言ってもダメなことがあるでしょう。
しかし、我にかえって、とかつくづく愛想がつきたりすることがあれば、命を掛けていた恋人とも別れる決意ができることもあるのではないでしょうか。

私が思うに、本物の愛なら二人は、間違っているように見え、反対を受けたりしても、逆にいい結果を残します。お互いを愛し合い、慈しみ合うカップルには、かわいい子どもが授かり、反対していた親もその愛情にくるまれて、みな幸せになっていったりするのではないでしょうか。

恋愛というのは、幻想をも恋い慕うことができ、ある意味ナルシストな自己中の思いに陥りやすいのですが、本当の愛情というのは、相手のために、そして周囲をも幸せにしようとします。
恋は盲目ですが、愛情は自分だけでなく周囲に広がるものです。

宗教の中で、宗教を通して、自分の野望を果たそうとしたり、自分たちだけが正義というものもありますが、そういうものはちょっと偏った宗教でしょう。
だから宗教が嫌なんだ、と人が言うのは、そういう争いが嫌なのではないでしょうか。

ワンチュク国王が言われるのは、とてもシンプルで分かりやすいですね。誰かのために祈る。
人が人のために、世の中のために祈る、お互いに祈り合うことが幸せを生むのではないでしょうか。本来の宗教も、そのためにあるのでしょう。

宗教を利用してきた歴史だったし、今も利用してばかりいる私たちです。そういう中で間違った宗教も生れてしまっています。
しかし、神様を求めたり、人のために祈りを捧げることは、決して悪いことではない、むしろもっと必要だ、と私は考えています。

私たちの祈り合う力が及ばなかったのでしょう。私たちの祈りの力が足りないので、とんでもない宗教が生れたのでしょう。

私たちに本当の愛情が足りないのも、祈りが不足しているからとも思うのです。祈りの力は、私たちを正しい方に導きます。

また愛情というのは、ポッと沸くだけの恋心とは違います。それを本物のたくましい愛情に育てられるかどうか、それは一時の思いだけでは難しい。
毎日その人のために祈ってあげる、そして、その祈りが間違ったものではなく、みんなの幸福に向かっているなら、毎日の行動も、変わってきます。

悪い男に恋したために、身を持ち崩す人がいます。悪い宗教に、身を捧げてしまう人がいます。
そいういうことにならないように、そういう人のいないように、微力ですが祈っていきたいと思うのです。


高橋容疑者が逮捕された昨日、
6月3日に逮捕された菊地直子容疑者(40)の両親が、
心中をつづったコメントが
各紙やテレビ等で発表されています。
以下、全文を掲載します。

娘、直子が多くの皆様に大変なご迷惑をおかけしました。
長く逃げていて社会に不安を与えました。
親として、被害者・遺族の方々に、深く深くおわび申し上げます。
私どもなりに、直子をオウム真理教と引き離そうとしてきましたが果たせず、1990年の出家後は全く連絡が取れず、このようなこととなってしまい、親としての力のなさにがく然とするばかりです。

娘直子へ。
あの時、直子の気持ちをわかってやれず、ごめんなさい。
あの時は、何をどうしたらよいかわからなかった。
直子、生きていてくれて、本当にありがとう。
ぐっすりと眠って、疲れを取ってください。

きょう(15日)、高橋克也も逮捕されたと聞きました。
直子、オウム真理教は理想郷を作れず、作りませんでした。
もうわかっていると思います。
オウム真理教はとてもひどいことをしました。
直子、ご遺族や友人はもう殺された人には会えないんです。
被害者は生きていたかったんです。
直子はそのオウム真理教の一員だったんです。
どうか、事実を直視していってください。

直子、あなたに会いたい気持ちでいっぱいです。
皆様には申し訳ないことですが、娘に会いたい気持ちであることをどうかお許しください。

ここにあらためて皆様に深くおわびし、また直子に伝えます。

2012年6月15日
菊地直子 父



今日もいい一日を

よろしかったらクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村
写真は:カタツムリ
by (C)ひでわくさん
画像あるいはタイトルクリックで写真のページへ
撮影者の名前をクリックすると撮影者のページへリンク
撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います

冒頭のワンチュク国王の言葉に関する記事を作成しました。
  「幸せの国」ブータン国王の『祈り』〜「ワンチュク国王から教わったこと」より



posted by kuri-ma at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする