さあ夢を叶えましょう

無料カウンセリング
を募っています。詳しくはこちら
まずは記事にコメントをお寄せくださるか
あるいは→のファンより
メッセージをお寄せください
お待ちしています

2012年02月23日

人間は本来「いじわる」ではない?!北海道の雪原で鶴の舞…《生物学のニュースなど》


雲の糸〜レインボー〜


宇宙には緊急な、致命的な、
動かせない法則がある。
なければならぬ。
そしてその運命を取り囲む千の恵みがある。


ロダン











「人間は根っからの意地悪ではない」というのは、頷ける研究結果です。

人類を「競争好き、攻撃的、野蛮」であり、「人間性の中核を成す性質は『意地悪』だが、この上に薄っぺらではあるものの、道徳性を身につけた」。というのが、わずか12年前までの、生物学での考え方だったのだそうですが、それが誤りだと証明されつつあるのだとか。
霊長類行動学の第一人者が発表した内容によると、人間だけでなく、動物はもともと科学的な意味で「道徳的」なのだそうです。
動物が生まれながらに「互恵、公平、共感、慰め」に関して社会的な性質を持っていることが研究で明らかになってきました。
彼は「私は単なるサルの観察者ですから」と笑っていたそうですが、人間社会であっても「共感」というものが確かに大きな作用をするだろうと思うのです。

人間には「いじわる」な面がないとは言いません。
でも、どんな人にも良心というものがあって、いじわるをしようとすれば、心が痛むのではないでしょうか。いつもいじわるに慣れすぎて、痛みにも麻痺することもあるかもしれませんが、基本的にはそうだと思います。

「共感」により、サルやネズミでも仲間を思った行動をするのに、人間がそうでないはずはありません。
「共感」というのは、分かり合う心。昨年大震災を契機に感じた「絆」というものも、共感から生まれたものでしょう。

さて、タンチョウ鶴の美しい求愛のダンスの写真集を載せました。愛というのはこんなにも美しいのか、というような舞ですね。

また、ダンスつながりで、ハチ社会のダンスが、人間の脳内神経の働きとそっくりだという研究です。
そして、ついでに、クモの巣の幾何学的な網目、実は破れにくいのには科学的な根拠があったのですね。なんでこういうことをクモが知っていたのでしょうか。

鉱物や、微小の生物まで、この地球に存在しているものというのは、人間ひとりの体のしくみを何かしら持っているようです。
そして、広がれば宇宙の成り立ちというものも、なぜか人間に似通っているとか。科学が発達すればするほど、人間というもの、宇宙というものが、法則性の中で存在しているというのが分かってくるんでしょうね。

であるならば、その大自然や宇宙に共通のしくみ、法則というものは、私たちにとって、とても大切なもののはず。
人間はいじわるなのが本質ではなく、ちょっと時々それがわからなくなるけれど、本当はもっとすごい存在なんだということを、証明していきたいですね。

人のことを知り合えば、共感の要素が増えていくでしょう。一人一人が価値のある存在だと思えば、いじわるな思いは萎えていくのではないでしょうか。
そう考えると、よい「共感」というのは幸せに結びつくはず。

人間だれでも、どんなに素晴らしい良心をもっていたとしても、ひとりでは幸せにはなれないようです。良心が幸せの種だったとして、人との関わりの中で「共感」し、よい絆を結び合うことが幸せの第一歩だと思うのです。


今日もよい一日を

よろしかったらクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村
写真は:雲の糸〜レインボー〜
by (C)akemiさん
画像あるいはタイトルクリックで写真のページへ
撮影者の名前をクリックすると撮影者のページへリンク
撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います



posted by kuri-ma at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月22日

自分の生涯を映画のように振りかえるフラッシュバック、走馬灯?!《霊界ってあるんでしょうか5》


出発進行!!


走馬灯が駆け抜けてくるんだよ。
山に登って景色には興味も無しに駆け下りて
昔住んでた街を横断してさ。
ここまでやって来るんだよ。
あれがもしも自分のところまで来ていたら、
今頃死んでいたんだろうな。
今のうちに走馬灯の走る道を広げておきなさい。
色々な場所に行きなさい。
あの馬が走り疲れて死を見逃すくらいにね。


ある人の交通事故に遭った体験を語った言葉



卒業式の答辞の中で「〇〇の場面が走馬灯のように甦ってきます」という、思い出を振り返るシーンがあります。

小学生の時は「走馬灯」ってなんだろうなぁと思ったものです。回すといくつもの絵が移り変わって見える灯篭のようなものなんだとか。樋口一葉の「たけくらべ」で子どもたちがお祭りに幻燈というのをして遊ぶのですが、似た遊びだったのかもしれません。
その当時は映画はなかったでしょうから、ぽおっと何かの場面が見え、また消えていき、次の場面となる、そんな調子だったのでしょう。(下記)

img_1220走馬灯.jpg


走馬灯というのは、私たちが亡くなる直前に、自分の人生を超スピードで振り返るフラッシュバックのことを差す場合もあります。

人が亡くなった直後、誰もが同じような状況を辿っていくことが知られていますが、神さまのような眩しい光の存在に、「あなたは死の準備はできていますか」また「生きているときに満足のいくことをしてきましたか」と尋ねられた直後、否応なく、自分の生涯の映画を見ることになるのだそうです。

亡くなる前に自伝を書かれる方もおられるようですが、自分の主役の映画まで作った人はあまりいないでしょう。

しかしそれは、生を受けてから息を引き取るまでの、一瞬も逃さないような、自分の都合のいい部分だけではなく、隠しておきたいことまで、包み隠さず表れてしまうような映画だといいます。
とても鮮明であり、例えば子どもの頃に遊んだおもちゃの色や形、その時の両親の笑顔や会話まで、まるで経験した通りだといいます。
少しも端折られていないのに、ダイジェスト映画のように、まるで一生が数分で語られるようでもあり、時間の感覚が違うのでしょう。

