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2012年04月10日

猿は人間の先祖ではない?!「心」を説明できない進化論


鵜の憂鬱。−春なのになぜ暗い−






日本では、学校で事実として教えられている「進化論」。
アメリカではキリスト教から来る「創造論」の影響が強く、進化論を信じている人はわずか40%であるということです。

米国では進化論を教えることは罪とされる長い期間がありましたが、1987年、最高裁で、聖書の天地創造説を学校で教えることを強制するのは、違憲であるとの判断を初めて示して以来、逆に教師が進化論に意義を唱えることができなくなる傾向になっていました。
テネシー州の法案が通ると、創造説を支持する9番目の州となるということです。

日本では進化論教育の成果で、90%が進化論を信じているといいます。おそらく、正しくないと思ってみることもないでしょうね。
動物の番組など、メディアの取り上げ方を見ても、進化論を基本として取り上げています。

私は米国などで進化論に反対する人の考え方に近く、科学の中でもまだまだ論証の余地がある、一つの論説に過ぎない進化論を、全くの事実のように子どもたちに教えるのには、とても違和感があります。

ダーウィンは「進化」という言葉すら使っていないようですが、彼が発表した一つの説、一つの論理が、歴史にうまく利用されてきたのではないでしょうか。

ダーウィンは、進化論について、特に晩年は発表したことを後悔していたということです。
それが、白人の優位性を説き、植民地政策に更に有効に用いられるようになったから、ということもあるでしょう。
しかしそれ以上に、進化論の論理が完全無欠でないことに、気づいていたからだといいます。

ダーウィン本人が、今の日本で教えている内容を見てどう思うでしょうか。
亡くなって肉体がなくなってみて、やはり人間はそんな偶然でできた、価値のない存在だといえるかどうかです。

人間の肉体は、バクテリアから気の遠くなるような長い歳月を経て、進化発展してきたその結果と見えるかもしれません。
それでは、私たちはいつ、突然変異で進化できるのでしょうか。気が遠くなるほどの歳月を経て、もし、進化できるとしたら、今の私たちの文化、私たちの考え、思いというのは、どうなるのでしょうか。私たちの子孫たちが、いつの日にか、進化して、旧人類を淘汰するようになるのでしょうか。
人間の先祖が猿であるというのを、生理的に納得するのと同じくらい、これも理解しかねることではないでしょうか。

進化論は、一つの説にすぎなく、一部の自然現象を見て、証明できると錯覚しただけのものにすぎない、と私は思います。実際、マダガスカル島で、見たこともない不思議な生物を目にしたダーウィンが、これで証明できる、と思ったのだといいますし。

地球上には、多くの生物が存在します。発生過程は、進化の過程に近いものがあるかもしれませんが、バクテリアが、人になることは、同じ年月がかかっても無理なのではないでしょうか。

偶然というものから、奇跡が生まれるように見えますが、奇跡を起すのは偶然ではありません。
奇跡を感動する心がなければ、奇跡も無意味です。サルやバクテリアに起こったとしても、感動できるのは人間だけです。
奇跡というのは、そんな人間に、見えない神さま(か、なんらかの存在)が下さるものだと思います。
自然や大自然、といってもいいのですが、その大自然の背後に意図を感じると、神さまという血の通った呼び方につながってきます。

最大の奇跡といえば、生命の誕生でしょう。
生物が生まれる、ことに人間が誕生するということは、それぞれが奇跡だと思います。
科学で生み出せるものは、形に過ぎないでしょう。精巧なロボット、アンドロイドができたとしても、それがいくら優秀でも、血が通い、魂を持った人間にはなれない、それを、進化論は教えてはくれません。

進化論も気候変動も否定、米大統領選に名乗り上げたペリー氏
国際ニュースAFPBB◇
(ペリー氏は現テネシー州知事で
大統領戦からは撤退しました)

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写真は:鵜の憂鬱。−春なのになぜ暗い− by (C)芥川千景さん
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