例えば何か事故などに合う瞬間に、実際の時間では一瞬のうちに、いろんなことが一気にビジュアルで思い出されることがあるのと似ているでしょうか。
冒頭にあげた言葉を語った人は、交通事故に遭った際の体験を、走馬灯と言いながら、馬が駆け抜けるようだと表現していますね。早馬のようだったのでしょう。冒頭の走馬灯の言葉は こちらから

さて、その映画は、自分が主役の映画でありますが、自分だけでなく、誰でもが一緒に見ることが出来、隠すことができないようです。

一生の間に、どれだけ恥ずかしいことがあったでしょうか。それを隠しておけないようなのです。

フラッシュバックとは映画を見るという表現がわかりやすいですが、走馬灯に近い感覚もあります。電車に乗っていて、外の景色が移り変わっていくのを見るように、窓から見える自分の生涯を見る、というように捉える人もいるようです。

いろんな懐かしい人も映画には表れてきます。しかしあくまでも、これはその人が主役の物語なのです。
自分が覚えていなかったような幼い日から、懐かしい思い出、消し去りたいシーンもカットはありません。
こうして、流された自分の生涯にふさわしい霊界の場所に、行かざるを得なくなるといいます。

私たちの魂そのものに、人生の記憶がビデオテープよりも性能よく記されているのだそうです。高性能の高画質の映像のように。
それも立体的だともいいます。3D映画のようなものでしょうか?

私の魂に、すべてが刻まれるように残っているなんて…!
どんなに自分の悪事をこの世では隠しおおせた人であっても、これでは万事窮す、となるでしょう。

私も、いつか自分の主演映画を見るのは楽しみな反面、恥ずかしいこと愚かなこと、また罪深いことを重ねてきたことに関しては、きっと裁きの場のようにもならざるを得ないなと、恐れる気持ちの方が強いかもしれません。

頑張って生きた、満足だと言える人生でなければならないということになりますね。これから、少しでもそうしていきたいと思うのです。


今日もいい一日を

よろしかったらクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村
写真は:出発進行!!
by (C)芥川千景さん
画像あるいはタイトルクリックで写真のページへ
撮影者の名前をクリックすると撮影者のページへリンク
撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います

調べましたら、熊本に夏のくまもとお城まつり(走馬灯)というものがあるようなので、参考にしてください。
夏のくまもとお城まつり
(まだ今年の予定は発表されていません)




2012年02月21日

オレンジ合戦にレモン祭り?! 2ヵ月雪で車中に閉じ込められ生還!etc.【ヨーロッパのニュース】


8804615オレンジ by TomoKa.jpg


“災害”にエネルギーをすいとられる人生なんて 
まっぴらごめんだ。
住む人間が好きなことに情熱の
全てをかたむけられる。
そんなまちにしよう。
“めでたい”街に!!


め組の大吾(曽田正人)













スペインでは夏に「トマト祭り(ラ・トマティーナ)」がありますが、冬には「オレンジ合戦」なるものが、イタリアのある町で行われるようです。内容はトマトの場合と似たり寄ったり、まだトマトの赤よりも、色や香りで許せそうな気がしますが、大量のオレンジを無駄にしてしまうということが、私には生理的に理解できません。参加する人たちのストレス発散と、もしも呼べるなら、観光で人を集めるくらいの効果しかないと思うのですが…。つぶれたオレンジはもう食べれませんが、それにまつわる経済効果が、もっとおいしいのかもしれません。

食べ物を粗末にしてはいけない、どうせ無駄にするなら、飢えで苦しむ人たちに贈れないのか、トマト祭りとおんなじコメントで申し訳ありませんが、そう感じて仕方がありません。

フランスである「レモン祭り」というのも、大量のオレンジとレモンを使ってはいますが、美しく作られていますから、まだ嫌悪感は少ないですね。

オレンジとして生まれてくるならば、どうせなら甘くジューシーに実り、人の口に入り、「おいしい」と言われたいのではないか、と思いますが。
同じオレンジ、レモン、トマトとして生まれても、いろんな使われ方、いろんな末路があるんですね。

私がこだわりすぎなのかもしれません。
お祭りというのは、人を解放させます。
みんなが幸せなら、オレンジの海ができても、目をつぶって喜んであげればいいのかもしれません。(そうもいかないと、目をつぶりきれない心が。。。《笑》)


さて、トップに持ってきた、2ヵ月あるいはそれ以上、雪で車に閉じ込められていた人の話、とにかく、無事でよかったです。
ニュースにはその車の写真が掲載されています。

運勢の強い人というのは、いるものですね。
大寒波の中、食料もなく、どうして無事だったのか不思議ですが、雪に覆われて鎌倉状態にでもなって、寒さからも守られたんでしょうか。食料が尽きてからは、雪しか口にしていなかったとして…、すごいことです。いくつもの事柄が重なって奇跡になったのでしょう。
ふいに思い出しましたが、極限状態の時、自分の尿を飲めば、命を繋げられるとか。この人がそうかは知りませんが…。
いずれにしても、閉じ込められたら、精神的におかしくなりそうですが、持ちこたえられた精神力こそが、すごいと思います。


その他、コルシカ島・トーラ湖の美しい姿、シャガール展など、それぞれの記事に写真も複数ありますので、お楽しみください。


今日もいい一日を

よろしかったらクリックを
にほんブログ村 ニュースブログ その他ニュースへ
にほんブログ村
写真は:オレンジ by TomoKaさん
「写真素材 フォトライブラリー」からダウンロードしました
無断転用はご容赦願います




posted by kuri-ma at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の国々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする